『叶さんは禁忌の呪文は唱えない!』 ※にじそうさく7 新刊サンプル(え - 46/竜宮商店)

『叶さんは禁忌の呪文は唱えないっ!』

 スリザリン生のセバスチャン・サロウはベッドの上に置いた大きな古トランクを持ち上げながら、カナエに話しかけた。
「で、君は夏休みの間どうするんだっけ?」
 少々複雑な事情を抱えたカナエには、家族がいない。そしてカナエの同寮生かつ同級生かつルームメイトでもあるセバスチャンは、その事情をとっくの昔から知っていた。
 過大な同情をするわけではなく、しかし気にかけないというわけでもなく、彼なりの優しさでカナエの長期休暇の動向を聞いてくれたらしかった。
「えーと、ロンドンに行く予定なんだよね」
 答えながら、カナエも手持ちバッグに洋服やら学用品やらをぎゅむぎゅむと詰め込んでいく。しかし物が入りきらないのか、むぅと頬を膨らませると、カバンをひっくり返し、中身を一度全部外に並べなおし始めた。
 それを見てセバスチャンは「また始まった」と軽い息をつく。物を詰めるだとか、何かを並べるとか、整理整頓とか、こういうものにカナエは特にうるさいタイプだった。
「ま、滞在先が決まってんならよかった。うちに呼んでやりたいとこだけど、さすがにアンのこともあるし。休み中は漏れ鍋にでも泊まんの?」
 セバスチャンはチャリング・クロスにある魔法使いたちの街、ダイアゴン横丁の宿場のことを言っているらしい。
 カナエは緩く首を横に振った。
「ううん、実はね……ちょっと色々あって、家を貰ったんだよねぇ」
「はぁ!? どういう……?」
 素っ頓狂な声を上げたセバスチャンを見て、カナエは口角を持ちあげる。彼の反応はまさしく想像通りのものだった。
「僕もついに家主ってわけ」
「いや全然わからんって」
 セバスチャンは食い気味にカナエの発言に言葉をかぶせる。
「ま、遺品……なんだけどね」
 そう答えたカナエの声色は、明るいながらもどこか寂し気だった。

 ***

 エリエザー・フィグ教授の死は、ホグワーツを哀しみで包んだ。
 人々はその死をゴブリン族ランロクの反乱鎮圧による被害だと思い込んでいる。しかし実際には、暴走しかけた古代魔術による未知の力に巻き込まれたのだと、カナエは知っていた。
 優秀な古代魔術の使い手であったイシドーラですら制御できず、当時のホグワーツの教授達によって保管庫に封じ込められていた強大な力。それは今、カナエという一人の少年の体内に取り込まれ、完全に押さえ込まれている。
 過去の守護者たちやフィグ教授は、その力を手にしたものは感情を飲み込まれ、暴走し、破滅を招くと考えていた。しかしどういったわけか、今のところカナエは肉体にも精神にもなんの問題はない。
 カナエに何か特別な力があったのか、それともこれから狂っていくのか。それは彼自身にも予想のつかない未来であったが、しかし少なくとも現時点では、変わらぬままのカナエがあった。

 壇上で感情の篭っていない弔いの言葉を嘯くブラック校長を、カナエは頭を覆うパンプキンヘッドの隙間から眺める。
 頭部を包む大きなカボチャは、カナエの表情を覆い隠した。果たしてその被り物の下で、どんな感情を見せているのか、第三者からは決して分からないだろう。それがカナエには心地よかった。
 校長の横でなんとも言えない表情をたたえているマチルダ・ウィーズリー教授がフと、カナエの方を見た。いや、正確にはカナエの背後に視線を向け、そして驚いたように軽く右眉を持ち上げた。
 釣られるようにカナエは振り返る。そこには若い男性が立っていた。身長は高く、ブルネットの髪を後ろに流し、上等そうな色とりどりのスカーフを首に巻いていた。ホグワーツの構内で見たことのない男だった。重そうな外套を羽織っている様子からしても、先ほどホグワーツについたばかりというような格好だ。
 彼はウィーズリー教授と目が合うと、軽く会釈した。知り合いのようだった。

