わたしをえらんで#10

いつもの時間、二人きりの時間。
僕は抱いていた疑問を素直に聞いてみた。
「いつも嫌な夢見た時、真っ先にひかるが浮かんですぐにメールするんだけど、すぐに返ってくるのはどうして?」
ふふふ、と笑みを浮かべて
「内緒にしたかったけど言っちゃおうかな。寝る前には携帯の着信音を最大にして、いつちひろから連絡が来ても気づくようにしてあるんだ。」
「眠りを妨げられて、大丈夫?きつくない?」
「それが私が嫌な夢を見るときもたまにあるんだ。だからね、わたしも助けられてる時もあるんだよ。それよりなにより、離れた場所で深夜にひとりで嫌な気分でちひろがいるのは私にとっても嫌なことだから。」
ありがとう。と本当に思った。
心からの感謝って時として照れ臭くて
言えないもので、そのときは言えなかった。
だからその夜にメールで伝えた。
【ありがとう。いつも。】
【なんのありがとう?】
と返事が来たけど
【んーなんだろうね。内緒かな。】
と返して眠りについた。
【内緒かあ、いつか暴いてやるー。】
と返事が来てることに気づいたのは
目を覚ましてからだった。
そんな裏話を聞いたせいか、何かみていたような気がするが、みていた夢は
思い出せなかった。
嫌という程、みた夢はまるで現実かのようにいつも覚えているのに。
携帯が鳴る。僕の携帯なんて鳴る理由は得体の知れない迷惑メールくらいなものだが
違った。歯磨きをしながらメールを確認するとひかるからだった。
【今夜はぐっすり眠れた?変な夢見なかった?】
まるでそれを知っているかの内容に
驚いた。即座にメールを返した。
【うん、不思議と。何か見てたような気はするけど、全然思い出せないんだ。】
【私のおかげかな?なんてね。】
僕は素直に【そうかもしれないね。】
と返して急いで身支度を済ませて
約束の場所へと向かった。
待ち合わせた先は大学の最寄駅。
そこにはなんだかどう形容していいかわからない歪な銀色のモニュメントがあり
そこはよく待ち合わせ場所として
カップルなどが利用している場所だ。
生憎、待ち合わせするには今日という日は
適切とは言えなかった。
ただでさえ人が多いこの駅だし、日曜日であり、よく顔を知る相手でも探しにくい。
それでも待ち合わせ場所に15分ほど前に
着いたのだが約束の相手はそこにいた。
そして人混みの中でもすぐにわかった。
まるで芸能人のようなオーラが漂っていたとかだったら良かったのだが、違う。
麦わら帽子を被ったひかるがいた。


麦わら帽子を人が被っているのを
初めて見たかもしれない。
田舎で育った僕でも記憶を辿っても
覚えがない。
某有名漫画の主人公の様なコスプレを
していたわけではない。
だがしかしこの時代にこんな場所で
そんな人間を探してこいと言われたら
100人体制の捜索でも難儀だと思う。
僕はたった一人で見つけてしまった。
心の中で心地よく笑ってる僕がいた。
近づいて声を掛けると
「遅刻しなかったね!偉いぞ!」
初めてプライベートで会うのにさすがに
遅刻はしないだろうと思いながら
その姿に突っ込まずにはいられなかった。
「麦わら帽子って流行ってるの?」
「そう!最先端の流行だよ?知らないの?」
「周り見渡しても一人もいないけど、昔に
流行った森ガールみたいな亜種の虫ガール?みたいな感じで?」
「騙されやすいなーちひろは。」
くすくすと彼女は笑いながら言った。
「日曜日にこんな場所だもん。
ちひろが私を探す手間が省けると思ったからだよ。」
素直に感心したのと同時に羞恥心なるものは彼女に存在しないのかと疑ってしまった。
「僕のために?恥ずかしくないの?」
「うん、全然。」
とその後に小さな声で
「早く会いたかったから。」
と聞こえてきたが嬉しさと照れ臭さが
入り混じった僕の心は素直に伝えたい言葉が喉元まで来てるのに言えなかった。
シンプルにありがとうと言うべきか
僕もだよと言うべきか悩んでいるうちに
「さあ、行くよ!」と彼女に手を引かれて
人混みの中を掻き分けて行った。
どこへ行くのか、何をするのか、
聞いていなかったから男なのに情けないと
思いながらも手を引かれるがままだった。
麦わら帽子に圧倒されてしまって、聞く時間もなかった。
僕はと言えばありきたりな格好で、
白のシャツに薄い黒のベストを羽織り、
紺色のパンツに白のデッキシューズだった。
彼女は麦わら帽子以外は不自然な点はなく、
淡いピンクに染められたワンピースに
薄手の白のパーカーを羽織り、ターコイズの装飾が散りばめられたウェッジソールを履いていた。
街行く人は彼女とすれ違っては
振り向いていた様に思う。
僕も僕で変わり者なのか数分もしないうちに麦わら帽子をよくあるメッシュキャップか何かと誤認識してしまうほど、彼女はごく自然に街を歩いていた。
気がつくと楽器屋に着いていた。
僕も大学に通うようになってからは
この楽器屋に何度か足を運んでいた。
彼女もピアノを奏でるし、僕もギターを弾くのでそれはそれでごく自然な流れだと思った。譜面でも探しにきたのか、なんとなくなのか、楽器をやっている人ならわかると思うが、明確な目的もなく入ることもしばしばある。だが彼女は店内に入るなり一言。
「ちひろ、ギター選んで?」
困惑している僕を察してくれたのか
「ギター弾きたいの。だからちひろに選んでほしい。」
「とりあえず三つ聞いてもいい?」
と僕が言うと
「はい、どうぞ。」と返答が来たので
遠慮なく質問することにした。

