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【小説】死ぬまでの恋

今日はとてもいいお天気だ。
空が真っ青で、木々の緑がよく映える。
街の喧騒から少し離れた場所にあるこの公園では枝が揺れる音が聞こえるぐらいで静かなものだった。

ひとつ、大きく深呼吸をして、隣にいる彼――マコトの手を握った。
ゴツゴツとした手。しっかりと握るんじゃなくて、指を絡めるようにしてふんわりと。

マコトはこちらを見ようともせず、私が見ていないものを見ながら、「今日は風が気持ちいいな」などと呟く。

「ねえ、こっちも見てよ」
「んー……」

話しかけても、曖昧な返事しかしてくれない。
なんだかつまらなくなった私は手を離し、代わりにマコトの腕に触れた。
だらんと垂れ下がった腕の皮膚にはぷっくりと血管が浮き上がっている。
硬い手とは大違いで、その部分はとても柔らかくて気持ちがいい。
しばらくそのラインをなぞっているとわずかに熱を持ち始める。

「なに触ってんの」
「ねえねえ、この血管の部分をぎゅうっと押さえつけたら、どこか不具合出たりするの?」
「その程度で不具合が出たら困るだろ。満員電車で圧迫されただけで死ぬぞ」
「じゃあ爪を立てたらどうかな?」
「それは痛いからやめて」

ふざけて爪を立てようとすると、身をよじる。
それでも、私の手を振り払わないのはマコトの優しさなのかもしれない。

「腕なんか触って楽しい?」
「マコトの体はどこを触っても楽しい」
「そういうもん……?」
「マコトの腕って生きてる感じがするねぇ。死んでる人の腕を触ったこと゛ないから比べられないけど」
「まあ生きてるからね」
「柔らかいとこと、硬いところがあって」
「うん」
「あったかくて、熱いとこもある」
「うん」
「でも、手先はちょっと冷たいね」

ようやく、腕から手を離して、もう一度手に触れる。

「おまえは手がいつも冷たい」
「冷え症なの」
「足も冷たい。寝てるときに足で触られるとゾゾッとする」
「ゾゾッ! ってひどいなあ」
「腹のあたりも冷たいよな。おなかくだすよ」
「くださないよ。くださないようになってるから」
「なんだそれ、人間だったらくだすこともあるだろ」
「今は人間だけど、そのうちみんな人間じゃなくなるよ。死んじゃうもの」

ふふっ、と笑みを漏らすとマコトはようやくこっちを見た。
でも、不愉快そうな表情だった。

「そんな先の話、してないよ」
「こういう冗談、好きじゃない?」
「……腹、冷やさないように腹巻き買ってやる」

ため息交じりの声。
でもそんな声も好き。
マコトは私の手を引っ張って、公園の出口に向かって少し歩く速度を速めた。

「どこに行くの?」
「駅前のデパート」

どうやら本当に腹巻を買いに行くつもりらしい。

私たちはいつまで一緒にいられるのかな?
でも、ずっと一緒にいられないのが分かってるから、今、笑っていられたら、それだけでいいと思わない?
ね? そうでしょう?

Fin.

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