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外野に惑わされない、Data Intelligenceの投資対効果の考え方

はじめに

Data Intelligenceプロジェクト(=データカタログ導入)というのは、「ROIが見えづらいプロジェクト」として有名です。なぜなら、普段発生している定型業務がないため業務コスト削減アプローチ(70%削減とか)で測れず、他方でマーケティングツールのように既存レベニュー施策のKPI寄与率(ROASとかARPU向上とか)で直接測ることも難しい。
実際に、多くの企業で「どうROIを図るかが分からない」と担当者の方々から声をいただきます。では、Data Intelligenceはなんのメリットもないプロジェクトなのか ー もちろん答えはNoでしょう。企業がデジタル(に加えて最近だとAI)に基づいた経営変革を成し遂げる上で、Data Intelligenceはなくてはならない存在です。しかし、経営変革の一部であるからこそ、近視眼的にみては価値を見定められません。

当記事では、企業経営の観点からData Intelligenceの投資対効果を考えます。担当者と経営の視点の橋渡しの一助になればと思います。※前提として、売上規模5,000億円以上のエンタープライズ組織を想定して書いていますが、基本的には個別事象であることも多く、全ての企業にはパターンが当てはまらないことをご理解いただけますと幸いです。

前提1: 経営が持つ時間感覚とは

企業経営の重要な考え方に、「機会損失を考える」があります。機会損失とは、営業や販売などの機会を逃すことで、本来得られるはずの利益を失うこと、つまり、儲けを逃すことです。 経営学の師として有名なドラッカーの「創造する経営者」では、以下が書かれています。

あらゆる企業が、隠れた機会をもち、あるいは弱みを機会に変えることができるということではない。しかし、機会をもたない企業は生き残ることができない。そして潜在的な機会の発見に努めない企業はその存在を運に任せることになる。

『創造する経営者』 by ピーター・F・ドラッカー

あらゆる投資の実行は、その投資によって将来的に得られる機会から判断されます。もっといえば、その投資をしなかった事による機会損失から判断される。 ドラッカーの文章は、「顕在化した問題に対応するのでは遅く、潜在的機会に投資せねば、競争に負ける。」と解読できます。今この瞬間に顧客を逃すことが競合への送客を意味するのは理解に容易く、ネットワーク効果など顧客が顧客を呼ぶ側面を考えると、見た目よりも経営への影響は大きいでしょう。財務で見れば、今期100億円の機会損失を生むことは、その100億円の再投資により生まれていたはずの別の機会損失や、その100億円のKGI達成を前提とする外部調達の喪失をも意味し、実質的には数字以上の損失を被る。稼げる機会がある時に、稼ぐ力を発揮できないことの損失というのは、顧客獲得でみても財務観点でも、複利的な影響があるのは明白です。

機会損失が、新たな機会損失を生む絵

前提2: DXの経営と現場

上述した機会損失を起こさないために、「全社横断でデータを活かせる機動的なケイパビリティ」をいち早く手に入れましょう ―これが経産省レポートで語られるDXの目指すところであり、未達成により12兆円の機会損失が懸念されています。日本の失われた30年、これは「デジタル革命、IT革命での敗北」と知られますが、「今顕在化している課題に対してデジタルやITを当てる」という近視眼、今までの延長線上でしか投資が行えなかったことが敗北の原因として挙げられています。「機会損失を逃さないよう、理想から逆算した戦略的投資」という経営観点での投資ができなかった。これが10年続き、20年続き、30年続き、そして今40年目が目の前に来ている。そういった状況だと思います。

経営観点での投資ができない背景として、日本の終身雇用が業務部署の現場発言権を生み出し、日本の複雑なITビジネス構造が八咫烏リーダーを不足させた状況があります。実際に大企業の経営陣(=CxO)と多くお話しすると、そうした経営変革への理解は進んではいますが、一方で、経営陣はテクノロジーと業務の両方に精通していることは稀で、業務出身の重鎮にNoを言えず、テクノロジー出身の重鎮にNoを言えず、結果的に、短期ではコンフリクトが必ず発生する経営観点・全社目線でのイニシアティブを推進できないという、そういった構造が蔓延っているように思います。多くは書籍など各所で語られているので、ここでは省略します。