「まず第一に僕が選んでいいのか。
第二にエレキなのかアコギなのかエレアコなのかサイレントだとかあげたらキリがないほど種類があるからデザインも含めてこんなギターがいいって決まってるのか。
第三に突然なぜギターを?」

「じゃあ私からも三つ返すね。ちひろがいいから。それとアコギがいいかなと思ってる。そしてギターに限らず何か新しいことを始めることに理由は必要?」

すぐに返ってきた返事に迷いがなかった。
そしてなぜギターを?なんて愚かな質問をした自分を恥じた。それは音楽に対しての冒涜とも言える。僕は何か一つに絞って貫くタイプで、ひかるもそうだと勝手に解釈していた。音楽に限らず、どんな世界にも第一線で活躍しているマルチプレイヤーなるものが居るというのに。
それからはギターについて僕が自分なりに思う良いギターについての選び方やそれに対するひかるの意見を確認した。

アコギは初めて触るには難しいと思うよと
説明した。なぜかと説明する前に
「うん、それでもいい。余計に良い。」
とひかるはより一層目を輝かせた。

僕がエレキから入ったため、アコギも弾くようになった時にまずネックの厚さに驚いたし、エレキと違ってアコギはエフェクターなどで誤魔化せない。
ギターを今、手にした人でもエフェクターさえあればそれなりに聞こえたりもする。
ギターの熟練度とでも言うべきか、アコギは
上手い下手の明暗がはっきりとわかるものだとおもう。
洋服でも車でもブランドがあるように
もちろんギターにも
大手のブランドと呼ばれるものがあるし、
ペグや弦、細かいことを言い出したらきりがないけど、どれをとっても僕が選んだら完全に僕の好みになってしまう。
それでもいいのかなど、色々と確認した。

「それが良いの。私だってピアノだけど音楽やってきたのはちひろも知ってるよね。ピアノにもエレピ、パイプ、様々でブランドだって当然ある。ただ仲が良くて同じサークルにいるギターを弾ける人なんて適当な理由でちひろにお願いしたわけじゃない。」

「ごめん、馬鹿にしてたつもりとかなくてギターだから真剣になりすぎて最初のギターを選ぶっていうすごい大役を引き受けるわけだし、本当にごめん。」

それからひとつ間をおいて彼女は言った。

「ただひとつ、私らしいというか、ちひろの思う私をイメージして、選んでほしい。ちひろが今欲しいギターとかそういうのではなくて。」

「この店内にあるものでいいの?取り寄せとかもできるし、この店内にあるものでもこれだと思うものがあっても、大手ブランドでも当たり外れはあるよ?ギターは生き物だから。」

「もう!なんでわかんないの!ピアノだって生き物だよ!!」

感情的にそう言い放った、彼女の言葉を
聞いて僕は黙って店内を見渡した。
彼女の声の大きさで人目を気にしたとか、
頭にきた、とかそんな幼稚な理由ではない。

彼女の手を握り、引いて、
本能的に直感に全てを任せて並ぶギターを
一本、一本、握った。
そしてすぐに決まった。
ひかるも僕に黙ってついてきてくれた。
近くにいた店員さんが声を掛けてくれた。
「ご試奏なさいますか?」
僕はお願いしますと返した。

そのギターはまるで僕らを待っていたかのような音を出してくれた。
「ひかる、これでいいかな?」
と確認すると
「うん、これがいい。」
僕らの間に余計な言葉なんて
要らなかった。
僕の数年の
たかが知れた独自と偏見でしかないギターに対する知識とか、言葉は汚いがあーだこーだと話を展開する必要なんてなかった。
彼女はそんなものを求めてなかった。
ただこの大役は僕じゃなくてはならない理由が
確かにあった。

それを知ったのは楽器屋を後にして
華奢な身体で首に麦わら帽子をかけて
ギグバッグに入ったクラフターのアコースティックギターを背負って、歩く彼女の後ろ姿を
ぼんやり眺めながら
いつもの珈琲屋に着いてからのことだった。

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