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存在もしていないし、もちろん読めるはずもない本について堂々と語る⑤   『時をかける想い ~初恋のあの子が結婚詐欺師になっていた件~』筒井三尋

 本来の通常レビューからどんどんと離れていっているのは、自分がよく分かっている。……でも本当にメインは読書レビューのほうなんですよ。

 空想レビュー。あなたも、ぜひやってませんか? 自分がやるより、私は人が書いたものを見たい。

(※ここからはすべて存在しない小説について語っています。)

 ネタバレあり。未読の方はご注意を。

 タイトルに反して、とても真面目さを感じる小説だ。主人公は東京の私立大学に通う青年。〈おれ〉という一人称で、名前は作中では特に明かされない。他の登場人物からは〈きみ〉や〈あなた〉、〈お前〉などと呼ばれる。誤解をおそれずに言えば、〈どこにでもいる普通の〉という表現が似合う〈無個性な〉主人公だが、彼には超能力を持っていると言い出し、親戚一同から絶縁されるという憂き目にあった叔父さんがいて、そんな不思議な叔父さんに気に入られていて、家族に内緒でたまに叔父さんと会っている。

 主人公は大学で、森下静玖と偶然再会する。彼女は主人公の中学時代の初恋の相手だった。ここからかなり分量を使って、叶わなかった初恋の回想が差し込まれる。その甘酸っぱい回想が終わると、そこから一転して静玖が結婚詐欺と殺人未遂の罪で逮捕される、という出来事が起こる。彼女が罪を犯さない世界を作り出したい、と思った主人公は、かつて「他人をタイムスリップさせる能力がある」と語っていた叔父のことを思い出し、自分を過去に戻して欲しい、と叔父に頼み込む。SF的な説明はすくなく、肌触りはファンタジーに近い。もう戻ってこれない可能性がある、という事実を了承した主人公は叔父の力で過去へ……のはずが、たどり着いたのは、20年後の未来に。そこで静玖は刑務所を出所し、罪を犯した過去を抱えひっそりと生きていた。最初はその姿に懊悩する主人公だったが、孤独に生きる彼女に寄り添ううちに心を通わせていく。

 コミカルな作品だと思って読み始めましたが、内容は切ない恋愛ファンタジーです。彼女の犯罪に対して意外な真実が明かされるわけではなく、彼女から語られるのは重い重い罪の告白だけ。しかしそれでも彼女に寄り添いたいと思う主人公の姿は、本当に印象的です。

 同い年だったはずの、そして今では年齢の離れた関係となった初恋の女性との静謐な恋愛小説。その美しいラストに涙がとまらなかった。今年最大の話題作という触れ込みで派手な登場し、映画化が決まっている作品の原作ですが、内容はとても落ち着いた良質な作品です。ぜひ、ご一読を!

(いないとは思いますが、もしも小説化したい方がいたら、どうぞご自由に。いないか……。)

次回作……?