 フィグ教授の追悼式の後、寮に戻ろうとしたカナエは、ウィーズリー教授に呼び止められた。
 彼女の横には、先ほど見た若い男性が立っていた。
「カナエ、彼があなたに話があると。魔法省のアレックスよ」
 ――魔法省。
 カナエは音を出さずに口内で呟く。
 そういえば、ウィーズリー教授はホグワーツで教鞭を取る前は魔法省に勤めていたんだったっけ。当時の知り合いだろうか。それにしては年齢差がありそうだけど。
 頭部に向けられるウィーズリー教授の乾いた視線と、初対面の男のきょとんとした表情になんとなく気まずくなり、カナエは慌ててカボチャの被り物を脱ぎ去る。
 ふるりと頭を振った。
 そしてようやっと現れた亜麻色の髪とブルーグレーの瞳を見て、男はニコリと微笑みかけた。
「はじめまして、俺はアレックス・マクネア。ミリアム・フィグの甥だよ」
 カナエは思わず二度瞬いた。
「ミリアム…ってことはフィグ先生の……奥さんのえっと」
「そう、ミリアムの兄弟の息子。まぁ親族だと思ってもらえれば」
 言い淀んだカナエの言葉を男が引き継いだ。
 なるほど、ウィーズリー教授と顔見知りだったのは魔法省繋がりではなく、フィグ教授繋がりか。
「はぁ」
 突然紹介された恩師の義理の甥という絶妙なポジションの男に、カナエは何とも言えない反応を返す。
 話が終わったら寄り道せずに寮に帰りなさい。そう言い残し、ウィーズリー教授はカナエとアレックスをその場に残して去っていく。その後ろ姿を見ながら、アレックスはポツリと口を開いた。
「……俺も昔は叔母夫妻と同じように古代魔術の研究をしてたんだよ。叔母さん達とは違って、そうそうに諦めてしまったんだけどね。今はしがない魔法省の役人だよ」
 カナエは思い出す。フィグ教授も昔は古代魔術の研究をしていたのだと言っていた。しかし夫婦で世界中を飛び回り研究をするうち、心が折れ、妻を残して諦めたのだと。そうして彼はホグワーツの教授になったのだ。
 アレックスもフィグ教授と同じく、夢半ばで挫けてしまったのだろう。
 とはいえ、彼らの求めた古代魔術の真理は決して美しいものだけではなかったし、そしてそれはいまやカナエの体の中だ。もちろん誰にも言うつもりはないが。
 カナエはへらりと微笑んでみせた。笑みを見せるのは得意だった。
「それで……魔法省の人が、僕になにか?」
「いいや、今日は叔母夫妻の甥としての用事だ。夫妻には他に親族がいなくてね。二人とも亡くなってしまった今、義叔父の持ち物や資産を俺が引き取って整理しているのだけど……」
「だけど?」
「君は義叔父の教え子で、彼と思いを同じくしていた。一緒にホグワーツや魔法族をゴブリン族の反乱から守ってくれたんだろう。彼が死んだときに立ち会ったとも聞いている。ならば、あまり彼と付き合いのなかった俺なんかより、よっぽど君の方が義叔父の遺産を継ぐにふさわしい」
「ええと」
「つまり、君に貰って欲しいんだ。フィグ夫妻の遺産の一部を。そうだな、ロンドンのノッティングヒルに彼らが持っていた家なんてのはどうだろう。研究の拠点の一つとして使っていたみたいなんだ。マグルの街だけど君みたいな若者ならすぐに馴染めるだろう」
「い、家を……?」
 冷静で感情が読めないとよく言われるカナエであっても、唐突に降って湧いたとんでもない遺産相続話には、驚きを隠せなかった。けれどアレックスはそんな反応は予想していたと言わんばかりに飄々としていた。
「テラスハウスだからそんなに大きな家じゃないけれど、君一人なら十分だと思うよ。もうすぐ学期も終わるだろう。学校では不必要な生活用品や、無くしたくない思い出の品をしまっておいたり、地下室に大切なものを隠したり、まぁ好きに使ってくれ」

