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ゆる漫画レビュー:第7回『東東京区区』

オススメのマンガを、ゆる〜く紹介していく「ゆる漫画レビュー」。
第7回は『東東京区区』(かつしかけいた)。
タイトルは「ひがし・とうきょう・まちまち」と読みます。その名のとおり、東京の東部が作品の舞台となります。

作者のかつしかけいたさんは葛飾出身で、2021年4月からは「かつしかFM」のラジオ番組「ヨルスタ!」でMCを担当されています。
この第1巻に出てくるのは、葛飾区、墨田区、江戸川区、江東区、荒川区……と、一般的に「下町」と呼ばれる地域が多いですね。ご自身のルーツや生活に根差した作品、と言えるんじゃないでしょうか。

『東東京区区』かつしかけいた(トゥーヴァージンズ)

この作品の主要な登場人物は3人います。
ひとりはサラ。インドネシア人の父と日本人の母を持つムスリムで、足立区生まれの21歳。大学3年生で、現在は卒論のテーマを模索中です。
ふたり目はセラム。エチオピア人の両親を持つ小学生で、葛飾区立石生まれの元気な女の子です。
3人目は春太はるた。葛飾区亀有生まれの内向的な中学生で、あまり学校には行っていません。地図を見ながらの街歩きが趣味です。
ルーツも年齢も区区まちまちな3人が東東京を歩き、あらたな街の魅力を発見していきます。

この作品に出てくる地域の多くは、古くは「江東5区」とも呼ばれました。江戸川区、墨田区、江東区、足立区、葛飾区の5つです。ここで言う「江」とは隅田川のことで、落語だと「大川」なんて呼び方もされますね。「江東」とは隅田川より東のエリアを指します。

江東エリアは、江戸時代に舟運(物資を船で運搬する)が整備されて発展しました。川沿いに河岸ができ、人が集まり、食べ物屋さんができたりして文化の隆盛につながっていきました。昔から「人と文化の行き交う街」だったわけです。

また、江戸時代の江東エリアは、単に「商業的に発展した」というだけではありません。地方から江戸に流れてきた人々の行き着く場でもありました。
ここで、2023年度の東京大学の入学試験を参照します。「日本史」の第3問で「江戸で寄席が急増したのは、どのような理由によったと考えられるか(要約)」という設問が出ました。教学社の「大学入試シリーズ」、いわゆる「赤本」では、解答に付随する「論点の抽出」として、以下の情報を提示しています。

18世紀後半以降、村では本百姓の階層分化が進展し、貧農のなかには潰れ百姓となって離村し、都市に流入するものが増大した。特に関東の農村では、19世紀になると江戸地廻り経済圏が発達する一方で、没落して江戸に流入する百姓も急増した。こうして江戸では町方人口の半数を下層部民が占めるに至ったのである。

『2024年版 大学入試シリーズ No.43 東京大学(文科)』(教学社)

江戸というのは、おおまかに現在の行政区でいうと千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、品川区の一部、目黒区の一部、渋谷区、豊島区、北区の一部、板橋区の一部、荒川区が範囲でした。
つまり、江戸の昔から、東東京は一種のアジール(避難所、無縁所)として機能していたわけですね。

文化の交差点にして、アジール。こうした「水の街」としての性質は戦後まで色濃く残り、そして現在でもその名残を認めることができます。
『東東京区区』の第3話「川の流れ、人の流れ」には、「そういえば23区で外国籍住民が一番多いのは江戸川区なんだよ」というサラのセリフがあります。作中では、海外にルーツを持つ人々のコミュニティが出てきて、下町が文化の交流地となっている現状が描かれます。

フィクションにおける「東京」は、新宿、渋谷、池袋、中央線沿線と、23区の西側のエリアがフォーカスされることが多いですが、「ローカルなのにグローバル」な東東京の魅力に気づかされます。
しかし、人が違えば、物の見方も違う。ルーツや文化が違えば、なおさらのことです。自分とは違った、さまざまな物の見方を知ることは、これまで自分が培ってきたものにも影響を及ぼします。

異文化共生は実現可能な社会課題なのか、夢物語なのか。
……なんて大きなことを言うつもりはないけれど、生活者目線で、いまの東東京を歩いてみたくなる一冊です。

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