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『青空に雨』第2話

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第2話「長谷川愛はせがわあい

「あれ、星田君。やっぱり一人なんだ」

 金曜日の放課後、昇降口で靴を履き替えていたら横から女子の声がした。長谷川さんだ。

「……長谷川さんも一人なの?」
「今日は渚沙が委員会でね、私は習い事があるから先帰るの。星田君、お家どっち?」
「駅の向こう側」
「私、駅から電車。駅まで一緒に帰らない?」
「……いいけど」

 なんだか謎の流れだけど、女子と二人で下校するなんて初めての事だから、何を話していいのか分からない。かと言って明確に断ることもできない。僕よりもだいぶ低いところにある頭が、ちろちろと何かを言いたげに振り向く度に、肩の所で切りそろえられた黒い髪が、ゆらゆらと視界の隅で揺れた。

「星田君、……その。渚沙と仲いいじゃない? 中学一緒だったんでしょ」
「確かに中学は一緒だけど、小川が勝手にいじってくるだけで、別に特別仲いいとは思ってないけどな」
「え? そうなの?」

 ばっとこちらを見上げた顔の、その目の大きさたるや。ちょっとびっくりした。何か変な事言ってしまっただろうか。

「なんでそんなこと確認するの。同じ中学出身なんて、この高校だとまぁまぁ多いよ」
「星田君、いつも落ち着いて一人でいる事が多いのに、渚沙とは良くしゃべるから、てっきり仲がいいのかと思ってて。渚沙の事好きなのかな、とか思っちゃってた」
「は? 好きとかないし!」

 咄嗟のことで、ここにいない小川にも失礼な対応になっちゃったかもだけど、ありえない誤解を与えていた事を知って思い切り否定してしまった。

「あ、ごめん。ならいいんだけど」

 ダレモカレモ。何が『ならいい』のか。

「お詫びに、もし気になってる子がいたら、私で力になれそうなら協力するよ」

 お詫び? 意味がよくわからない。

「僕は特にそういう人いないからいいよ。それより、僕の知る限りでも長谷川さんの事好きな男子が結構いるみたいだから、僕とあまり関わらない方がいいんじゃない。誤解とか困るでしょ」

 長谷川さんが僕に感じた小川との誤解みたいなものを、他の男子が感じてしまっても、僕が面倒くさい。

「それは別にいいんだけど」

 それは別にいいのかよ!

「実は星田君に聞きたいことがあって」

 長谷川さんは何か言いづらそうな表情でこちらを見たり俯いたりしている。

「なに、聞きたい事って」
「中学生の時の渚沙の事とか、どんな子と仲良くしてたとか? 何が好きとか! ……あっほら、来月誕生日って聞いたから!」
「そんなの本人に聞けばいいのに」
「えー、何が欲しいかとか聞けないよー!」
「うーん、残念ながら僕もご期待に添えるほどは知らないかな。クラスも二年生の時に一緒だっただけだし。それに来月誕生日なんていうのも今初めて知った。ごめん、せっかく聞いてくれたのに」
「そうなんだぁ……」

 そんなにガッカリして。友達の事って、そんなに知りたくなるようなものなのだろうか。女子って不思議な思考を持っているんだな。

「えっと、こんな事いきなり聞くのも失礼かもだけど……」
「なに」
「星田君は好きな女子はいないって言ってたけど、好きな……男子はいないの?」

 男子? それはどういう意味で? 改めて、少し考えてしまう。

「友達はいるけど、好きな男子はいないかな」

 淡々と答える僕を、拍子抜けしたような顔で見返している。聞いてきたのはそっちなのに。

「変な事聞くなとか、言わないんだね」
「変な事って思うなら、最初から聞かなきゃいいのに」

 僕が小さく反論したら、長谷川さんはそうだよね、ごめんとつぶやいた。ふざけていたわけではなさそうだけど。

「じゃぁ星田君は好きな人いないんだ。今までずっと? 女子も男子も?」
「……たぶん。長谷川さんはいるの? そういう人」
「うーん……うん。いるよ」
「……そっか。もしかしたら、僕にはそういう感情が抜け落ちてるんじゃないかって、最近思いはじめてきたところ」

 昨日の夜自覚したことを、冗談交じりに打ち明けてみる。言葉にしたそばから、少しばかり心が軽くなっていくような気がした。そう言えてしまう人に初めて会ったと言った長谷川さんは、彼女もまた何かに吹っ切れたように笑った。

「私、星田君とならいい友達になれそうな気がする。また相談に乗ってよ」
「今の、相談だったの」
「そうだよ! ずっと聞きたかった事なんだから。だからまた話聞いてください!」

 今の会話の中で、ずっと聞きたかった事とは……? そんな話題あったかな。

「別にいいけど、僕、スキとかコイとか分かんないよ」
「だからだよ。星田君の意見が聞きたいだけだから。誰も彼も必ず誰かを好きにならなきゃいけないわけじゃないし、当り前なんてないじゃん?」
「……そうだね」

 スッキリした長谷川さんの表情につられて、僕も軽く笑顔になった。今日も大きな空は、青いセロハンを貼り付けたような色で眩しい光を送り出している。そっか。どうやら僕は、僕のままでも誰かの役に立てるらしい。少しだけ嬉しい気持ちになった。

第2話「長谷川愛」2011文字/完

第3話「尾上陽太」へ続く(現在執筆中)

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