 ***

「『というわけで、僕は今ロンドンのノッティングヒルにいます。見た目は今風の建物でとってもオシャレ! だけど室内は魔法界風に改築されてて、まるでホグワーツみたい。魔法族はやっぱりこういう方が落ち着くのかな。僕的にもこっちの方が過ごしやすいです。セバスチャンはいかがお過ごしですか』っと」
 カリ、と毛羽だった羊皮紙の表面にペン先が引っかかる音が響いた。
 適当に羊皮紙を四つ折りすると、封筒に入れて簡単に蝋でスタンプする。書斎机の正面にある小さな窓を開けるとヘリの出っぱり部分に餌皿と一緒にコトンと置いた。今は暇つぶしにどこかを飛び回っているセバスチャンのフクロウが、そのうちに回収して彼に届けてくれることだろう。
 一仕事終えた。ふぅと顔をあげてカナエは室内をぐるりと見渡す。
 セバスチャンへの手紙に書いた通り、色付いた木材と大理石の壁、何百年物なのか気になるヴィンテージ感満載の大型家具で溢れている。ホグワーツと同じく中世ゴシック様式の影響が色濃く見えた。
 一方、ノッティングヒルといえば、ロンドンでも今流行りの住宅街だ。
 中流階級向けの綺麗なテラスハウス群は、大体三階建てで縦に細長い。全く同じデザインを持つ家々がピッタリとくっついてまるで一見の巨大なアパートのようだ。
 お揃いの煉瓦造りに石灰岩の装飾がついた白い外壁が通り沿いにずらりと並ぶ様は、カナエの感性においても特に美しさを感じる類のものだった。街路樹が丁寧に植えられた石畳の上を馬車がゆっくりと走っていく。ここだけを切り出せばホワイトチャペルやステップニーとはまさか同じロンドンには見えないだろう。
 けれど住むにあたって、カナエにとってそんな見た目はどうでもよく、むしろ機能性の方が重要だった。その点この家は優秀だ。さすがはかの偉大な魔法使いフィグ夫妻の家。
 室内は全て魔法使いが住むことを想定して作られている。不自由ごとなど一つもなく、困ったことがあれば杖を一振りすれば、全てはホグワーツで過ごしていた時のように快適に過ごせることだろう。
 普通ホグワーツの生徒は、魔法省の『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』なんちゃらだとかそれのC項がどうのとかでホグワーツの外で魔法を使うのは禁止されている。けれどカナエは途中入学のため授業外でも魔法の勉強をする必要があると、フィグ教授が魔法省に申請してくれていたため、その制限外にいた。――なお、実際には授業外での補講なんかよりも、ランロクの手下のゴブリン族や、アッシュワインダー連中をボコボコにするのに役立ったのだが。
 一階から三階までは居住空間だ。応接間兼リビングルームの一階、バスルームや寝室は二階に、三階は本来ゲストルームのようだったが、フィグ夫妻の手によって大量の研究資料や書籍が壁一面に積み重なる書斎になっていた。
 そしてなによりカナエが気に入ったのは地下室だった。
 地下階を丸々使って作られただだっ広い空間は、まるで秘密のカルト教団の儀式部屋のようだった。けれどカナエにはわかる。この空間こそが彼らが探し追い求めていた『古代魔術』の研究を行うための場所であると。
 棚に並べられた古いアイテムや壁に貼られた石板、絵画からはどれも古代魔術特有の青白い光がわずかに漏れ出している。
 ひとつひとつの光は微弱で、古代魔術のアイテムといえどもどれも真理に触れるようなものではないが、少なくとも古代魔術に近づくことはできていたのだろう。
 古代魔術の形跡を目で見ることができなかった彼らが、一体これらの価値をどこまで理解していたのかはわからないが。
 それに――これはおそらくミリアムの手による物だろうが――この部屋全体にはゴブリン族の技術も使われているようだった。つまりは簡易的な古代魔術の保管所のような効力が発揮されていた。
 この一種の結界とも言える保管所機能は一際しっかりと整備されており、他の階と比べてもまるで最近まで手を入れられていたかのようだ。大切に保守されていたことがわかる。
 カナエも今は強大な古代魔術の力を己の体内に取り込んでいるが、例えばどこか外に保管するとしたら少なくともこういう場所を選ぶだろう。もちろんホグワーツの守護者たちが守っていた保管庫に比べれば些細なものであり、しかもこんなロンドンのど真ん中。すぐに破滅に向かう未来が見えるが。
 けれど身近とも言える古代魔術の痕跡に、こうやって触れられる空間があること自体が、カナエにとっては心強く感じた。あり得ない未来ではあるが、例えばカナエの体内にある古代魔術が暴走した際には、この地下室に籠城でもすれば魔法省やホグワーツの先生たちが来る間、わずかでも耐えられるのではないだろうか、なんてくだらないことを考えるくらいには。

