バレンタイン

明日は特別スペシャルデイ

バレンタインデーですね。

義理チョコはブスほど丁寧にラッピングしたものをくれる印象があります。かわいい子は大きい袋にいっぱい入れて掴み取りです。
丁寧さ×かわいさ=嬉しさ
なので、ホワイトデーには丁寧なブスにも適当なかわいい子にも同じものを返したら大丈夫です。よくできた仕組みだなと思います。
こんなことを言っている僕はもちろん、本命チョコをもらったことがありません。そりゃああげたくないわなと思います。

そんなこんなでバレンタインデーとは全く無縁な僕ですが、ひとつだけ思い出があります。あれは小学5年生の2月14日でした。

小学校からの帰り道、僕は深森くんと公園に行き、いつものようにブランコを上の棒にぐるぐる巻きつけて高い位置でスリルのあるブランコを楽しんでいました。ここはブランコが二本と草っぱらしかない公園で、基本的には僕と深森くん以外の誰も来ません。しかし、その日は違いました。

公園に天野さんがやってきたのです。
女子が来た。しかも、たったひとりで。何が起こるのかは小学生にもわかりました。
バレンタインデー=女子が好きな男子にチョコをプレゼントする日。口には出さないものの小学生男子だってめちゃくちゃ意識しています。この公園には僕と深森くんの二人。どっちに渡しに来たのだろうか。嬉しいけれど、深森くんの前でチョコを渡されてどんな顔をしたらいいのだろう。ありがとう、家で食べるわ。スッ。と受け取るだけ受け取って深森くんに「なんかわからんけどチョコ貰ったわ、おれチョコ好きやから帰ってゆっくり食べるわぁ」とポーカーフェイスで言って帰るしかない。実際はチョコを食べる前から鼻血が出そうなのは確実です。ブランコに近づいてくる天野さん。緊張感が増してきます。

「深森くん、ちょっと来て」

深森かよおぉぉぉぉぉぉお!!!!!

天野さんは、深森くんにチョコを渡すためにわざわざこの公園にやってきたのです。けっ、暇人め。深森くんが近づいていくと、天野さんは明らかにモジモジしながら、四角い箱(絶対チョコレート!)を渡しました。

普段の天野さんは掃除をサボっている男子を見つけては「こら男子ー!」とか言ってる姉御肌の女の子です。ああ、あの天野さんも好きな男子の前では、モジモジしてこんなにも可愛くなるんだな。というか、なんで深森やねん。あいつ人がうんこしているのを見つけてクラス中に言いふらすしか能のないやつやぞ。などと考えながら、僕はめちゃくちゃ高いブランコの上から、ぼーっとその様子を眺めていました。

しばらく見ていると、事件が起こりました。深森くんが、もらったチョコレートを地面に投げ捨てて帰ってしまったのです。箱から飛び出し土だらけになった手作りチョコが、地面の上に見るも無残に散乱しました。それはやりすぎやで深森くん。僕には深森くんの行動の意味が分かります。たぶん深森くんは照れていたのです。僕が見ている前でえへらえへらできる人間じゃないし、美味しそうやね、ありがとう。とかお世辞を言えない人間なのです。それはわかります。あいつは学校でうんこをしているやつを晒しあげるしか能のないやつなのですから。

しかし、そうなると困るのは僕...天野さんは泣いている...困る...場合ではない。ちょっと冷静になれ俺、これはピンチではない。明らかにチャンスだゾ。考えてみてください。ひどい振られかたをして、泣いている女子。一所懸命作ったものを踏みにじられて、人の優しさを信じられなくなっている女子。目の前には悲しさとやりきれなさの塊が土まみれになって転がっています。そこに優しい男子が現れたら…恋に落ちるに決まっています。

土だらけになっている一所懸命に作ったチョコレートを、僕は食べました。

小学生女子なんて単純です。
じぶんが一所懸命作ったチョコ、しかも土まみれになっているものを食べて「美味しいね」と言ってくれる男子がいたら、さっきまで泣いていたことも忘れて、「竜崎くんって優しいんだね(運命の人...かぁ。ごくり)」となるに決まってます。

裸足でコンクリの上を駆け回り、ミツバチを素手で殺戮する野蛮な小学生だった僕も、ここぞとばかりに必死の優しさを見せました。

「せっかく作ったのにもったいないなぁ」

「ほら、(ふー、ふー)こうやったら食べれるやん」

「美味しい」

「こんな美味しいチョコ作れるってすごいな」


ううぇーーーーーん。

ぜんぜん泣きやまんやんけ、こいつ。

ううぇーーーーーん。

思ってたんと違うゾ。
「へへっ。わたし竜崎くんと付きあおっかな、なんちゃって笑」とかになるんじゃないのですか?

ううぇーーーーーん。

20個くらい落ちてる一口サイズのチョコレート。食べ始めた手前やめるタイミングもわかりません。生チョコとかいうやつです。ふーふーしたくらいで土はもちろん落ちていません。
ただただ、わんわん泣いてる女子とその隣で「美味しい美味しい」と言いながら落ちているチョコをパクパク食べる男子。あれは地獄絵図やったね。

ううぇーーーーーん。

ええ加減泣き止みーや。

結局土まみれになったチョコをぜんぶ食べ終えて、「いつまでも泣いてんと早よ帰れよー」とか言って帰りました。

これが僕の唯一のバレンタインの思い出です。
だから僕にとってのバレンタインはあの日の土の味なのです。

ーーー翌日ーーー

翌日、天野さんが僕のところにやってきました。こいつ、昨日はさんざん土のチョコ食べさせといて何しに来たんや。レイプしてやろうか。

「竜崎くん、きのうはありがとう。」
「お、おう」

きのうとはうって変わってしっかりと僕の目を見てお礼を言い、走り去っていきました。かわいい。僕は少しどきどきしました。そこにいたのは、いつもの「こら男子ー」ではなく、モジモジした感じの天野さんでした。(おしまい)



バレンタインなんかなんもねーわー、クリスマスも誕生日もなんもねーし、それどころか生きていてもなんもねーわー、毎日土を食わされてばっかだわーと思っている、こんなブログを読んでいるみなさん。

大丈夫。僕たちには思い出があります。思い出があるからあしたに期待できます。あの日に起きた楽しい思い出。そういう日が明日に来るかも、と思えます。「思い出したら、思い出になった。(糸井重里)」きっと、気づかない間に今日も明日も思い出が重ねられていっています。過去を想い、楽しいあしたを期待して、そして今日も楽しみましょう。

バレンタインが終わっても、
明日が特別スペシャルデイかもしれません。

ハッピーバレンタイン(⑅ ॣ•͈ᴗ•͈ ॣ)∟ᵒᵛᵉ