「桶狭間へ行ってきた」という人にお聞きしたいのは、
「どこへ行ったの？」である。
返事は「だから桶狭間って言ってるじゃん」だが「桶狭間」には3説ある。（こういう質問をすると「知ったかぶり」「面倒くさい歴女」と言われるので、他の方にはおすすめ出来ない。）

①豊明市の屋形狭間（国指定・桶狭間古戦場伝承地）：迂回奇襲説
②豊明市の田楽狭間：別働隊迂回説
③名古屋市の桶狭間（桶狭間古戦場公園）：正面攻撃説

の何れかが今川義元が本陣を置いた場所、あるいは、今川義元が討たれた場所の「桶狭間」だと考えられている。

　現在の「桶狭間の戦い」研究が不幸なのは、歴史学者にしろ、郷土史家にしろ、太田牛一『信長公記』だけを信じていることである。「不幸」は、『信長公記』が史書に近い本だと信じられてしまったことに始まった。『信長公記』の「桶狭間の戦い」に関する記述は嘘だらけである。最初から・・・。

　──五月十七日、今川義元、沓懸に参陣

嘘である。他の史料には、5月17日に知立に着いたとある。『伊束法師物語』にあるように、今川義元のかなり前方に先発隊がいる。17日に沓掛城に着いたのは先発隊である。
先発隊は、今川義元が来る前に何をしていたか？

　──丸根、鷲津、中島、善照寺、丹下砦攻略戦の陣の建設工事

今川義元が5月19日にやりたかったのは、午前に丸根・鷲津砦攻略、午後に中島・善照寺・丹下砦攻略である。（そして、5月20日に清洲城攻略。）

『伊束法師物語』には、今川義元が軍隊を16段（「段」は「団」だというから、「16段」は「16箇所」ということ）に分け、馬に乗って駆け回り、位置を指示している時に、丸根砦を見て、丸根砦が落ちたことを知ったとあるので、陣の設営は、当日の朝だったとも考えられるが、先発隊の中には、17日や18日に着いて、陣の設営をした部隊もあろう。（瀬名氏俊は、5月17日に桶狭間に着いたという。瀬名隊は、17日と18日の夜は、陣地周辺で野宿をしたのではないか？　19日は沓掛城からではなく、設営した陣から出陣したのであろう。そもそも沓掛城に数万人も入れない。『伊束法師物語』では、「義元卿、桶狭間の陣所を未明に打ち出し給ひ」と今川義元も沓掛城ではなく、桶狭間にいたとする。）

　──丸根砦を落とした松平隊はどこから来たのか？
　──鷲津砦を落とした朝比奈隊はどこから来たのか？

まさか、10km以上も先の沓掛城から夜道を歩いてきたとでも？
『信長公記』には、「松平元康が夜に大高城に兵粮を入れて泊り、翌朝、丸根砦と鷲津砦を落とした」とあるが、ナイナイ。松平元康の兵粮入れは、今川義元感状から永禄2年（「桶狭間の戦い」の1年前。大久保忠教『三河物語』では永禄元年）であることが分かっている。100歩譲って今回も松平隊が兵粮を入れたとして、各700人が篭もる2つの砦を2500～3000人の松平隊が朝の内に2つとも落としちゃえる？（たいした戦いもせず、織田軍が逃げ出したのなら可能であろうが。）
　そもそも、なぜ太田牛一は、「兵粮を入れてから邪魔な砦を落とした」と見え透いた嘘を書いたのだろうか。そんな作戦は聞いたことがない。史実は、他の史料にあるように「邪魔な砦を落とし、安全を確保してから兵粮を入れた」である。他の史料と異なることを書けば、嘘だと分かるのに、なぜ太田牛一は嘘を書いたのか？　書かざるを得なかったのか？　それが分かれば、「桶狭間の戦い」の謎も自ずと解けるのである。

今川義元の敗因は、45000人を分散しすぎたからではないか？
たとえば、「②豊明市の田楽狭間：別働隊迂回説」はありえない。
なぜなら、沓掛城と鳴海城を結ぶ迂回路（鎌倉街道）沿いに今川軍がずら～っと並んでいたことが他の史料に載っているからだ。（「織田信長が鎌倉街道を通って襲ってきた場合を考えての配備」というが、本来は「午後に中島・善照寺・丹下砦を鳴海城の城兵とで挟み撃ちにするための配備」であろう。）この鎌倉街道の兵のように、実際には戦わなかった兵がたくさんいた＝兵数45000人というが、実際に織田軍と交戦したのは5000人くらい＝45000対3000であっても、実際の戦いは5000対2000というのが敗因と思われる。（『信長公記』には、鎌倉街道に今川軍がいたとは書かれていないので、『信長公記』だけを信じれば、「②豊明市の田楽狭間：別働隊迂回説」もありである。）
　そうそう、鎌倉街道と言えば、熱田で上道と下道に分かれる。『信長公記』には「下の道は近いが水没してるので通れないから上の道にした」と嘘が書かれている。水没する場所に主要街道を作る？　織田信長が上の道を選んだのは、下の道には街道沿いに今川軍の城砦があるから避けたのだ。

※城田涼子の桶狭間巡り旅（全5回）
https://note.mu/ryouko/n/n6f112886c0e8