 そうして、カナエのノッティングヒルでの優雅な夏休みが始まった。
 とはいえロンドンのど真ん中にひとりきり。もちろん近所に友人なんていない。
 カナエはひとりをけっして嫌ってはいないが、けれどどちらかといえば寂しがりやな人間でもある。ホグワーツでは同寮の友人たちと衣食住を共にする生活だった。それに比べてここには誰もいない。
 何をして過ごすか、それが悩みだった。
 例えば、O.W.L.試験は終わったとはいえ、まだまだ抜け漏れの多い基本的な魔法の勉強のため、各教科の先生たちが大量に課した宿題をこなしたり、来期に向けてちょっとした予習をしてみたりもした。しかしカナエは勉強が特に好きなわけではなかったし、すぐに飽きてしまった。
 今のところ一番楽しいのは、嘘も真も混ぜ込んだマグル界の様子なんかを無駄にセバスチャンへの手紙に書きまくって、彼を混乱させる悪戯だった。
「ううん、ずっと閉じこもってるのもよくない気がしてきたなぁ。買い物にでも行こうかな」
 思い立ったら吉日。カナエは行動力には自信があった。
 今まであまり外出しなかったのは、別にマグル界が怖かったからではない。
 理由は単純だった。――着ていく服がない。
 もちろん服自体はたくさん持っている。持ち過ぎていて定期的にホグズミートで売り捌いていたくらいだった。
 しかしそれはあくまでも魔法界での話だ。
 魔法界は大概のことがマグル界と違って自由であるが、服装や風貌なんていうのは最たる例であるだろう。皆が思い思いの『魔法使いらしい』格好で過ごすせいで、魔法界はいつでもハロウィンの様相だ。
 そもそも魔法界のファッションに『流行』はない。むしろ何世紀も前から変わらぬ昔ながらのスタイルこそ、魔法族らしいとされる思想すら根強い。だからこそ魔法族のファッションセンスは、ことマグル的な視点でみれば『壊滅的』にチグハグであり、古めかしくあり、マグルに混ざればぷかぷかと湖に浮かぶブイのように異様に浮くのだ。
 カナエもホグワーツやホグズミートでは随分と好き勝手な格好で過ごしていた。まるで中世の騎士のようなマントに仮面をつけてみたり、カボチャの被り物を好んでみたり、時には肌着で街に飛び出したこともあった。
 しかしいくら同級生から破天荒だの自由人だのと評されるカナエでも、マグルひしめくロンドンの、しかもこのオシャレな街ノッティングヒルでそれと同じことをする勇気はなかった。そんなことをすればきっとすぐにスコットランドヤードの連中がすっ飛んでくるだろう。服装と言葉でもって身分と階級に縛り付けられるこのロンドンで、そんなことをする英国人など、教育を受けていないスラムの孤児だっていやしない。皆、己の身分にふさわしい格好で生きているのだ。それが何よりも魔法族がマグルに馴染むコツだった。それくらいの常識は持ち合わせていた。
 ふむ、とカナエは大きな古いワードローブを開いた。この家に備え付けられていた家具のひとつだ。
 中にはカナエがホグワーツから持ち込んだ素っ頓狂な衣服の他に、元から保管されていたフィグ夫妻の衣服と装飾品も入っていた。
「……とりあえず服だなぁ」
 こんなことなら去年ホグワーツに入学する時に着ていた服を取っておけばよかった。あれはホグワーツに行く前にフィグ教授がロンドンで買い揃えてくれた物だったが、早々に売って、スピントゥーチーズ・スポーツ洋品店の箒に変えてしまった。この一年で背が伸びたカナエには、もうサイズが合わないだろうが、魔法で調整すれば十分に着られただろう。
 まさか服を買いに行く服を選ぶのに難儀する日が来るなんて。
 ひとまず、いつものシャツにスリザリン色のバタフライタイを付けて、ワードローブから拝借した高級そうなウエストコートを着込む。少しチグハグ感は否めないが今は目を瞑ろう。ジャケットは……魔法使いらしく古めかしいものしかなかったのでパスだ。
 仕方がない。さっさと辻馬車に乗り込んで、オックスフォード・ストリートにでも買い物に行くことにした。