経営・業務・テクノロジーの相関組織図

Data Intelligence as a Platform

データインテリジェンスの話に戻ります。ここまでで言いたかったのは2つ、「Data Intelligenceプロジェクトは、経営・全社目線のプロジェクトであり、投資対効果は経営上の機会損失によってのみ正統に評価できる」ということと、「Data Intelligenceプロジェクトは、互いにコンフリクトが起きる多様なステークホルダーを相手にしますが、何が本質的な効果かを見失わないことが重要」ということです。

データカタログというとGoogleのような検索ポータルのイメージが強く、「サイエンティストの業務時間が70%削減!」などとよく謳われます。これは間違ってはいないのですが、それだけ聞くと「サイエンティストなんて10人もいないのに、えらいちっぽけな業務コスト削減ですなぁ」と思う企業もあるでしょう。そもそも、メタデータ管理を行うための追加業務の発生やチェンジマネジメントを考えると、そこで採算は取れにくい。これは、旧来の業務IT的なROIの図り方です。そうではなくて、Data Intelligenceは「データ活用の機動力をあげ、経営上の重大な機会損失を起こさないための取り組み」である観点がより重要です。ここでいう機会損失額の期待値は、横断的なデータ活用によって将来的に生まれる市場競争力や利益のリスト(考え方の詳細は下述)に他なりません。

よく「上司からデータカタログの投資対効果は何か?と聞かれて回答に詰まってしまう」なんてことを担当者の方々から伺います。繰り返すようですが、その際に必ずしも顕在的な業務課題に紐づく短期的なROIの話に落とし込まなくても良いということを理解してください。DXに紐付く経営・全社目線のプロジェクトで短期的なROIは出ませんし、そこに拘るのは新たな部分最適を生むため本質的ではありません。あなたがData Intelligenceプロジェクトの担当者で、役員へのプロジェクト承認やツール導入の説得に画策する場合、短期ROIで語らずに、経営・全社目線の機会損失にヒットする投資である旨のコンセンサスが重要です。正しい経営者であれば、その類の投資意義は心得ているでしょうし、短期的なROIの議論は、むしろ藪蛇になる可能性があります。(注:もちろん、中期目線を踏まえた上で短期的なクイックウィンを定義することは重要です。詳細は後述。)

機会損失の図から遡って、データインテリジェンスが活躍している図

機会損失の具体例

機会損失の具体例を考えます。機会損失の総量を考えるには、そもそも「横断データ活用でどんな経営価値を生みたいのか」を考える必要があります。自社にDX戦略があれば、変革で注力するドメインと変革後に目指す価値(及びKPI)について合意形成があるはずです。DX戦略で描かれるドメインの中から特に、他部署で生成されたデータを自部署で利用するシチュエーションに想像がつくドメインと、それに紐付く期待価値をリストアップすることが、Data Intelligenceの効果試算にあたっては有効です。

自動車業界の横断データ活用に関するテーマ例

  • プロフィットセンター

    • パーソナライズドマーケティングの高度化

    • 店舗運営の高度化

    • 法人ソリューション・データビジネスの創出

    • 新事業の企画と立ち上げ

  • コストセンター

    • 調達の高度化

    • サプライチェーン計画の最適化

    • 物流の最適化

    • R&Dの加速

  • 本社機能

    • グローバル収益管理の高度化

    • サプライヤー管理の高度化

    • サステナビリティ施策への対応アジリティ向上

上記は唯のテーマ例ですが、実際の試算に際しては、企業の実情に合わせて一段階も二段階も詳細化し、そのドメインに紐づく既存の業務・分析システムと、主要KPIを合わせてリストアップします。例えば、パーソナライズドマーケティングであれば、既にDWH・BIが施策の意思決定に利用され、ターゲティング自動配信等の業務システムが稼働しているでしょう。Data Intelligenceによる横断データ実装の完成により意思決定や業務が高度化し、ARPUやROAS等のKPIに響くことが予想されます。このようにリストアップした変革の和(総計)が3年後に100億円の機会を生む想定の中では、Data Intelligenceがないことで更に1年、また1年と価値創出の時間軸が伸びる(または完全に失われる)場合、機会損失は甚大になります。

