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好きが毒になる前に。

『好き、と言ったら、想いが空気に溶けた気がした。彼に辿りつく前に』

という一文を仕事中に書いた。

そうかー、好きの気持ちが空気に溶けたらいいよね、ずっと好きな人のそばにいられるもんね。

一方、「嫌い」の気持ちは黒くて重くて、空気に溶けず、おまけに目に見えるものだから、ポーンと投げられたら受け取ってしまう。受け取ってしまったら、見た目よりもずっと重いことに驚いて、

「あー、どうしてこんなものを受け取ってしまったんだろう」

と落ち込む。

でも、目に見えるものだから、ポイッと捨てることもできるわけで。
「嫌い」を投げられて、「うわああああ」と半狂乱になってしまっている場合は「えぇぇぇぇい!!」と嫌いのボールを遠くに投げちゃうのもありかもしれない。
「あー、このボール、私に嫌いって言ったあいつに剛速球でぶつかんねぇかな」ってちょっと思いつつ。

空気に溶けた好きはきっとすぐには届かない。それでも、時間がかかってもいいから、誰かの心にたどり着いて、何か、違う形になればいいのになあ。
とは言え、空気に溶けて、あの人のどこかにずっとまとわりついていたとしたら。
払おうにも空気だから払うこともできずに残るのだとしたら。
「好き」は思っている以上に重いものなのかもしれない。
とてもキレイだったはずの想いは、少しずつくすんでいって、淀み、気がついたら自分と誰かを蝕む。

溶けて混ざって、生きるための酸素に変わることができれば、この想いも少しは報われるのに。


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