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日銀 低金利政策の罪と罰【2】

前回の記事(日銀 低金利政策の罪と罰【1】)では、日本政府の膨大な借金、そして家計と企業で積み上がった過剰な金融資産の背景と実態について言及した。
今回は、日銀と密接に関わる民間銀行、そして民間銀行にとって得意先である企業について、それぞれ考察していこう。

問われる銀行の存在価値

市中では、銀行店舗の統合・閉鎖が続いている。従来から築いてきたビジネスモデルが崩壊しているからだ。その原因こそ低金利政策にある。
先に述べたように、家計と企業はふんだんに現金を持っている。銀行にとって安心して融資できる顧客であればあるほど、資金繰りには困っていない。借り手優位の状況である。当然、過当競争になるので、銀行が提示する金利は破格の条件となる。典型的な例で言えば、2022年末の住宅ローン変動金利は、0.3%台という異常な低さとなっている。
一方、融資一件当たりにかかる銀行の手間は、金利や融資額の大小には影響しない。どんなに少額の融資であっても、銀行員の営業コストと事務コストが一様にのしかかる。つまり、融資一件あたりの利ざやが少ない現在、どう銀行員が頑張っても大して儲からないという構造だ。現に、金融庁の発表では、地方銀行の約半数において、本業で利益を上げられず赤字に陥っているとある(*2)。
さらに輪をかけたのが、コロナ禍におけるゼロゼロ融資(*3)である。収支悪化に苦しむ銀行は、これ幸いとばかりに、中小企業に対し最大限の金額まで借りるよう融資を持ち掛けた。既に死に体となっている企業にも融資をしてしまい、延命させているのだ。これは、将来の不良債権拡大というリスクを、大きく孕んでいる。
今や、銀行は本業の収益悪化と、将来のリスク増大という二重の苦しみに陥っているのである。

現在の銀行が利益を出しているのは本業以外だ。
具体的には、株式や債券の運用、M&Aの手数料収入、そして富裕層の資産運用である。特にどの銀行も共通して力を入れているのが、富裕層の取り込みだ。所有資産の運用、相続対策、信託などの業務を請け負い、富裕層を囲い込んでいる。富める者が、ますます富む構造の背景が此処にもある。

集めた預金を、融資として貸し出すことが銀行の本業であった。しかし、その本業で儲けることが出来なくなった。当然のように銀行員たちの士気は下がる。貸し出し数を増やすために、与信や審査に必要となる目利きも甘くなっていく。今や、バンカーとしての気概や矜持を持つ銀行員は減る一方だ。
経済において、銀行を核とした資金の循環は、血液である。血液の循環が滞ると、新陳代謝が悪くなる。銀行の実力低下は、これからの日本経済に大きな影響を及ぼしていくことになる。

リスクを取らずとも儲けることができる企業経営

内部留保と言われている日本企業の金融資産は、年々増加の一途を辿り500兆円を超えた。この資産を運用に回せば、リスクの低い金融商品であっても3%~5%の利益を確保できる。企業は、株式・債権・不動産の投資と運用、そして企業の買収、それらの財務活動によって、労せずして利益を積み上げることが可能なのである。
それでは、企業の本業で稼ぐ利益はどうなっているのだろうか。

Figure5は、過去20年間の日本企業の売上高営業利益率の推移である。これを見ると、営業利益率は、常に2%~4%の間で推移していることが分かる。これは、相当低い水準である。
以前の筆者の記事(企業の儲けと使い道)では、日本を代表する総合電機メーカーのパナソニックの財務内容を紹介した。その売上高営業利益率は、3.82%である。この数値の低さを体感するために、従業員一人が一年間に稼ぐ利益として計算してみよう。すると従業員一人は年間106万円、一か月に換算すると月に9万円程度しか利益を上げられていないことになる。
これが日本企業の典型的な姿である。本業で稼ぐ力が弱まっているのだ。
企業の経営する側の観点でいくと、本業で稼げなくても、潤沢な金融資産を運用に回せば十分に利益を積み上げることが出来る。結果、本業で思い切った設備投資や事業開発をすることに対して、尻込みをしてしまう。リスクを取って、チャレンジすることが出来ない体質に転換してしまっているのだ。
日本では、世界をリードするようなイノベーションが生み出されてこないと長年言われ続けてきた。その理由は此処にある。

日銀低金利政策から脱皮するための長く険しい道のり

日本は、1989年のバブル崩壊と、2008年のリーマンショックという二度の金融ショックを経験した。そして、そこからの回復に長い期間を要した。急激な変化に対する日本人の耐性は、極めて弱い。そして、この二つの痛みは今でも忘れられていない。
政府も日銀も、金融政策には慎重にならざるを得ない。その慎重さがゆえに、政府も日銀も、政策の大きな転換を図れない状況が続いている。
日銀の劇薬は、ステロイド治療と同様である。ステロイドという劇薬は、痛みを緩和し麻痺させることができる。しかし、その後には劇薬を抜いていく治療が待っている。急激に劇薬を減らすと病気が再発してしまう。心身の状況と会話しながら、時間をかけて治療していくことが求められる。
現在の日本は、江戸時代の鎖国下の経済とは違い、グローバル経済の下での活動だ。日本だけが特別という訳にはいかない。市場と向き合い、市場と会話しながら、長い時間をかけて少しずつ劇薬を抜く治療をしていくことが求められている。

FIN. January 1st, 2023

*2: 2018年金融庁主催「金融仲介の改善に向けた検討会議」向けの説明資料によると、地方銀行106行のうち54行が本業収益で赤字である。
*3: ゼロゼロ融資とは、コロナ禍で資金繰りに苦しむ中小企業を支援するための政府の施策で無担保無利子の融資のことをいう。


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BUSINESS COMPASS | 経営の羅針盤 (visioningpartners.com)

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