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薬食衣一如

中秋の名月の翌日に、染めもの屋ふく主催の、「草紐の会」に参加してきた。気付くとどこにでも生えている苧麻 ——チョマ 、カラムシ 、ラミー ——は、明治に入って綿が広く普及する以前の衣服の素材の主流であり、簡単な紐なら誰にでもつくれるのだという。主催のふくさんに参加申請の連絡をすると、「苧麻ひとつ覚えるだけで、繊維と食べるのに困らなくなりますよ」と返事が来て、本当だとすれば、それは物凄いことだと思った。

というのも、ちょうど二週間前、会場からも歩いて行ける游仙菴には、先月にも根元から刈りとったはずの苧麻がまるで何事もなかったかのように再生していて、施主さんもほとほと困り顔だったから。つくづく草とは、敵とすればとても敵ったものではないが、友とすればこれほど生きやすいこともないのだろう。

会場に着くと、苧麻だけでなく、大麻、藺(イ)、芭蕉もあって、手はじめに大麻から紐を縒っていく。はじめにすこし手間取ったものの、馴れると無心に手が動いて、藺、苧麻と次々に手が伸びては、あれよあれよとうつくしい紐が縒りあがっていく。こういう時の時間はきまって、あっという間に過ぎていく。



それから次に、実際にいま生えている苧麻を求めて辺りを散策する。紫蘇に似た葉が互生について、風に揺れると葉うらの白が涼しい、一度覚えたらすぐにそれと分かる苧麻たちの、田んぼのへりに沿って繁茂しているのを根元から刈って行き、まず先の新芽を摘みとったら、そのまま上から下へと手をすべらせるように葉を捥いで、今度は逆に根元から先まで薄皮を剥く。これを乾かして、昆布のように水に少し戻すとまた紐がつくれるという。

摘み取った新芽も捨てずにとっておいたのを、「野草は陰性で冷えるので、アクはよくとった方がいい」と塩をしてぐらぐら沸かした湯に数分ゆがいて、水にさらしたのをよく刻んだ後、ペースト状になるまですり鉢に擦ると、とろみが出てくる。味見すると、クセがなく、それでいて薬効もあって栄養価も高く——鉄分、カリウムはほうれん草の3.5倍、ビタミンAはにんじんの約1.6倍あるというから驚きである——色もあざやかで、納豆に混ぜても、ジェノベーゼにしても、団子にしてもいいと色々アイデアが湧いてくる。 

会もお開きとなった団欒の中で、染めもの屋ふくの工房の、シンボルツリーにもなっているアカメガシワもまた様々に使えるのだという話を聴いたとき、「苧麻ひとつ覚えるだけで、繊維と食べるのに困らなくなりますよ」とふくさんの言ったのは、苧麻ひとつあれば食べるのに困らないというのではなくて、ただ苧麻との関わり方を覚えれば、そこから先、辺りには他にも様々に食べられる草、薬になる草、繊維になる草はあるのだということを、苧麻ひとつあれば学べるということであり、さらにはこれが彼女の普段から掲げる、「薬食衣一如」なのだと腑に落ちた。

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