フェイクであってもファクトであっても。

気になっているアイドルのツイッターを楽しみに見ている日々が最近続いている。ツイッターの使い方になるのだろうか、自分は今SNSはロム専なのだけれど、そのアイドルたちの個性や性格が表れる投稿は、公式サイトでは補えない魅力が伝わってくる。

その中で気になることがあって、たぶんその人が本当に、自分の意志やタイミングで書いていないと思える時がある。これはアイドルビジネスを担う運営などの企画、立案、情報統制もあるのだろう。無料の情報は、ビジネスの損失なので、オフショットとはいえ、ここまでは見せるけれど、ここからはライブで写真集で、特典会で、とその誘導する導線の役目が彼女達のSNSで、アイドル達のオフショットという体をした、プライベートの投稿のような、そうでないような、感じ方をする要因だと思う。

すごい天然ボケをするアイドルも好きでよく投稿を見ているのだけれど、それが、ただギャグを外したのか、何か運営の意図のものなのか、読んでいて、急に応援したくなる熱が冷める経験が最近多い。簡単にいうとしらけてしまうのだ。興ざめしてしまう自分がいる。

その彼女のファクトなのか、フェイクなのかが問題ではない。その人の本当の個性が、自分なりに好きになった理由の個性が、主観なのだろうけれど、SNSで、ああ、面白い、やっぱりこの子変わっていると、再確認して、こういう彼女が好きだったんだと納得、安心したい自分がどこかにいるのだろう。

いつもこちらの望み通りのツイートがあったらそれはそれで変だけれど、なんとなく、自分の主観の判断で申し訳ないのだけれど、最近は、少し応援しているアイドル達の投稿につまらなささえ感じてしまう。しつこいけれど、ファクトであっても、創作であってもいい。ああこの子やっぱりこういう子って自分は自分なりに楽しみたいのだろう。

これは、好きなアイドル達への要求でもリクエストでもなくて、ただ自分だったら、こう自分の良さを伝えて楽しんでもらうという視点が、心の中にあるということ。つまらないファクト、それも彼女達の事実であって、それはそれとして受け止めなければいけないが、アイドルをしている彼女達の個性が表れる投稿を、これからも楽しみにしているというお話。それがフェイクであっても、ファクトであっても。もちろんファクトが刺さったら、無上の喜びになるのだけれど。


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