ラジオの神様

それは突然の出来事でした。

朝方、録り溜めていたラジオを流しながら、僕はパソコンのキーボードを叩いていた。
パーソナリティの滑らかな喋り声。
3行打ってはバックスペース、頭をくしゃくしゃ、炭酸水を飲みながら、練り直し練り直す。
耳に入ってくるラジオの声は意識に届くか、届かないか。
そんな時、一瞬の静寂。
そしてくっきりとした輪郭でその歌声は僕の鼓膜を響かせた。

金属がぶつかり合う、その余韻に似た、かすれた声。
ハスキーなそれは、耳に届いた瞬間から潤いが溢れる。
独特の、それは魔法のような、声。
僕はこの声を知っている。

「あれ、あれれれ。あれれれれれ。」
そう言って僕は背筋を伸ばし、鼻筋にのったメガネをとる。
手の甲で両目を抑える。
頭の中を整理しようとするけれど、混乱で、その上興奮でうまく働かない。
答えを見つけようとする僕を越えて、激情が波のように押し寄せる。
椅子から立ち上がり、部屋の中をうろうろ。
そうだ、彼の声だ。
僕はやはりその声の主を知っていた。
時計を見ると4時20分だった。

声の主は辻村泰彦さん。
オーニソロジーというバンドのギターボーカル。
僕の店CafeBarDonnaでライブをしてくれたこともあるし、プライマルラジオに出演して歌ってくれたこともある。
年は僕の2つ下。
つまりは同世代。

彼の歌声は初めて聴いた時から好きだった。
ドライブのかかった声は、ざらつきながら遠くへ響く。
それはどこか淋しい。
その淋しさの中に官能的な余韻が残る。
文学的に言えば、それはまるで雨の降る窓の外を眺め、むせび泣く少女のよう。
壊れやすさ、あやうさの放つ色気。

そのラジオ番組は「菊地成孔の粋な夜電波」。
最もオモシロイ番組ベスト5の一つ。
ジャズミュージシャンで文筆家の菊地成孔さんによる圧倒的な仕事量が濃縮された音楽とトークの番組。
週に一度、僕はBGM代わりに流し、作業する。
なんと贅沢なBGM。
それは僕のライフスタイルの一部。
番組が始まった時からそのルーティンは変わらない。
そんな中、聴こえてきた辻村さんの声。

ラジオの神様というのは確かに存在する。
その時僕はそう信じることができた。
偶然、流れてきた歌声に、感激し、興奮冷めやらぬまま、まだ暗い家の前の通りを練り歩いた。
(クールダウンさせるには朝の散歩が何よりの薬であった。)
時間も考えず、僕はtwitterから辻村さんにメッセージを送った。

「粋な夜電波で流れました?声、声、声!」

数えるほどしか聴いた事のない辻村さんの歌声を、ラジオで聴き、僕の記憶は蘇った。
それが何よりの辻村さんの歌声の魅力を証明するものではないだろうか。
ラジオの神様に心から感謝します。
このような感動を味わわせてもらったことに。

辻村さんは菊地成孔さんと楽曲を作る予定です。
皆さんどうか、辻村泰彦さんの曲を聴いて下さい。
そして出来る事であれば、応援してください。
僕の番組に出演して下さった方が大きくなっていくことは僕にとっての歓びでもあります。

辻村さん、同世代の表現者として、これほどの刺激を頂いたことに心から感謝します。


というのが一年前のこと。


12月5日に『101』というアルバムをリリースしました。

辻村さん、おめでとう!

「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。