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『The Man Behind The Music vol.1』

音楽誌Jazz Japanで昨年短期間連載をしていた事があるのですが、我ながらなかなか気に入った内容のものだったので新たに少しアレンジを加えてUPしていこうかなと思います。

ふと自分が影響を受けて来た音楽家を思い浮かべると『表立って目立ちはしないが、その音楽性が目立ちすぎているアレンジャー、プロデューサー、レーベルオーナー』が多い事に気がつきました。この連載ではそんな『The Man Behind The Music』にふさわしい仕事人を扱っていきたいと思います。

とても影響を受けた人物

第1回目はこの人をご紹介します。Claus Ogerman。間違いなく僕はこの人にとても影響を受けています。初めて知ったのは音楽の勉強をしている大学生の頃。正確には、当時よく聞いていたAntonio Carlos Jobimのアルバム『Terra Brasilis』で自然と彼の仕事を耳にしていました。

僕は毎晩の様にクラブで遊び呆けてはいたものの、作曲が専攻だったという事もありクラシックから現代音楽まで様々な音楽を日々聞いていました。とにかくなんでも吸収していた時期でしたが『Terra Brasilis』を初めて耳にした時の衝撃は大きかったです。Jazzでもポップスでもなく、バックでは大編成のオーケストラがまるでフランス印象派の様な演奏をしている。ジョビンの作り出す複雑なのにポップで耳に残るメロディとそれに対するオーケストラの旋律の共存具合に僕はどんどん惹かれていきました。そしてこのアルバムでBossa Novaというジャンルを知った僕が次に手を出したアルバムが Joao Gilbertoの『Amoroso』でした。

未体験な響きに体が反応

1曲目の” ’S Wonderful”を再生してすぐに『!!』となりました。イントロでフワーッとした和音が2つ鳴るのですが、もうその時点で他の音楽と明らかに違う。この和音の響きは絶対あのジョビンのアルバムと同じだ!歌のバックでこんなにフルートを対旋律の様に組み込んでくるのは絶対同じアレンジャーのはず!っていうかバックのアレンジの方が目立ってるし!などなど色々と僕は思ったわけです。なにせその当時『Terra Brasilis』しかブラジル音楽を持っていなかった上にハマりにハマっていたのでそればかりを何百回と聞いてたのでその独特な未体験な響きに体が反応してしまう様になっていたのです。心が荒み始めるとこの『Amoroso』に収録されている"Estate"を今でも聞いて初心を思い出すようにしてます(笑)。

そんなこんなを経て初めてクラウス・オガーマンという僕にとっては偉大すぎる人物の存在を知るのです。そこからというもの僕はすっかりオガーマンの虜。あの手この手で調べてはCDやレコードを買いました。今の時代とは異なり20年ちょっと前に、言ってみたらマニアックな人物の、調べものをするのはなかなか大変ではありました。学生でお金もないのでお店で視聴できない作品を買うのはかなりギャンブルでもありました。ちなみに今でもオガーマンの情報はそんなに沢山の出てくるわけではないので細かく調べるのはなかなか困難です。アメリカにオガーマンフリークの人がいてなぜかその人が当時のジョビンのレコーディングで使われた実際のオーケストラ譜面をアップしていました。なのでそれをスクショしてアレンジ研究をしたりしました(笑)

名盤の数々

クラウス・オガーマンは60年代前半から様々な作品に参加していますがやはりジョビン作品での仕事は際立って素晴らしいです。ジョビンとの共同プロデュースによる『Urubu』は収録曲の半分がインストになっていますがそこでの2人の本気度合いが凄いです。そこではもはやBossa Novaはゼロですが、ジャンルなんていうちっぽけな枠組みには落とし込めない2人の音楽性が遺憾無く発揮されている歴史的名盤だと思います。


実はオガーマンは自身のアルバムというのをそこまで沢山残していません。アレンジャー、プロデューサーとして参加しているものがとても多いです。ただそのアレンジがもはや作曲の域に達している様な曲もありますが。どの音楽家にも言えることですがオガーマンもそれぞれの時代によって音楽スタイルが変わります。正直、60年代前半の仕事ではそこまで際立って他のアレンジャーより突出した何かを発見する事は多くありません。個人的な見解としては60年代中期の『Bill Evans With Symphony Orchestra / Bill Evans Trio』や後期の『WAVE / Antonio Carlos Jobim』『Sings Bacharac And David / Connie Francis』辺りで”これぞオガーマン”というスタイルが確立されてきた気がしています。

