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Ep.003:ニューヨーク地下鉄狂想曲-ニューヨークの追憶

 19歳でニューヨークで生活し始めて早10年。その間日本に一時帰国したのは2回ほどである。高等学校を卒業して直ぐにカナダに半年間留学して故郷である沖縄にトンボ帰り。一年ほどバイトをしてアメリカ生活に突入したので、東京で過ごしたことは人生で2週間程しかない。

 東京での生活にも憧れを持ったこともあるが、時折オンラインで見かける満員電車の様子には怖気付いてしまう。東京人から言わせるにすぐに慣れるらしい。つり革を持たずともすし詰め状態なので安定するのだそうだ。冬場は意外と人間の毛布にくるまれて温かいのかもしれない。

 ニューヨークの地下鉄はひと昔前まで治安の悪さで有名であったが、私が暮らし始めた10年前には、グラフィティと称される落書きがハトの糞のように撒き散らされた地下鉄車両は一新された。

 ある一定区間はどこまでいっても一定金額で乗り続けていられるのは気前がよいが、そのせいでホームレスなどが厳しい冬や酷暑の夏を乗り越える為に車両内に居座ってうたた寝をしているのをよく見かける。ホームレス独特の匂いというのは世界共通であるかは定かではないが、一番近いのは公園の公衆便所やフェスの会場に隣接された長方形型の簡易トイレのすえた臭いだろう。その匂いにも程度があり、少し混んでいる車両に乗りこむと、私の視界の側で2、3席ほどの空いている空間がある。

 そこで彼らは荷物と同化してスヤスヤと眠っている。彼らの臭いはまだ軽い。時たま乗客で混雑する時間帯の電車に、人影もまばらな車両を駅のホームから見かけることがある。これは幸運と意気揚々と乗り込むと、腐敗した巨大な手に顔全体を覆われたようで、思わず目をカッと見開き、周りを見渡すと、暴力的な悪臭を放つホームレスが隅の方に座っていることが殆どであり、もう一息鼻で呼吸をするか、口呼吸に切り替えるか、一瞬判断が遅れると同時に背後のドアは閉まり、頭がクラクラするような臭いを我慢しなければならなくなる。だが人間の嗅覚というものは優れものでどんな悪臭にも一駅二駅すれば慣れてしまうので、座れることに感謝する強者も一定数存在する。

 ニューヨークには公衆トイレが極端に少ない。駆け込み寺のようにトイレに飛び込める便利なパチンコ屋は存在しないし、コンビニにもトイレは無い。それは地下鉄でも例外ではなく、私が記憶する唯一の地下鉄構内の公衆トイレはタイムズスクエア駅のみである。よって地下鉄内で尿意、便意を催してしまうと大変だ。

 男性の場合、尿意を催してどうしても我慢できない場合は、次の駅で降りて電車が行ってしまった後に対面で電車を待つ人達に見られながら、線路に向かって申し訳なさげに立ち小便をすることもできる。もし電車が路線上で立ち往生してしまったら、ドアで仕切られた50センチ程の車両内の連結部分に滑り込み、各車両に片足それぞれを乗せて、いつ電車が動き出すか分からない状況で、スリリングな放尿することも可能だろう。

 問題は女性の場合である。電車の外に出れても、駅構内にトイレはない。かといって駅の外に出ても、街にはトイレはない。

 ある日、混雑する電車が途中停車した。停車の理由は覚えていない。20分程過ぎただろうか、女性の悲痛な叫び声が聞こえた。

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