小説 タバコ①

口元が寂しいってのは建前さ。昔、親父が酔っ払って言っていた言葉に今更共感した。
一体俺たちが何をしたっていうんだ。なんの文句があるっていうんだ。副流煙?それを言われると耳がいたい。
大空にゆっくりと昇っていく気球を眺めながら、ウィンストンのオプションレッドに火を付ける。メンソールの鼻に突き抜けるような風味は、閉め切った心を無理やりこじ開けてしまう。
だから余計、否定に敏感になる。

「うわあ、タバコ吸うの?」
「悪いこと言わないからやめなよ」
悪いこと言ってんじゃねえかよ。俺にとって。 大体吸ったこともないやつにいいも悪いも分かんのかよ。タバコは悪いっていうけどさ、それじゃあ酒は?君たちがゲラゲラと下品な声でバカバカと飲んで吐いて各方面にメイワクをかけているその元凶は?たしなめるための条件は同じはずなのに、何故一方だけがこんなにも断罪されるのか。わからない。
俺の地元は北海道のど田舎で、気球が有名な町だ。毎年規模のでかい祭が三日間に渡り行われ、人口の倍近くの人がこの町に集まる。
今日は祭の中日、俺は父親のツテで気球の体験搭乗のバイトをしている。大学の夏休みで帰省してきたのをいいことに、グータラと引きこもり生活をして早一週間、見かねた父に外の灼熱へと引っ張り出されたってところだ。 家で腐ってるよりはいいと思うことにした。

「はーい休憩終わり!ほらほらはやく抑えにいったあ!」
うまいかわし方を考えていたけど、その時間は無駄になったようだ。慌てて火を消して、気球の元へ走る。
気球の体験搭乗は本物の気球を使う。しかし、物語で見るような、自由で安らかなものではない。当然といえば当然の話だが、浮いていく気球のバケットにはロープが括りつけられていて、それらは地上にあるトラック三台に繋がっている。ある程度まで上昇したのち、上空で数分の間停止、その後はゆっくりと落ちていくだけだ。それでも、人がアリくらいのサイズ感で目視できるくらいまで高く浮かぶので、結構怖い。 高所恐怖症にはオススメをしない。ほんとうに。
俺たちバイトの役割は降りてきた気球の重りだ。こうでもしないと、気球内部に残った浮力によって気球が降りて来られないなんてことが起こってしまうからだ。
なので、乗る方と降りる方は交互に一人ずつ、交換のような形で乗り降りしてもらう。バイト全六名程の全体重、プラス定員七名のバケットをお客さんで埋めても油断すると浮かんでしまうため、バイト一人一人は割と重要だ。
昇っていく気球に手を振りながら、先の指摘に答えてみる。
「やめないととは思ってるんだけどねえ」
自分が探した回答の中でもっとも情けない答えを放ってしまう。煙を吸い始めてから、思ってもないことを平気で言えるようになった。
「依存症じゃん! 怖!」
「絶対ダメじゃん」
小さな町だから、もちろん保育所時代からの幼馴染も沢山いる。この町に帰ってきて、友人の前でタバコを吸うのは初めてだったから覚悟はしていたが、こうも徹底的に言われるとさすがにムッとする。
しかし、彼ら彼女らの意見に真っ向から対抗するほどの気力も湧かない。
ははは、と乾いた笑いを出して、ひたすらにその場を乗り切った。
この乾いた笑いでこの世の全てを乗り越えられたらいいのに。
俺がタバコに固執するのは、別にカッコつけだけじゃない。
それだけはわかってほしい。
降りてくる気球を両腕で受け入れて、しっかりと掴んで、体を乗せる。
バーナーがゴウゴウと立派な火柱を立て、気球は空へ出発していく。
見上げながら、伝わるはずもない思いを胸の中で反芻させた。

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