シナトラとジョビンの共演アルバムでの仕事も忘れてはいけないですね。この2人が共演している映像があるのですが、とりあえずカッコ良すぎです。50秒頃シナトラがジョビンを紹介するのですがその直後シナトラがタバコを吸っちゃって煙がジョビンの方に!ってかシナトラ咳してない!?そしてずっと見てると何だかシナトラがレクター博士に見えてきます。

Bill Evansとは70年代に入り『Symbiosis』というアルバムを作ります。このアルバムを聞くまで僕のオガーマンのアレンジに対する印象は、どちらかというとストリングスが前面に出てくるものが多い、という感じでした。しかしここでは大編成の管楽器チームをこれでもかと言わんばかりに働かせています。それも相当難易度が高そうなアレンジを披露しています。

当時は1曲目をかけた瞬間に「はっ!?間違ったの買ったかも!」ってなりました。でも今では大好きなアルバムです。格好良すぎる音楽を披露してくれています。2曲目の延々続く管楽器のフレーズを楽譜にしたくて聞き込んで具合悪くなったなぁ。この『Symbiosis』ビル・エヴァンス名義のアルバムではありますが、この盤は天才ピアニストと天才アレンジャー・作曲家の共演アルバムだと僕は認識しています。楽曲もオガーマン作曲によるものです。ビル・エヴァンスとの共演作品は後にオガーマン名義での『Preludio & Chant, Elegia, Symphonic Dances』『Two Concertos』といった作品にも別のアレンジで登場します。こういったアルバムではより一層クラシカルで現代音楽的でもあるオガーマンの側面を聞く事が出来ます。オガーマンのオリジナル作品を聞くと彼がいかに彼自身の色をそれぞれのアーティストの作品で小出ししてきたかがわかり、僕の様なオガーマンフリークにとってはたまりません。

ずっと裏方として活躍してきたオガーマンですが70年代後期、80年代に入ると実際に共演として彼の名前が明記されたアルバム、Jan Akkermanとの『Aranjuez』・Michael Breckerとの『Cityscape』そしてThe CLAUS OGERMAN ORCHESTRA名義での『GATE of DREAMS』も制作されます。こういった流れになっていったのは、彼の携わってきた作品の影響力の大きさ、そして他アーティストの彼への尊敬の念からではないかと思います。ここら辺の作品で聞ける楽曲の構成力には脱帽です。


クラブミュージックでも

実はクラブミュージックでも彼のオーケストレーションがサンプリングされヒットした作品があります。Pépé Bradock"Deep Burnt”ではオガーマンがアレンジをしたFreddie Hubbard”Little Sunflower”のイントロが使われています。初めてPépé Bradockのヴァージョンを聞いた時はまだサンプリング元のオリジナルを知らなかったので、これはなかなか凄いアーティストが出てきたなとデビューしたての僕は勝手にライバル心を燃やしていました(笑)。後にオリジナルの情報を知ってホッとしたような、オガーマンフリークを自負しているにも関わらずその”Little Sunflower”を知らなくて悔しかったような。。


色褪せないサウンド

アメリカで音楽を勉強していた知人に聞いたところ、オガーマンの仕事ならギャラが少なくても絶対にやりたいというミュージシャンが沢山いたそうです。もちろん僕もギャラなんていらないから何か側で勉強させてもらいたいという事は山ほどあります。残念ながら2016年に亡くなってしまったのでその夢はもう叶う事はありません。

いつまでも色褪せないサウンドを作り上げたオガーマンの音楽史における功績はとても大きいでしょう。僕には大きすぎるほどの影響と音楽への情熱を与えてくれました。

最後に、この世に存在する数ある歌の中で多分僕が一番好きだと思う曲を。
Barbra Streisand『Classical Barbra』に収録されているオガーマン作曲の

"I Loved You"


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