ブラックホールで時間旅行へ 29歳研究者の夢

国際研究チーム「Event Horizon Telescope(EHT)」は2019年4月、ブラックホールを捉えた世界初の画像を発表して、大きな注目を浴びた。ブラックホールは巨大だが、宇宙のはるか彼方にあり、「月の上にあるゴルフボールを地球から観測するのと同じくらい」の大きさにしか見えないという。

そんな天体をどうやって撮影したのか? そもそもブラックホールを観察すると、どんなことがわかるのだろう?

マサチューセッツ工科大学のヘイスタック天文台で研究をしているEHTメンバーの森山小太郎さん(29)を訪ね、話を聞いた。

画像1

森山小太郎さん=米マサチューセッツ州ウェストフォード

5万通りの方法でテスト

——撮影に成功したのは、地球から5500万光年離れたM87銀河のブラックホールでしたね。

M87は当初、2番手の観測対象と考えられていました。EHTはもう一つ、私たち自身がいる銀河系の中心にあるブラックホール「いて座Aスター」を観測していて、こちらは実際の大きさはM87の1千分の1しかないのですが、地球からの距離が2万6千光年と近いため、見かけ上はブラックホールの候補とされている天体の中で一番大きく見えるのです。

でも結局、初めて画像化するのにM87が最適だと判断したのは、大きいぶんだけ動きがゆっくりしているからです。まわりを取り巻くガスがブラックホールを1回転するのに30日かかるので、ブレのない画像が得られます。

一方、いて座Aスターは30分で1回転するので、1回8時間かかるEHTでの観測では、どうしてもブレてしまいます。

——EHTは南米のチリやハワイ、南極など、世界にある8基の電波望遠鏡を組み合わせて、仮想的な「直径1万キロの望遠鏡」を作ったそうですね。

大きな望遠鏡ほど天体をより細かく観測できますが、それぞれの望遠鏡は最大でも直径数百メートル程度です。めざしている「地球サイズの望遠鏡」を作るため、ヘイスタック天文台とドイツのマックスプランク研究所がそれぞれ、8基の望遠鏡が観測したデータを結合しました。独立に得られたデータは、互いに矛盾していないことが確かめられました。​​​​​​​

画像2

ヘイスタック天文台=米マサチューセッツ州ウェストフォード

また、結合させたデータには「ピンぼけ」のような誤差が残っているので、それを較正する必要があります。このときも三つのソフトウェアを用いて、結果が合っていることを確認しました。こうして入念にチェックしたデータは4つのチームにわたり、それぞれが独立に画像化に取り組みました。

4つのチームが作った画像にはどれも「中心が暗く、下側の明るいドーナツ状」という、共通した特徴がありました。

——その段階で、「撮影に成功した」という確信が高まったのではないですか?

その通りです。4チームは互いに情報交換をせず、独自に画像を作成したうえで、それぞれ一致した特徴を得ることができましたから。

とはいえ、それぞれのチームは、たとえば光源の数がどれくらいあれば画像を復元できるか、得られるはずの画像はどれくらい滑らかか、といったことについて、様々な手法を用いて作業に取り組んでいます。その手法をちょっと変えたら、ぜんぜん違う絵が出るんじゃないかという懸念がありました。得られた画像には、チームごとの「個性」が残っているのです。より客観的な方法で画像化する必要がありました。

このため私たちは、「ドーナツ状」「下の部分がとくに明るいドーナツ状」「円盤」「光源が二つ」という四つの仮想的な天体を用意し、それぞれをEHTを使って観測したときに得られるはずの模擬的なデータを作りました。この模擬データを、3種類のソフトウェアを使った計5万通りの方法で画像化し、元の仮想的な天体を再現する方法を探しました。テストをパスしたのは、5万通りのうちの約2100通りの方法でした。

これらの方法で実際のM87ブラックホールの観測データを画像化したところ、ドーナツ状で下側が明るいという特徴をどれも持っており、その半径も同じだということがわかりました。そのなかから選んだ画像を、ブラックホールを撮影した初めての写真として発表しました。

画像3

EHTが発表したM87ブラックホールの写真
(Credit: Event Horizon Telescope Collaboration)

次の狙いは「回転」


——観察したもう一つのブラックホール、いて座Aスターからは、どんなことがわかるのですか。

一般相対論によれば、ブラックホールの性質は、質量と回転の二つだけで決まります。回転というのは、まわりのガスではなく、ブラックホールそのものが自転することです。これを観測するのが、私がいま取り組んでいる研究です。

M87の観測では、大きさを知ることで質量を特定できましたが、回転についてはこれからです。自転しているブラックホールを観測すると、ドーナツの形が少しだけひしゃげて見えることが一般相対論から予言されていますが、今のEHTの解像度では、そのわずかなひしゃげ方を検出できないからです。

一方で、いて座Aスターの強みは、まわりにあるガスの動きを時間の経過に伴って観察できることです。これを調べれば、ひしゃげ方を調べる方法に頼らずに、ブラックホールの回転に迫ることができるかもしれないのです。

——具体的には、どんな方法ですか?

