台風の翌日に浜辺でゴミ拾いをしてきた

10月12日(土)は日本を史上最大規模の台風が襲った。今住んでいる家には窓にシャッター(雨戸)が無いことがわかり、窓ガラスが割れたらどうしようもできないと思い、近所の小学校に避難した。

不安な夜を妻と、近所の人たちと過ごし、早朝には家に帰った。海の様子が気になり朝7時ころに浜辺の散歩。たくさんの漂流物がそこら散らばる中に30cmくらいの魚も打ち上げられていた。

お風呂に入って、少し寝て、ゴミ袋とトングを持って浜辺にゴミ拾いに向かった。前回の台風の翌日も浜辺に散歩しに行ったら多くの大人と子どもがゴミ拾いをしていた。それを見て、素直にかっこいいなと思ったし、暮らすってこういうことだなと感じたからだ(その時はゴミ拾いをしなかった)。

僕が行ったのは13時過ぎだったと思う。その頃には前回もやっていた人達がやっていたのか、朝よりはゴミの量が減っていた気がする。大きなゴミはそんなになかった。サーファーや海で遊ぶ人は9月上旬並に多かった。

ゴミ拾いをしていると、なんだかいつもより思考が巡ったので備忘録的に書いてみる。別に誰かに向けて書いているわけではない。

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1. 想像力が膨らむ
今拾っているゴミはどこから来たのか、誰が使っていたのか、どのくらい海にいたのか、ポイ捨てされたのか、ちゃんと捨てたけどここにきたのか、浜辺にあるゴミの何倍海の中にあるのか、これを僕らが食べている魚がたべてしまっているのではないか、自分が働く会社のロゴが入ったゴミをなんとも思わないのか、、、
ゴミを拾いながら、頭の中にたくさんの問いが生まれた。目の前のゴミ1つから、こんなにも多くの疑問が生まれ、想像をし、自分なりの答えをだすという作業が目まぐるしく行われていた。

2. 少しは変わる
自分がゴミを拾ったことを褒めてほしく書いているわけではない。偽善という人もいるかもしれないし、そんなことをして何が変わるんだと言う人もいるかも知れない。僕も、僕一人で1-2時間ゴミを拾ったからって何かが変わるとは思ってはいない。本質的な解決なんてできていないのはわかっている。
だけど、久しぶりにこうやって文章を書こうと思ったし、実際に書いた。それだけで自分の行動と意識は変わった。ゴミを拾いながらたくさん考えた。少なくともゴミ拾いをする前とした後で、僕の意識と行動は変わった。やる前、考える前にはもう戻れない。そして、これを読んだ人も読む前にはは戻れない。本質ってなんだよ。

3.自然からの恩恵
たくさんのゴミがあるところで遊んでいる人が多くいた。別にゴミ拾いをしろと強要したいとは思わない。だけど、小さい子どもが裸足で走っているのを見ると心配になる。ケガしないだろうか、と。
僕は子どもはケガして学ぶことはたくさんあるから、どんどん遊んで怪我をしたら良いと思っている。自分にも子どもができたら、精一杯遊ばせると思う。だけど、台風の翌日にゴミを踏んで怪我するのは、積極的な怪我じゃないんじゃないかと思う。いや、それも含めてのことなのか。微妙なところだ。
アウトドアが好きだから、自然の中で遊ぶことはどんどんやってほしい。サーフィンにサップ、ランニング、釣り、キャンプにBBQ。海沿いでできることはたくさんある。僕もやりたい。これももし子どもができたらのタラレバの話だけど、自然の中で遊ぶことと同時に自然環境保護、自然からの恩恵についても教えられるようになりたいと思った。

4.暮らすこと
暮らすことは地域にコミットすること。食う、寝る、テレビ見る、だけじゃなく。海のこと川のこと山のこと、そこにある動物、植物のことをちょっとでも知ろうとすること。それだけで、地形のこと、構造について理解が深まり、被害は減るだろうし愛着も高まると思う。非常時の行動も変わると思う。

5. 自分のこと
僕がゴミ拾いをしている間に他の人は本を読んで知識を得て、お金を稼いで、フォロワーを増やしたりしているかもしれない。僕はゴミ拾いをしているだけで、なにかを生み出せたりしてないけど、そんな自分でよいと思った。出世しない考え方かもだけど。

拾ったゴミ達
45リットルのゴミ袋に4/3くらい。そのほとんどがプラスチック。マイクロプラスチックの問題が世界中で叫ばれているけど、本当に多かった。特にペットボトルのキャップとストロー。腐らないプラスチックはしっかりと原型を留めている。これからはなるべくプラスチックを使わない選択しようと思った。ポイ捨てせずにゴミ箱に捨てても、なにがどういう経路でここまで運ばれてくるのかわかんないから。

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