旧呉製鉄所への「旧海軍工廠復活」は住民投票を必要とする 大転換だ

2023年秋に廃止された旧呉製鉄所を、防衛省が買い取り、複合防衛拠点にしたいという意向を示しました。

弾薬庫や戦前にあった武器の整備工場、そして岸壁を利用した出撃拠点が

想定されます。

大きく見れば、いわゆる台湾有事の際に中華人民共和国に対して敵基地攻撃も行う

ということを想定した岸田政権の防衛戦略の一環としてということです。

呉は、空軍がない時代に守りやすい場所にありなおかつ大陸に近いということで

若き日の東郷平八郎元帥が調査。軍港として選ばれ、鎮守府がおかれました。

その後、呉は日清戦争、日露戦争と海軍の出撃拠点になりました。

戦争のたびに街は拡大。他方で、大正から昭和初期には軍縮により職工が整理される

ということも起きています。しかし、満州事変で一挙に賑わいを呉は取り戻し、

第二次世界大戦敗戦直前には人口が40万人に達し、広島市に肉薄したこともありました。

1945年6月から7月、数度の呉空襲で呉市は焼け野原に。

その後、建前は旧軍港市転換法により、舞鶴、横須賀、佐世保とともに平和産業港湾都市

として再出発することになります。国有財産の市への移譲など、現代の特区ににた仕組みですが

現代の特区とは違い、憲法95条の規定により住民投票を各市で経て成立しました。

賛成81,35595.85%反対3,5234.15%有効投票数84,87896.46%無効または空白投票数3,1153.54%投票総数87,993100.00%登録有権者/投票率107,04082.21%

74年前に住民投票で呉市民の有権者の絶対多数の同意で、平和港湾都市に転換した呉。

しかし、それをまた軍港都市に戻す、それも昭和~平成期の専守防衛の自衛隊ではなく

敵基地攻撃も辞さない自衛隊の街に戻すということは、住民投票を必要とする

大きな転換ではないでしょうか?

なお、戦前の海軍工廠ほどの雇用は現代の複合防衛拠点では望めないのも事実です。

そして、この複合防衛拠点を受け入れることで、例えば、「台湾有事」を理由に

日本政府が中華人民共和国に先制敵基地攻撃をしてしまった場合、呉も報復攻撃の

対象になるのは明らかです。

そもそも、台湾有事とは、中国における国民党(蒋介石)軍vs共産党(毛沢東)軍いわゆる国共内戦の延長です。あくまで国内で平和的に解決すべき問題です。また、米国政府でさえも、中華人民共和国(中国共産党)を中国を代表する政府として認めており、中華民国に対してはせいぜいがいわゆる台湾関係法により、武器を援助する程度のかかわり方しかしないのは明らかです。

そうした状況で日本単独ないし、日本+中華民国で中華人民共和国に軍事的に勝てるはずがない。もちろん、中華人民共和国の経済も台湾(中華民国)産の半導体に大きく依存しています。

そうそう、攻撃をすることは考えにくい。

台湾だって、露骨な独立を主張することは努めて抑制しています。怖いのは、行き違いからの偶発的衝突でしょう。外交努力・信頼醸成により衝突が起きないよう努力していくしかない。

呉の製鉄所跡地の活用策は、そもそも、民間企業は21世紀の産業構造では望めない。

国の事業しかほぼ選択肢がないのは事実です。しかし、それが、旧軍港の復活であって

いいのか?

よくよく議論すべきです。

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