僕はあいみょんを聴いてる(2)
聴いてるよ、今日もあいみょんを。
最初のアルバムを聴いてる。「憎まれっ子世に憚る」というやつ。ミニアルバムだ。まだ曲が少ない。最初は女の子感が強い。
クラスにひとりいる「何かに気づいちゃった女の子」っぽい。
そういう子っていませんでしたか?
あ、ちょっと分かりづらいか。
一見学校生活っていう集団のルールに、レールに乗っているようで、心地逸脱をしちゃう子です。なんかさ、いつ見ても「ああ縛られてないなこの人は」と感じる人。かな。
鈍感な男子でも「あら奔放。」とかって思ってちょっと気になっちゃうやつ。そんな感じ。
そういう曲が多い。率直な言葉と豊かな感性。時に誤解もされそうな感性。
そもそも子どもの感性って誤解されて当然な気もするが。
子どもの感性が大人に理解できるものだったら、それって危険なサインなんじゃない?だから誤解されてもいいんだよ。ということで満を持して誤解される感性。あいみょん。
そういや昨日の記事にコメントを頂いた。
「あいみょんって、あいみょん感がない。」みたいなコメントですね。僕もそう思います。
どちらかと言えば小松菜奈さんみたいな雰囲気を予想しましたが、実際は炭酸が抜けたシシド・カフカのような雰囲気でした。
思うにですね、僕は「あいみょん」の「あい」に8割の期待を寄せた。「みょん」には2割。
しかし現実はむしろ反対だった。「みょん」が顕性だった。反省反省。
うん。話を本筋に戻しますが。
あいみょんをなんか意外にも聴いてしまう、という話をする予定でしたね。
これには燃え殻さんという作家が関係しています。
燃え殻さんは小説を書いています。『ボクたちはみんな大人になれなかった』という小説ですね。
1年以上前にタイトルを見て「これ、多分嫌なところをえぐってくる小説だ。」って思って放置してました。
けれどもなんかつい先日読めそうな気がしたので読みました。西への旅の最中です。なんでだろうな。わからない。
よんだらまた思った以上にえぐってくる。えぐってくる小説だった。えぐっておいて読後感で妙な爽やかさを残すんだから困る。
その小説の文庫版解説に出てきたのだ。あいみょんが。「アンサーソング」と題名をつけて。
それで気になって聴いてしまったんだ。
燃え殻さんの小説は、過去に出会った人々を回想しつつ現在の人生が回っていく形式だった。思わず昔の恋人にフェイスブックで友達リクエストを送ってしまうところから始まる。
ここからもう嫌な予感しかしないよね、世の男性諸君。やっちゃダメね。禁止だよ。先生との約束だ。
燃え殻さんはこれがまた自分語りがうまいんだ。いいとこついてくるのに「こいつただ自分のこと言いたいだけだな」って思わせない。全体として明らかにそれはおっさんの発言、おっさんの回想というこの世で2番目くらいには寒い言明なのにもかかわらず、読者に突き刺さる。カジキを仕留める突きん棒のようだ。
これがいい私小説ってやつなのかって思った。
自分もこのアカウントの前のアカウントで恋愛話を書いて、トラブってやめたがこれが本物なんだなって思った。
自分の(多分)埋まってない傷を晒して人の傷を癒やすってすごい行為だなって思う。なかなかできることではないよ。
で、その見事な小説に解説つけちゃうあいみょん、君は何者なんだい?
アルバムの最初の曲で、「どうせ死ぬなら二度寝で死にたいわ」と叫んで、なぜかそのアルバムの最後の曲では「ほろ酔いは俺をダメな男にする」と感慨深そうに歌っちゃう君は、何者なんだい。
よくわからないけれど、その最後の曲。
おっさんに響きそうだ。
ねえおっさんども。そう思わないかい?
今日はここまでだ。乾杯。
酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。