「幸せになろう」という呪いから逃れる1つの考え方

「あなたも幸せになれる」

「幸せは探しにいくものです」

これらに似たような言葉全て、僕は一種の呪いであり、宗教だと思っている。

「あなたは今幸せですか?」
よくある質問ですよね。
そこで、大抵はこう答える。
「いいえ、私は今幸せではありません。」と。

あたかも、自分で今の自分を振り返ったような言葉ですが、あえて聞きたいのです。

それは誰基準ですか?」と。

本当にあなた基準なのか」と。

こう言うのにも理由があります。
それは、大衆の幸せ=自分にとっても幸せだろうと言う思い込みをする人が多く、そしてあまりにも強すぎると思うのです。

大衆の幸せってきっと、恋人作って結婚して子供産んで家を買って〜みたいなのが一般的だと思うのですが、そもそも皆最初は体験したことないのに、それが、幸せかどうかなんて分からなくないですか?

皆それを「幸せ」と呼んでるけど、違うよ。
本当の正体は「多分幸せそう」なんだよ。

だけど、それを「幸せ」と勘違いしてしまうのも無理はない。
TVをつければ幸せそうな二人が結婚式挙げているCMが流れるし、たまたま大衆の幸せ=自分の幸せだった人達が「結婚はいいよ」「子供はいいよ」なんて言うんだから、勘違いも仕方ないんだよ。

でも、もう一度言うけど、体験したことのないことに対して「幸せ」と思う本当の正体は「多分幸せそう」なんだよ。

これはね、もう呪いや宗教の域に達していると僕は思う。
そして、それから逃れる1つの考え方は「自分にとってはどうなのか」って考えること。

「自分にとってそれは幸せなんだろうか」と。
いちいちめんどくさいけど、これしかない。
だけど、このような努力は怠っちゃいけない。
じゃないと、すぐ「幸せそう」に呑まれちゃう。

そして、これをすることによって、身につくものがもう1つあります。
それは、「他人の軸で判断しなくなる」と言うものです。

結局、大衆って他人なんですよ。
その大衆の幸せに呑まれてるということは、やっぱり他人に呑まれてると同義語なんですよね。

そんな他人の時間や幸せに縛られている時間はない。


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Ryoto kubo

自分コラム「あなたの先であなたが待っている」を連載しています。 何度か社会に出て頑張ってみるもののどうも合わないと感じ、自分の力で生きていくことを決意しました。 過去シンガーソングライターをしていたのもあり、言葉が好きになり勝手に連載を始めてみたので、読んでみてください。

[コラム]あなたの先であなたが待っている

「自分らしく生きていく」をテーマに更新。 僕が必死で歩いた「自分らしさ」の先に待っていたのは紛れもない僕らしさだった。 あなたらしく生きていくヒントや考え方を発信していきます。
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