 ***

 結論からいえば、なかなかに有意義な時間を過ごすことができた。
 リバティロンドンやハロッズはさすがにカナエには高級路線すぎたが、近くの個人経営店でそれなりに気に入る服をゲットした。ロンドンの流行に乗った夏にも着られる薄手のジャケットと揃いのウエストコートだ。それから店主に勧められるがままアメリカで流行っているらしい中折れ帽も買った。ちょっと予算オーバーだったが、交渉の結果おまけで黒猫柄のブローチを付けてくれたのでよしとしよう。
 ひと揃え買うとそれなりに値段も張ったが、必要経費だ。ホグワーツに帰ったら、また魔法動物の保護でお小遣い稼ぎをすればいい。
 店内のスペースを借りてさっそく着替えた服装は、誰がどうみても晴れて最近のロンドンっ子である。これで堂々とマグルの顔をして街中を闊歩できるのだから、安いものだった。
「もっと早く買い物にくればよかったぁ」
 カフェのテラス席でひとりごちる。少し背伸びをして注文したフレンチプレスのコーヒーはカナエにはまだ苦過ぎて、ミルクを継ぎ足しながらちびちびとカップに口付けていた。
 ふと目の前の通りに目をやる。そして、わあ、と口内で小さく呟いた。
 視線の先には、ひとりの若い男性。堂々と通りを歩いてはいるが、随分と目を引く。何せまるで今朝自宅のワードローブの中で見たような古めかしく重そうなローブを羽織っているのだ。
 カラフルなスカーフにトップハットの組み合わせは、見ようによっては芸術家のようでオシャレなのかもしれないが、ゴテゴテとした装飾のついた乗馬ブーツと組み合わせるとなんともチグハグだった。
「魔法使いだ」
 そう、これこそが魔法使いがマグルに馴染めない理由である。カナエの悩んでいたことを体現したかのようなかの人の姿に、改めて買い物に出た己の判断を評した。
 男が振り返る。パチリと目があって「あ」と思わず声を漏らした。
 カナエの知っている人だった。
 よく思い出せば、ホグワーツで見た時にも彼は同じような格好をしていた。あの時は別に何の違和感も感じなかったのに。
「――アレックスさん」

