意味のないことに意味がある。

ふと気づいたんだけど、最近『意味のないこと』をしてない。

個人事業主のフリーランスとして働いている以上、『意味のあること』をし続けなければ目の前の生活すらも立ち行かなくなるリスクがあるんだけど、究極的には『意味のないこと』こそが人生を豊かにしてくれる。きっとこの予感は正しい。

まだ社会がなんたるかも知らなかった頃は、もっと『意味のないこと』を自然とやっていた。というより『意味の有無を考える』なんて発想自体がなかったように思う。

小学生6年生ぐらいのこと。電卓を使う授業があったのだけど、当時すでに暗算検定の段位を持っていた僕にはその授業が暇で仕方なかった。あまりに暇を持て余した良寛少年は、『1+1=』と電卓を叩き、そこから『=』を永遠に叩き続けるという暇つぶしを実行した。

僕の記憶が正しければ、8桁の電卓の表記が「99,999,999」まで意地でも続けてやろうとしていたはずだ。体育や給食などの電卓が叩けない時間の前には、そこまでの記録をメモに残しながら徹底してやっていた。(授業中はずっと左手が電卓を叩き続けていたことは先生には内緒にしておいてほしい)

結果を言うと、6日間ぐらい経ったとき、記録がわからなくなって「もういいや」って辞めた。どこまで記録を伸ばしたかすら覚えてないけれど、電卓の『=』の文字が掠れて無くなりかけていたことだけは鮮明に思い出せる。

日本で最も人口の少ない県の進学校・理系トップクラスだった高校時代。密かに『100均の小道具を筆箱にする(毎月変更)』という謎企画をやっていた。

ときに「鍵付きの箱」の場合もあれば、「弁当箱」に文房具を入れていたこともある。途中でネタがなくなって「輪ゴム」で括るという暴挙に出たこともあるが、あまりに不便すぎて数日で辞めた。鞄に入らず、エナメルバックを肩に掛けながら筆箱だけを手持ちで登下校していたこともあった。

最終的には大学受験が近づいてきてことで、使いやすい筆箱に統一化されていったが、あの楽しみを僕は今でも覚えている。

あの頃のように『意味のないこと』を『意味のないまま』でやることは、もう出来ないのかもしれない。僕らは得てして経験を積みすぎた。

でも、『意味のないこと』を『意味のあること』に錯覚することは出来る。きっとそれは経験を積んだからこそ身につけたスキルだと思う。

「なんでそんなことを??」と言われても「なんででしょうね〜」とアホヅラこいて言い放ってやればいい。自分の人生に真に意味のあることなんて、他人には絶対にわからないから。

そうやって『意味のないこと』をやる人生を、もっと目指していこう。

この毎日更新もそのひとつ。意味なんてきっとない。


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というわけで、今日の記事は以上です。
眠たいです。眠すぎて目がウルウルしながら書き終えました。

では、またあした〜!

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おまけ:8月13日の日記

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