周囲を円盤状に取り巻いているガスは、ときどき、ちぎれてブラックホールに落ちていきます。このときにガスが光を放つのですが、その光は2回以上に分かれて地球に届くことが、シミュレーションでわかっています。1回目の光は、ガスから放たれてすぐ、一直線に地球へ向かうもの。2回目は、ブラックホールの巨大な重力で曲げられて、まわりを一周してから地球へ向かうものです。​​​​​​​

おもしろいことに、この光が一周する円の半径は、ブラックホールの自転が速ければ速いほど、小さくなります。回転していないブラックホールでの光の回転にかかる時間はおよそ15分ですが、高速回転するブラックホールでは6分です。つまり自転が速いと、1回目と2回目の光が届く時間の間隔が短くなる。この時間差をはかれば、ブラックホールの回転速度を突き止められるというわけです。

画像4

ブラックホールに落下するガスから放たれる光が、
2回に分かれて地球に届く=森山さん提供

——想定したような、2回に分かれた発光現象は見られているんですか。​​​​​​​

あー、まだ言えないですね。データ自体が非公開なので。結果は、近い将来に出ることを期待しています

相対論の先へ

——そもそも、研究者はなぜブラックホールを観測するんでしょうか?

まず、一般相対論が本当に正しいのかを調べられるからです。一般相対論は確かに、弱い重力の中では極めて明快に、さまざまな現象を正しく説明できるとわかっていますが、ブラックホールのような、極限に高い重力場の中では深く検証されていないんです。

EHTはまだこれから参加する望遠鏡も増え、精度が上がっていきますし、最終的には理論シミュレーションで得られた画像と同じレベルで検証できるような解像度になる可能性が、大いにあります。そのときに得られた画像には、一般相対論をもとにしたシミュレーションの画像とは異なる特徴が見られるかもしれない。

プロの研究者にも、趣味で研究している人にも、一般相対論を超えた理論を作りたいと思っている人はいます。「オレの理論でも、宇宙の現象を説明できる。オレの理論のほうが正しい」と。そういう議論を戦わせる場として、非常におもしろい。ぼく自身もおもしろがっている一人です。

——一般相対論に関心がない、多くの人にとっても意味がありますか?

これはぼく個人の意見ですが、一般相対論から先に進んだ重力の理論があれば、いろいろな分野に応用できます。GPS(全地球測位システム)という技術的な恩恵は、ニュートン力学から一般相対論に理論が進んだことによって得られました。同じように、一般相対論より進んだ理論を生み出すことができれば、そこからもメリットが得られるとぼくは信じています。

——森山さんご自身にとってはどうでしょう?

ぼくが研究をしている一番のテーマは、タイムトラベルの現象を探すことです。ぼくは子どものころから、何というか、時間に執着していたんですね。たとえば人間の生き死には時間で決まりますし、学校のテストで点数を取るのも、言ってみれば時間さえあれば誰でもできる。

ぼく自身、いろいろとやることがトロいんです。中学受験をしたので、小学5年生のときから塾に通っていましたが、今まで満足にテストをできたことがない。何とかならんのかと常に考えていました。時間さえうまく扱えるようになれば、一通りのことはできるようになるんじゃないか。時間をやっつけてやろう、時間に対する弱点を克服しようみたいな考えが、物心ついたときからずっとあったんです。

両親が映画に詳しくて、4、5歳のときに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を見て、その後もDVDを買って何回も見るようになりました。学部時代は大阪大学で素粒子の研究をしていましたが、タイムマシンを作るのに適しているからと思って、物理学科に入ったんです。


でもあんまり現実感がないというか、理論的なところから詰めていっても、タイムマシンに直接つながらないんじゃないかと感じました。なので、観測によってタイムトラベルの方法を探そうと思って、大学院からは京都大学に進んで宇宙物理学を学ぶようになりました。

——ブラックホールを研究することが、タイムマシンにつながるんですか?

一般相対論でぼくが気に入っているのは、時間と空間が相互に作用し合うというところです。とくにブラックホールのような強い重力場の、たとえば事象の地平面の近くでは、時間が止まってしまうと言われています。

そういう現象をうまく利用すれば、ひょっとしたら未来から過去にものを飛ばせるんじゃないか、といったことも考えられるわけです。一般相対論の先の理論は、未来から過去へ信号を飛ばせるような時空構造を予言するかもしれない。未来の人がブラックホールの近くに行って、そこから信号を飛ばしているかもしれない。

EHTでそういう現象を見ることができれば、遠く離れた未来からの情報を、我々は得ることができるのかもしれない。そういう意味でも、やってみる価値は十分にあると思います。

(初掲載: 2020/6/12)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?