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国連スペースデブリ低減ガイドラインから学ぶルールメイキング

スペースデブリ

ロケットの打上げをはじめ、衛星コンステレーション、宇宙建築、宇宙葬等、様々な宇宙ビジネスが展開されている中、厄介なのが宇宙空間を漂う大量の衛星の部品に関する問題、いわゆるスペースデブリ(宇宙ごみ)問題です。
スペースデブリは、地球上から観測できる10cm以上のもので約2万個、1mm以下のものも含めると推定で5兆8,000億個以上あると言われています。その速度は秒速7〜8kmで、回収も困難です。いくら小さいとはいえ、そのスピードからすれば衛星等に衝突した際の被害は計り知れません(衝突する衛星も高速で移動しています)。ちなみにライフル銃の弾丸初速がだいたい秒速800mくらいですから、これと比較すれば、その速度がいかに桁違いなのかがわかります。

何が問題か

宇宙条約には、「条約の当事国は、月その他の天体を含む宇宙空間の有害な汚染及び地球外物質の導入から生ずる地球の環境の悪化を避けるように月その他の天体を含む宇宙空間の研究及び探査を実施し、かつ、必要な場合には、このための適当な措置を執るものとする。」と規定されています。
要するに、「宇宙空間はきれいに使おう」ということですが、スペースデブリについては明言されているわけではありません。宇宙関連条約には、デブリの発生を禁止する明確な規定がないのです。
そこで登場するのが、関係機関が定めているガイドラインです。
世界で最も権威があるといわれているのが国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)の「スペースデブリ低減ガイドライン」ですが、その制定経緯をみるとかなりの紆余曲折があり、国連における日本の立ち位置も興味深いものがありました。今回は、国連スペースデブリ低減ガイドラインの作り方と題し、その制定経緯と関係性を整理します。
ちなみに、日本の宇宙活動法では、人工衛星等の打上げにあたってデブリ発生を抑止する対策を講じることが求められている点は注目です。

NASA標準

スペースデブリに関するルールとして、まず作られたのが、1996年にNASAが作った安全基準「NSS1740.14:Guidelines and Assessment Procedures for Limiting Orbital」でした。
しかし、起草者がサイエンティストであり要求文書ではないこともあり、実行面で疑義が持たれました(スペースデブリ 加藤明p165)。

NASDA標準

翌年の1997年、NASDAは、「スペースデブリ発生標準」を作りました。NASA標準とほぼ同じ技術的要求が規定されていますが、検証できない細かい点までは立ち入っていません。
NASDAは、スペースデブリ問題に対する取り組みを世界共通のものとするため、元JAXAの加藤明氏が中心となり、国連にスペースデブリの規制に関する委員会を立ち上げることを提案します。
しかし、スペースデブリに間する規制が進めば宇宙活動の自由さが損なわれるのではないかという懸念や、それにより生じる影響も予測できなかったこと、費用対効果の問題が指摘され、結局、国連での賛成は得られませんでした。なお、国内では「スペースデブリの規制は途上国が将来の権益確保のために主張しているものだ」という声すらあったようです(スペースデブリ 加藤明p255)。

IADCへ

国連が賛成しないとなれば、国連以外のところに持ち込むほかありません。そこで、スペースデブリの研究を推進するための機関である世界機関間スペースデブリ調整委員会(Inter-Agency Space Debris Coordination Committee:IADC)にガイドライン制定の提案をします。
ロシアからの反発があったようですが、アメリカの説得もありプロジェクト化されました。国連では反対していたアメリカが、IADCでは味方となったのです。
そして3年後の2002年、「IADCスペースデブリ低減ガイドライン」が制定されるに至りました。

再び国連へ

IADCスペースデブリ低減ガイドラインの目処が立った頃、アメリカは、欧州諸国と共に、ガイドラインを認めるように国連に提案しました。その際の提案国に日本は入っていないようです。国連は委員会を設置し、2007年6月の国連総会で「国連スペースデブリ低減ガイドライン」が採択されました。
ちなみにこれは条約ではなく、法的拘束力のないいわゆるソフトローというものになります。

スペースデブリ規制の流れ

実は、国連スペースデブリ低減ガイドライン制定の裏側で、並行して自主規制が作成されていました。例えば欧州では欧州行動規範が作成されています(しかし、このルールは死文化しているのではという疑問が呈されています)。
このような自主規制の流れを受け、国際標準化機構でもISOスペースデブリ低減要求が作成され、スペースデブリ低減のための活動が浸透してきています。日本の宇宙活動法にもスペースデブリ低減のための措置が規定されていることは冒頭に言及したとおりです。

ルールメイキングの難しさ

このように、スペースデブリをめぐるルールは、社会課題解決のために行動を起こした日本がいったん挫折を経験しながらも、IADCを通じ、徐々に関係者を巻き込みながら作り上げていったという歴史があります。
条約にせよ会社のルールにせよ、ルールメイキングの際には関係者間の調整が必要です。ルールは作った側がマウントを取れるわけですから、抵抗勢力も一定程度いるでしょう。
国連スペースデブリ低減ガイドラインが制定できたのは、
①日本が作成したルールがアメリカの基準と矛盾しないこと
②法的拘束力がないことを前提とし、各国の懸念を取り除いたこと
③IADCを通じて成果物としてガイドラインを作ったこと
④スペースデブリの低減、リスク回避という最終的に目指すべきビジョンは共通し利害が一致していたこと(国連で反対していたアメリカがIADCではロシアを説得しています)
という背景事情があったと分析できます。
①は対立構造を前提としなかったこと(A案とB案どちらが優れているか?という選択を求める形としなかったこと)、②は関係者の懸念の根本原因を除去したこと、③は一定数の国から事前にコンセンサス・協力が得られていたこと、④はビジョンは共通していたことと言い換えることができそうです。また、アメリカと欧州諸国が国連にガイドラインを持ち込んだ際、功績国であるはずの日本が提案国とされなかったことについては、ルールメイキングのためにはある種の「寛容性」も必要であるとでも言い換えることができるでしょうか。
よく組織においては「根回しが重要」と耳にしますが、事前調整とか内諾というようにざっくりと捉えるのではなく、目的達成のために必要なタスクを分解し、その中身を分析してみると良いのかもしれません。A案とB案どちらかに決めるということであれば別段の考慮が必要でしょうし、関係者の懸念も共通しているとは限りません。ただ、ビジョンの共通性はこれがなければそもそも組織は成り立ちませんから、ルールメイキングの前提として捉える必要があるのではないでしょうか。

おわりに

今後、小型ロケット、衛星の量産、衛星コンステレーション等などにより、軌道上により多くの「物」が存在していくことが想定されます。
ルールもさることながら、どのように衝突を防止するか、あるいは回収するかといった技術的側面にも注目です。

参考:
・JAXAホームページ スペースデブリ対策の研究
http://www.kenkai.jaxa.jp/research_fy27/mitou/mit-debris.html
・スペースデブリ 加藤明
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎ほか
・宇宙法ハンドブック 慶應義塾大学宇宙法センター
・スペースデブリ対策の取組について 内閣府宇宙開発戦略推進事務局
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-kiban/kiban-dai43/pdf/siryou1.pdf

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