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Maggie Rogersが書いた手紙〜「Heard It In A Past Life」で打ち明けた、ここまでの旅路

音楽の素晴らしいところって、思い出にぴったりと寄り添ってくれるところだと思っている。あの曲を聴けば地元の夕焼けが見えてくるし、あの曲は水の匂いを放つ。同じ曲でも人によって思い出はもちろん違うし、それがまた美しい。人の思い出の曲の話って、その人の人生がちょっぴり覗き見できたみたいで嬉しい。

「作り手にもこれと同じことが言えるのではないか」

そう思ったのはメリーランド州出身のSSW、マギー・ロジャースの待望だったデビューアルバム「Heard It In A Past Life」を聴いたから。このアルバムは、彼女が音楽学校在学中にあのファレル・ウィリアムスから見出され、「Alaska」で一気にスターになり、それを転機として彼女の「それまで」と「それから」がありのままに表されている。一種の手紙の様なアルバムだ。

自身もギターを弾くことから、サウンド面でも作曲面でもかなり自身で作り上げている他、リリー・アレンやシーア、ケリー・クラークソンを手掛けた有名プロデューサー、グレッグ・クリスティンが多くの曲に関わっている。なるほど真っ直ぐな曲を聴きやすく、受け入れやすくしたのは彼の手腕だったのか。いくつかの曲ではマギーの友人もソングライターとして曲作りをしていて、彼女の雰囲気もかなり残されているのがまた絶妙なバランスだなと。

ここからは曲順通り解説していきます。

一曲目「Give A Little」は彼女の「自己紹介楽曲」としてリリースされたもの。しかも皆既月食の日にリリースされたっていうところからも、彼女の空気感が凄く伝わる。「この少しで、またお互いを愛することを学べるかも」っていう歌詞、誰に向けられてるかは聴くタイミングによって変わってくるかも。心を解放した様なヴォーカルに、こちらも開いた心で聴こうと思わせてくれるのは流石。

「Overnight」はファレルに見出された様子がYouTubeにアップされ、一夜にして多くの変化を体感した彼女だからこそ書けた曲。シンデレラストーリーとしてではなく、周りの人、物が変わったり、「おかしく」なっていく様子が歌われる。この出来事がなかったら、私はどこにいたのか。大きな変化の中でも自分を見失わない様にリフレインする「I'm still here」が重みを持って響いてくる。「変わっていく自分を許して」と歌う彼女に、もうグッと引き込まれてしまう。

「The Knife」は暗闇の中でカラフルなライトが光る様な、グルービーでエッジの効いた曲。「うるさくなりたいなら、解放して」という一節は、彼女が体現してこちらを導いてくれる様。ここでの解放は、一曲目のそれとは種類が違う様に感じる。きっとここではもっと、本能的なんだ。

「Alaska」は、ファレルを含め多くの人達に彼女のことを知らしめた曲。実際に彼女がアラスカに訪れた時の実体験を書いた曲で、過去の自分、夢に別れを告げた曲。シンプルに重なる彼女のボーカルは、寒さの中で澄んだ空気の様な心地よさがある。

「Light On」の歌い出し、「今なら私を信じてくれる?」の一節でアラスカから現実に一気に引き戻される。そう、もう起こった変化は変えられないんだ。「バスルームで泣きながらも、見つけなければならなかった」「ここでいいことのために去っていくなら、それで幸せだよ。だけどあなたが灯りをつけたままで行くなら、私も灯りをつけておくから。」という歌詞、誰に向けられているかは、その時次第だろう。ここまで美しい歌詞、そうは出会わない。それもこれも、全ては彼女の内から出たリアルな感情だから。これは変化と新しい自分への賛歌なんだ。

「Past Life」(過去の人生)で、嵐の前の静けさに身を置いていることがわかる。何かが変わる予感。フラッシュバックの様に、今までの人生や友人、「過去の人生」が見えてくる。ピアノだけで、恐れながらも覚悟を決めながら歌う彼女の声に、こちらも思わず息を飲む。

ここからはB面へ。

「Say It」のイントロで、嵐は去って晴れた空が見える。どこぞの映画と違って、現実は嵐が去った後が大変だ。「まだあなたと恋に落ちれない」というその一言が言えなかった。現実では、思ってても言えないことだらけだ。後悔とも違う、懺悔の様に大自然の中で歌い上げる姿が目に浮かぶ。

「On+Off」では、一度原点に立ち返ることを決意。「私を切り替えてくれる、いつもの場所に連れてって」と、歌うマギー。実際、アルバム制作中にニューヨークから地元に引っ越しているところから、これもまたリアル。途中で複雑に響くベースが背骨を伝って脳を揺らす。

「Fallingwater」で、現実がやっとクリアに、客観視できた様子。こういう、後から思えば当たり前なことって、その時は気付くのが本当に難しかったりするよね。自然な流れに「落ちていく水の様に」身を任せるのが、その近道なのかも。今なら分かる当たり前。それを見つけたマギーは、喜びに溢れている。テンポが変わる曲調も、深みを生んでいる。

「Retrograde」でも引き続き、喜びを噛み締めている。今ここにいること、それだけで。何が必要で、そうじゃないか。その「今の自分」を噛み締める。家の中に朝日が差してくる様な、そんなテンポのいいベースとドラムが、伸びのいいヴォーカルと相性抜群。魂だけ、身体を飛び出してしまった様にも思える。

「Burning」では、新たな気付きに恵まれる。「これは愛なんだ、私は生きている!私は燃えている!」こう叫ぶ姿から、彼女の意識が今度は内から外へ向かっていることがわかる。自分を愛さないと人を愛せない、とは良く言うけれど、ここでは自分を解放したからこそ愛せる人もいるんだと言われている様だ。明るいパーカッションが血を躍らせて、コーラスが頬を濡らす。

「Back In My Body」は、ここまでの旅を経て、今なら分かる自分の居場所について歌われる。それは物理的な場所なんかじゃなくて、「自分自身の身体」が自分の居場所だと、戦いながらも宣言する。一気にスターになった彼女が、様々な変化と共に世界中を駆け巡った後だからこそ辿り着いた答えではないだろうか。どの曲よりも一番壮大で、この曲を聴いて何回泣かされたかは数知れない。

最初に、手紙の様なアルバムだとこれを形容したけれど、それは誰に宛ててか。聴く人かも知れないし、特定の誰かかも知れない。「過去の人生で聞いたこと("Heard It In A Past Life")」を、伝えようとしている。個人的には、これは彼女が彼女自身に宛てた手紙だと思っている。思い出に寄り添った曲たちを、僕ら聴き手は覗き見させてもらってるんだと思う。

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