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電通を退職しました。なぜ今か。

2019年9月30日をもって、電通を退職しました。2007年に入社した時から、漠然とは「この会社には定年まではいないだろうなぁ」と、なんとなく思っていたところがあったんですが、まさか自分が、いま「電通辞めました」系記事を書くことになろうとは、思ってもみませんでした。このタイミングが正しかったのかは、今は、正直よくわかりません。

2015年から2018年まで、僕は電通から離れ、出向をしていました。その間に、電通という会社は大きく変わっていて、電通鬼十則がなくなっていたり、門限がとっても厳しくなっていたり、それがいいのか悪いのかジャッジする身分にはないけれど、少なくとも、戻ってきて違和感を感じたのが、退職理由の大きなきっかけです。

この会社には、社会が大きく動く瞬間に携われるチャンスがあります。オリンピックをはじめ、あらゆるクライアントと一緒に、世の中を変える、明るくする、そして元気にするチャンスがあります。本当にありがたいことです。僕自身も、例えば、入社早々白い犬のお父さんと5年ほどご一緒させていただく機会に預かり、CM好感度ランキングNO.1の座をほしいままにする、その一端に関わることができました。2011年の東日本大震災の際は、クライアントと共に被災地を訪れ、復興支援に携わることもありました。

よくOB訪問で「残業とか大変ですか〜?」などと尋ねられることがありましたが、一番嫌いな質問でした。社会を動かすというとんでもないでっかいミッションを背負うに当たって、定時で背負える人はいないと思うんですよね。

電通だけじゃない、博報堂さんだって、商社だって、金融だって、メディアだって、政府、行政に勤める皆さんだって、あるいはスタートアップから大きく成功した有名CEOの皆さんだって、それこそクライアントさん側の、白い犬のお父さんの会社だって、それぞれが「こんな未来を作りたい!」という大志を持って挑戦する、そんな時は、とことんやりたいんですよね。

1日があっという間で、毎日が文化祭前みたいになっていて、夜になって、ようやくチームメンバーが戻ってきて、わいわいしながら、ドラスティックに仕事を進めていく。僕は、まだ当時若かったこともあったけれど、少なくとも、そんな先輩たちの働き方がかっこよかったし、とても楽しかった思い出です。

自分自身のチャレンジが、会社の成長に繋がると信じて挑戦していきたい、仮にそう思っていても、今は9時半から5時半までの定時から少しでもはみ出ようものなら黄色信号が灯り、22時以降は赤信号。本人の意思に関わらず四角四面で量的な規制を受けるのが、今の働き方改革。

これって、本当に正しいのでしょうか。

働きたくない人を守るための法律は必要でしょう。働きたくないのに雇用者と被雇用者の上下関係が悪用された結果、悲惨な末路を迎える事例が後を絶たない。これは確かにどうにかしないといけない。けれど、働きたいのに、ルールがあるから働けないというのも、どうにかしないといけないと思うんです。働きたい、チャレンジしたいと思う人たちが、もっと自由に、本人の満足いく形で働ける世の中であって欲しい。

自分の生き方は、自分で決める。
働く場所も、働く時間も、働く仲間も。

これって
自我=アイデンティティと
生業=プロフェッショナリズムを
持っていなければなかなか成り立たない、
実は至難の技だと思います。

ただ、令和時代、1つの組織にずっといることが安心・安全だとは言い切れなくなっていくご時世です。人間の寿命が伸びゆく一方、会社の平均寿命は年々短くなり、あらゆるデジタルサービスや、シェアリングエコノミーの台頭によって、何かに固定される価値は、どんどん薄まってきているのは確かです。

1つの企業に所属するか、否か。それ自体、選べる時代なんだとすれば、僕は、多種多様な組織・コミュニティに所属しながら生きていく方が、自分にあっていると感じましたし、僕がイメージしていた電通人の働き方に、むしろ近いスタイルだとも感じました。

自分で仕事を作る。おっきな仕事に取り組む。摩擦未練は恐れず、成長の糧にする。電通鬼十則に学んだエッセンスを存分に活かしながら、これからの未来を作る一端を担いたい。だから、いま、電通を辞めることを決断できたように思います。

電通には今なお、いろんなチャンスが眠っていると思います。そして電通のなかに眠っているチャンスを、少しでも前に進める仕事に携わりたい。辞めても、電通に足しげく通えたら嬉しいし、誰かの代わりに商談を進めることもできると思っています。ぜひ、お役に立てそうでしたら、お声がけください。

働き方をテーマに起業をしました。どこでも働ける、どこでもチャレンジできる時代に、好きな場所で、好きな人と働けることを目指した、プラットフォームです。

定額制、住み放題「HafH(ハフ)」

例えば、今週1週間はリモートワークとして沖縄で旅しながら働く。来月はセブで旅して働く、そういう働きかた、暮らし方を選べる未来を作っていくものです。セブも、沖縄も、ゴールドコーストも既に利用可能です。
拠点一覧

HafHの仕事をやってると、あっという間に夜中。午前3時頃には、その日の達成感があります。もちろん、自身も旅しながら働くので休むときは旅先でゆっくり休みます。働きたいスタイルで、働きたい場所で、働きたい仕事にチャレンジする。自分らしい働き方を見つけました。

一見、サブスク住宅という流行り物にみえますが、別にサブスク住宅を流行らせたいわけではなく、これはまだ序章にしか過ぎません。多様性のある価値観を多様なまま受け入れられる社会をつくる、その最初の一歩目のアイデアです。

日々、アイデアが浮かんできます。電通であの頃、思いっきり働けていたように働くことができて、僕はいま、とても楽しい。

世界から見た日本という視点を常に持ちながら、ビジネスを拡大していくことで、少しでも、この国ごとワクワクできたらと思います。

最後になりましたが、退職にあたり、本当にあたたかい激励の言葉ばかりいただき、先輩方には最後まで頭があがりませんでした。一生この会社を嫌いにならないだろうし、もっと、チカラになれるよう成長せねばと心に決めて出ることができました。

新たな一歩のスタートです。
これまでの僕と、仕事をしてくださった皆さん、本当に、ありがとうございました。

大瀬良 亮 

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KabuK Style Inc. 代表取締役(のうちの1人)。月の半分を東京に、残りの半分を世界を旅して、働いています。

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コメント2件

いい形になりそうですね。これから先のコメントが、楽しそうですね。
電通を辞めることを決断・・・、私の場合45歳の決断でした。その後、何度も決断の場がありましたが、そんなことをしていて、ただ歳をとった、そんな感想です。
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