30代のお酒の嗜み、バー文化とそこにある音楽。(3)

話は変わって、ひとつ触れておきたいのは、女性のバーテンダーの存在。MODは、のちに銀座6丁目に姉妹店を出し、そこには神谷さんと、もうひとり女性のバーテンダーがいらっしゃるのが常だった。この、女性のバーテンダー、以外とオーセンティックなバーに少ないと思うのだが、どうだろうか。老舗のバーに行くと、初老のバーテンダーがひとりでカウンター越しにお客様を待っているということが大半だったので、有名な女性バーテンダーも、もちろんいらっしゃるのだろうけれど、自分にとっての女性のバーテンダー体験は、この銀座6丁目MODが本格的には初めてということになると思う。
6丁目MODのオープン時間直後に、会社帰りにとか、よく飲みに行ったものだが、その時いつも相手してくれたのが、吉川さんという女性だった。他のお客さんが、まだ少ないということもあり、彼女と色々たくさんの話をしたことが印象に残っている。まだ、彼女は若かったと思うのだが、人生のアドバイスといったら大げさだが、困っていること、その時疑問に思っていることを、かなり親身に相談に乗ってくれていたように思う。あと、女性だけれど、それを「売り」にしていないところがとても好印象だった。とてもチャーミングで魅力的な女性だったのだが、そういう女性ということである前に、お店を任されているバーテンダーという意識が、プロ意識みたいなものが、きちんと働いていたのかもしれないと思う。そういう意味では、かなり優秀なバーテンダーだと思う。でも、バーテンダーというプロ意識の中にも、女性としての話し相手としての彼女も確かに存在していて、笑いあったり、少しくだけた話題で盛り上がったり、当時付き合っていた彼女とは違う、また、バーテンダー然とした女性とも違う、ひとりの女性という感じで接してくれたのが、とてもよかった。楽しいお酒だったし、いつも吉川さんと話して飲んでいると、とてもくつろげた気がする。店長の神谷さんの存在もとても大きなものだが、そのもうひとりのバーテンダーが女性というバースタイルも、お店づくりとしては、とても魅力的なものだなと、今、振り返って、改めて感じている。
6丁目MODでは、常連客の中に同業者がいらっしゃった。水商売というくくりで本当にいい言い方かは分からないけれど、クラブのママをやっている方がおふたりいらっしゃった。それまで、自分には、どこかそういう職業に偏見があった。簡単な言い方をすると、女性バーテンダーの吉川さんの話ではないが、女性を「売り」にしているという思い込みが多分にあったように思う。あるいは、男女間の恋愛を装った「好き」を提供する職業なのではないかという偏見。これが、実際にふたりのママさんと6丁目MODで横並びになって飲まさせて頂いているうちに、大きな見当違いということが分かった。ふたりとも、媚びた感じも一切しないし、芯があるというか、当たり前だが、誰にも恥ずかしくない仕事をしているという感じが、それを主張して生きているわけではなく、自然とお酒の嗜み方、おしゃべりの仕方、話題などで(これは、お仕事の得意分野なのだろうけれど)伝わってきたことを思い出す。もっと簡単にいえば、仕事前の自分のためのお酒、あるいは仕事おわりの自分のお酒では、プロ意識から解放されて、ごく普通のひとりの女性として楽しまれている感じがした。その佇まい雰囲気では、着物を着ているから、とクラブの世界の方と想像は少し出来るが、言われなければ、水商売の世界を全く感じさせない方たちだった。クラブの世界もママの人柄も、それはその数だけ千差万別なのだろうけれど、自分の出会ったママたちは、至極真っ当な、健全な仕事、生活をされている人たちだった。
そのうちのおひとりの、山桜桃というクラブのママのお店には、6丁目MODの常連さんに連れて行ってもらって、クラブ体験などもさせてもらった。着物をピシッと着こなしているママのお店は、当たり前だが、いかがわしい雰囲気はなく、華美でもなく、どちらかというとシンプルな大人のサロン風なお店づくりになっていた。いちばん驚いたのは、有名な漫画家が数十人で書いた壁一面のイラスト入り寄せ書き。改装前か移転前に書いてもらったものなのかは忘れてしまったが、その作品が、ただ作品価値として高価で貴重ということではなく、山桜桃が、そして山桜桃のママが、そういう素敵な人たちに愛されているという事実の証なのだということ。つまり、それはクラブであっても別の水商売であってもそうなのだろうけれど、真っ当な仕事をしていれば、仕事の喜びというか、とても大きな充実感が、サラリーマンとは別の道だったかもしれないが、あるということだと思う。それもサラリーマンの居酒屋飲みの世界、仕事上の出世競争の高速道路に乗って、突っ走っていたら分からない世界だった。バーで、特に銀座で飲むということは、ここに書いてきた通り一貫して「大人」のお酒の嗜み方の勉強になるという思いがしてならない。それは、人によっては六本木だったり、赤坂だったり、四谷荒木町だったりするのかもしれないが、やはり自分にとっては「銀座」なのである。銀座でお酒を嗜むための先生が、バーテンダーでも、横並びのお客さんにも沢山いたということを改めて感じている。そういう意味では、何度かここで名前を挙げてきた、神谷さんについて触れておきたい。

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