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存在もしていないし、もちろん読めるはずもない本について堂々と語る②   宮部圭吾『罪の代償』

 最近レビューを書いていないから、レビューを自分で創ってしまえ、と思ったわけでは決してない。……本当だよ。…嘘じゃないよ。

(※ここからはすべて存在しない小説について語っています。)

 いつも私は江戸川乱歩賞の選評を読んでいるのですが、今年の江戸川乱歩賞の最終選考の中で、ひときわ目立つペンネームの候補者がいました。およそ新人とは思えないような不遜なペンネーム、宮部圭吾。誰もが知るビッグネームふたりの名前を取って、新人賞の応募したというのは自信の表れだろうか。例えば綾辻行人〈館〉シリーズの探偵が島田潔(島田荘司+御手洗潔)のように、登場人物の名前に付けるなら、まだしも。と思ったが、江戸川乱歩だって由来は、エドガー・アラン・ポーだっていう話じゃないか、と気付く。しかしデビューしてから改名を求められないなんて、きっと講談社さんは心が広い。

 本書はそんな賞の落選作ながら強いインパクトを与えた作品を全面改稿し、出版したものとのことです。

 物語の核心部分にも触れていますので、未読の方はご注意ください。

 とはいえ大事なのは内容である。主人公の慎一は、母親を少年時代に亡くし、それ以降はプロ棋士を目指し研鑽を積んでいたが奨励会の年齢制限に間に合わずプロの道を断念した、現在30歳。父親とふたり暮らしであまり家から出ない生活を送っていたため、近所からは〈引きこもり〉と冷たい目を向けられている(と言っても、まったく家から出ないわけじゃない)。そんな慎一のもとに昔の友人から電話があり、車で友人宅に向かう途中、運転のトラブルで争っているふたりの男を見掛けるが、関わり合いたくない慎一はふたりを無視して友人宅に向かう。数日後、警察が慎一のもとを訪れる。殺人事件の容疑者として疑われていることを知った慎一は、自分の身の潔白を証明しようと行動を始めるが……。

 という、最近ではあまり使われなくなった〈社会派ミステリー〉という言葉を使いたくなるようなメッセージ性の強い作品の雰囲気があります。松本清張『砂の器』や水上勉『飢餓海峡』、森村誠一『人間の証明』辺りから始まって、東野圭吾『白夜行』や宮部みゆき『理由』、天童荒太『永遠の仔』などの2000年前後の作品群、あるいはその後の貫井徳郎『乱反射』『灰色の虹』、薬丸岳もコンスタントに社会に対するメッセージが強いミステリを書き続けています。最近だと葉真中顕がその系譜を継いでいる印象がある。本作もあらすじだけを見ると、その印象が強いのですが、実は似て非なるもので逆にいわゆる〈社会派ミステリー〉というジャンルを好む人を挑発するような作品になっている。

 それっぽいガジェットをこれでもかというくらい作品の中に入れ込み、わざとらしく偶然を多用し、物語の最後に崖で犯人と口論になる主人公とのやり合いは、思わず「それは『ゼロの焦点』というより、ベタな2時間サスペンスだろ」と笑ってしまいそうになりました。このジャンルをとことん茶化しまくった本書ですが、愛ゆえの辛辣さと思えば好ましく思えてくるから不思議です。

 落選したのが納得できる反面、出版を望んだ人の気持ちも分かるな、という愛すべき問題作だ。

(いないとは思いますが、もしも小説化したい方がいたら、どうぞご自由に。いないか……。)

(2019/09/02 記述した実在する著者の本のタイトルで明らかな間違いがあったため、訂正しました)