声に紛れて、本質を見失わない

事業部の声が強い日本企業の多くでは、ステークホルダーが多いプロジェクト=協力要請の難易度が高い、ことを意味します。Data Intelligenceは、メタデータ業務の実装をマイルストーンの1つとしますが、これは源泉データを生み出す源泉事業部からの業務協力が必要です(=データスチュワードシップ)。無意識的に2つの実行方法が頭に浮かぶと思います。1つ目は、源泉事業部がこのプロジェクトから何かしらメリットを受けるように持っていく方法。それが叶わない場合、2つ目としては、最終的に横断データ活用から価値創出を行う活用事業部の言質をとって強く主張し、源泉事業部に要請を促すという方法です。

協力要請の為に、源泉事業部のメリットと、活用事業部のメリットを考えることを避けられません。その際、Data Intelligenceの効果はあくまで活用事業部での中長期的な経営価値創出にあることを忘れないこと。これがDX部門に課された一番難しく一番重要な仕事になります。過程の中で、源泉事業部でのコストメリットを解くシチュエーションがあったとして、そこを究極的な効果と錯覚してしまうと、プロジェクトは途端に勢いを失います。よくある失敗に、源泉事業部の「そんなものは必要ない。業務価値をほとんど生まない。」という指摘を真に受け、本来のプロジェクトの効果自体を見失う状況があります。また、活用事業部側の短期的な業務価値が効果だと錯覚することもよくある失敗です。活用事業部から「今の分析業務で業務的には困っていない。間に合っている。」という指摘を真に受け、本来のプロジェクトの効果を見失う状況があります。繰り返すようですが、横断データ活用もといDXに紐づくData Intelligenceプロジェクトのゴールは、将来的な機会損失の回避といった経営価値にあり、これは全社最適をミッションに担う集団が自ら定義するものです。部分最適・現状維持の意見に惑わされないことが重要でしょう。

価値試算の実行

ここまでで、Data Intelligenceの効果は、活用事業部での中長期的な経営価値創出に依存すると説きました。では、あなたがDX部門の担当者である場合、どうやって中長期的な価値創出に関する合意形成(=経営戦略)の詳細を知ればいいのでしょうか。CDOと毎月ランチに行く仲であれば簡単ですが、そうした状況は稀有でしょう。以下に1つ具体的な例を記載し、部門としてどういった動き方がありうるか考えます。※プロジェクト体制や登場人物の前提は「失敗しないData Intelligenceプロジェクト体制の考え方」記事に習います。

Data Intelligenceに関わる組織構造の例

  • 経営陣

  • DX部門 <- あなたがいる位置

  • 活用事業部ドメイン

    • ドメインA

    • ドメインB

    • ドメインC(ABCDの内、DXによる価値創出の本気注力ドメイン)

    • ドメインD(ABCDの内、DXによる価値創出の中程度注力ドメイン)

  • 源泉事業部ドメイン

    • ドメイン1

    • ドメイン2(ドメインCが価値創出するために必要なデータを保持)

    • ドメイン3(ドメインC,Dが価値創出するために必要なデータを保持)

    • ドメイン4(ドメインDが価値創出するために必要なデータを保持)

上記例では、まずドメインC,Dの横断データ活用からの価値創出に関する合意形成を把握することが、価値試算を行うための重要なステップになります。あなたがDX部門にいる場合、まずは直上の経営陣にDXで注力するドメインの合意形成について聞き出すことを検討します。運よく直上の経営陣メンバーと信頼関係があれば、ざっくばらんに伺えるでしょう。もし信頼関係がない場合、会社で重要そうな事業(=ドメインC,Dにあたりそうな部署)の信頼できる部課長から状況を聞き出し、そこから構築した仮説をもとに直上の経営陣からDXの合意形成について聞き出せるよう努めます。(繰り返しますが、ドメインC,Dの部課長がこの合意形成について知らない=経営陣だけ知っている可能性や、誤って源泉事業部に耳を傾けるミスに注意してください。)

そうして合意形成を把握できれば、機会損失について定量的な当たりをつけることができ、逆算してData Intelligenceの価値について見積もることが可能になります。Data Intelligenceに抱いていた感覚的な価値認識が、企業における具体的な価値試算として共通言語となり、中期的なプロジェクト実行・継続をドライブするでしょう。

どの順番でどの価値が出てどのデータが必要か、価値試算におけるDX担当の動き方を記載

参考

マッキンゼー REWIRED: デジタルとAI時代を勝ち抜く企業変革の実践書https://www.amazon.co.jp/dp/4492534709

And all the knowledge Quollio Technologies has developed.


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