「ただ、走る」そこに楽しさがある

今日、僕は、走った。

4月に駅伝部を退部してから早7ヶ月がたった。ようやく、退部以来初めて走った。

退部してからというもの、環境や生活の変化など数多くの変化が重なって、その変化に適応することで手一杯ならぬ、足一杯になってしまい、走ることに手が回らないならぬ、足が回らなかった。(ちょっとくどい)

そのため、ランニングウェアを着て、ランニングシューズを履いて、「さぁ、走るぞ」という身体と心の準備をしての“走る”はなかった。あるとすれば、電車に乗り遅れるときや講義に間に合わないときに、時間に追われて走るくらいだった。いつもなんとか間に合わせる。こういうときに、「あの頃走ってて良かった」って思うのが元陸上部あるある。

そんな変化にも慣れてきて、ある程度余裕が生まれたことに加えて、最近、冷え込んできたことも、走ろうと思った動機の一つ。

2、3日前から急に、特に、朝夕の冷え込みが際立ってきた。いよいよ冬が本気を出してきた。そんな冬の寒さを、服の重ね着や、布団にくるまることで防いでいたのだけれど、外部からの攻撃に対して、どれだけあらゆる手を使って身体のまわりを覆っても、それは所詮、その場しのぎに過ぎなくて、やっぱり自分の内側の芯の部分から熱を起こさないとダメだと思い立った。だから走った。
冬の寒さに対して、防戦一方じゃダメだ。こっちから迎え撃たないと冬は乗り越えられないと思ったわけ。まさに「攻撃は最大の防御」ってやつ。
そんなこんなで、こたつから出て、重い腰を上げ、服を着替え、靴紐を結び、入念に準備体操をした後に、僕は走り始めた。

走ってみると、これが最高に気持ちいい。

白い息を吐きながら、冷たい風を切り、額から汗を流すこの感じ。久しぶりの感覚だった。初めて走ったときの、あの、純粋に、「ただ、走る」ことを楽しんでいた頃がフツフツと蘇ってきた。

思えば、駅伝部として走り始めてからというもの、いつからか、「ただ、走る」ことへの楽しさよりも記録を出す・ライバルに勝つことへの楽しさが上回っていた。本格的に始めていけば、当然、競争意識は高まる。そこまでならまだ良かった。

しかし、その逆転は、走れば走るほど、ますます大きな差へと広がっていった。

やがて、僕の中から「ただ、走る」ことへの楽しさが完全に消え、目に見えるタイムや順位といった数字を追うことに夢中になっていた。数字は目に見える。良い結果を出せば、評価される。これは嬉しい。しかし、それだけに固執してしまうのは、大きなリスクを伴う。「良い結果を出せば評価される」ということは、その反面、「悪い結果を出せば、評価されない」ということだ。

陸上競技は個人競技で、パフォーマンスの結果に対して、周りが与えた影響はチーム競技に比べて小さい。だからこそ、なおさら付いて回る結果は、そのまま直に選手に突きつけられる。数字からは逃れられないのだ。

このときに、「ただ、走る」ことに楽しさや喜びを感じられていたら、評価はその先にあるものなので、走ることに対して、たとえ結果が伴わなくても、それほどまでには追い込まれない。

これは、なにも「結果なんて気にせず、伸び伸びやればいいじゃん」と結果を軽視しているわけではない。
ただ、結果に一喜一憂することに全てを捧げてしまうと、結果が出なくなると、しんどくなってしまう。それはやがて、走ることそのものがしんどくなることへと繋がる。

だからこそ、「ただ、走る」ということへの楽しさを、忘れずに持ち続けなければならない。好きで始めたものを嫌いになってやめてしまうことほど、不幸なことはないと、ぼくは思う。

だから僕は、一度離れてしまったとはいえ、またこうして、「ただ、走る」ことへの楽しさを噛みしめるならぬ、踏みしめることができたのは、本当に幸せなことだと思う。(「走ってて、何が楽しいの?」と思う人が大半だということは重々承知の上です)

そんなことを考えながら走っていると、20分が経過していた。

「最初だし、程々にしておこう」と思い、折り返した。折り返してしばらくすると、急に脚が重くなり、キツくなってきた。「40分間くらいならイケるだろう」と踏んでいたが、どうやら自分の体力を過信していたようだ。今の僕には、せいぜい30分が限界だった。仕方なく、走る脚を止め、歩き始めた。

走ったことでかいた汗は、歩き始めた途端、一気に引いた。陽も暮れて、辺りは暗くなり、さらに冷え込んでいる。汗が引いてぐっと体温が下がった身体に、冷たい風が肌を突き刺してくる。死ぬほど寒い。いや、もう死ぬ。でもまだ着かない。

20分くらい歩いて、ようやく家にたどり着いた。それからというもの、鼻をすすれば「ジュル、ジュル」と音を立て、鳴り止まない。

自分の能力を見誤ることほど恐いものはないなと痛感した。
自分のペースで、また、走り始めようと思う。

明日は、起きたらきっと筋肉痛だ。これは喜ばしいことで、筋肉痛は、努力の賜物だ。

一体、どれほどの筋肉痛が、明日の僕には待っているのかな?

どきどき、わくわく。どきどき、わくわく。

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原田遼太郎

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