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定点観測「雪の茅舎・山廃本醸造」8日目…なるか?

深く酸い。それは変わらない。いちごの香りをまとった不可思議な液体が目の前にある。日に日に緩急自在な柔和な液体を前に顔をしかめる私。もちろん魅力は酸だけではない。甘みにもここにきて特徴が出てきた。

※※※

畳の上にいる。一日中、ここにいたい。
かすかにススキが香る。春なのに。
鼻がおかしいのか。杉のせいかな。

都会のスピードは思ったより早かった。
僕は置いていかれた。

散々文句も言った。職場の話だ。仲のいい人が、力を貸してくれる人がいないわけではなかった。でも、6年間の小さな闘いはあっけなく終わったのだ。あの客の差些細な一言は、僕にとって全く些細ではなかった。眼の前が2周回って、血管が少しばかり膨張した後で、その少し後で帰ってきてしまった。我が家に。我が、なんて仰々しい。むしろあばら家だ。親には失礼だけれど、あばら家だ。親のあばら家、別名は実家。どう見てもそうだ。

庭の手入れなどしていない。初期の意欲が感じられる程度に、すでに打ち捨てられた植木鉢が眩しい。眩しいのを眼前の扇風機越しに見てるよ。

扇風機は子どもの頃以来、全く変わっていない。買い替えてないのだ。
母は「もったいない」教の信者だった。どこの教団にも属していない自主宗教である。

夕方になって風が表情を変えて、僕は枕の位置を変えたくなる。ごろごろする。
そのうちに、枕の上でころがす欲求だけでは済まなくなった。
気がつくと頭は1回転半、枕のないところ、つまりは畳の上に転がっていた。固いな。

もう半回転して、上を見上げる。天井にはしみがある。前回帰ったときにはなかった、しみがある。平屋の屋根に長年降り積もった雨の痕跡だろうか。

ため息をついた。とたんに、顔に跳ね返ってきたような心地になる。

大気が重くなった気がした。

どういうわけだろう。その場にいられなくなって、僕は手を振って足を動かしていた。砂利道をサンダルで走る。さっきまで心地よい世界の使者だったススキは、とたんに風に揺られて微笑む脳天気な、いらつく何かに変わってしまった。

それでも走ると、右手には商店街の入口がある。
肩で息をしている。身体が揺れる。同級生たちは今何をしているのだろう。この商店街に入ったら、すれ違ったりするだろうか。

その時すれ違って終わるだろうか。
何かしらの爪痕が互いに残る程度のやり取りをするだろうか。

自然と四肢は商店街を駆ける。

西日が差す商店街は夏の匂いがした。
草は視界にないのに、群れた緑色の香りがした。

視線は宙を舞った。身体は右往左往しながら直進した。振り切ろうともがく手の動きが鈍くなっていくのがわかったけれど、止まりはしなかった。体力は故郷を離れた数年で衰えたのだろうか。だいぶ、奮闘したつもりなのだけれど。

肉屋のおばちゃんが、八百屋の看板猫が、農具屋の老眼鏡をかけた爺が、今にも逡巡のうちにシャッターを閉めてしまいそうだ。

その風景をどうしても見たくなくて、僕は無責任に無茶に腕を振り続けた。

最後の汗が流れる。神社の手水鉢。

※※※

またやった。

おやすみ。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。