 ***

「いやぁ、まさかこんなところでカナエくんに会うとはね」
 カフェのテラス席は幸運にも――不運にも空いていて、アレックスはにこやかに微笑むとカナエの隣へと腰を下ろした。
 ちょっと気まずい。カナエとしてはアレックスに何か負の感情を持っているということはない。むしろノッティングヒルの素敵な家を譲ってくれた恩人である。しかしながら、このザ・魔法使いの風貌の彼と席を共にしている現状が単純に気まずい。
 彼なりにマグル風に装っているつもりなのだろう。ホグワーツでは被っていなかったシルクのトップハットは確かにロンドンでは必需品だし、乗馬ブーツ風デザインの靴が人気だという話もさっきの店で聞いたばかりだ。しかし組み合わせが壊滅的だった。
 苦いコーヒーをぐいと思い切って流し込み、カナエは諦めて覚悟を決めた。
「えっと、アレックスさんも買い物ですか? それともお仕事?」
 確か彼は魔法省に勤務していると言っていた。所在地はホワイトホールのあたりだろう。
「うーん、まぁ仕事といえば仕事なんだけど。あぁ君もよく知っているか、アッシュワインダーズの残党狩りだよ」
「……ビクトール・ルックウッドの?」
 ハイランド地方でゴブリン族と手を結んで暴れ回っていた不良集団だ。その親玉であるビクトール・ルックウッドは何を隠そう、カナエがこの手で始末した。
「そう、これは内緒の話なんだけど、俺は魔法省の闇祓い局ってとこ所属で、闇の魔法使いたちを追っててさ。ビクトール・ルックウッドの周囲がきな臭いっていうんで、アッシュワインダーズに潜入捜査をしてたわけ」
「アレックスさんって闇祓いだったんだ」
「んで、最近ビクトールが誰かに倒されただろう? アッシュワインダーズも自然と組織が崩壊して、英国中に奴らの残党が逃げ回っててさ。潜入捜査時代の情報網を使って、そいつらを探してる」
 奴らの一部がロンドンに篭ってるって噂を聞いたんだ。
 そう告げたアレックスに、カナエはほぅと関心の息をついた。
「なるほど……大変ですね」
「いやぁ仕事だからね。そっちはどう? 新しい家は順調かな。中は全部見て回った?」
「はい、過ごしやすくていいですよ。機能的なところが気に入ってます。あとは……」
「あとは?」
「……思ったよりもやることがなくて、暇してる感じです。今日はそれで買い物に来てみました」
 カナエはへにゃりと眉を下げた。それを見てアレックスは苦笑しながらうーんと頭を捻る。
「そうだな……カナエくんはホグワーツで古代ルーン文字学の授業は取ってる?」
「いいえ、あの授業は特に難しいって皆言ってたから」
「普通の奴ならな。だけどキミは古代魔術が使えるだろ? なら古代ルーン文字学は絶対にやっておいた方がいい。古代魔術といえば古代ルーン文字は欠かせない。そうだ、これをやるよ」
 アレックスは胸ポケットからなんとなしに杖を取り出して軽く振った。すると何もない空間からテーブルの上にトンと何かが現れる。
 あまりに堂々と魔法を使うものだから、カナエは思わずギョッと目を剥いた。
「アレックスさん!」
「大丈夫、こういうのはささっとやれば案外バレない。ほら」
 テーブルの上に魔法で出現させた何か――書籍のようだった――をカナエの方へと押しやる。
「これは……」
「俺がおすすめする古代魔術のための古代ルーン文字学の本。それから練習用の書き取り専用羊皮紙セット。書き取りガイド付きでおすすめだ」
 そういえば、アレックスも昔は古代魔術の研究をしていたと言っていた。だとしたら、彼の言う通り古代ルーン文字を学ぶことは、古代魔術を扱うカナエにとって有益なのかもしれない。
 ペラリと一枚ページをめくると、まるで模様のようなルーン文字がずらりと並んでいた。英語とはまるで違うそれらの文字は何一つとして読めないが、落書きのようで楽しそうにも見えた。
「ありがとうございます。試しに家でちょっと書いてみます」
 カナエの言葉に、アレックスは満足そうに笑った。

 ***

 二階の寝室で目が覚めたらまず、窓を大きく開け放つ。朝の気持ちのいい早朝の風と、鳥の鳴く声が聞こえた。時々セバスチャンのフクロウが窓の外に待機していて、不満そうな顔で餌をせがんでくる。
 それからカナエには少し大きい成人用の室内用ローブを羽織ると、一階のリビング兼応接間におりて、裾を引きずりながら玄関に出る。マグル用ポストに手を伸ばし、なんとなく興味本位で取り始めたロンドンタイムズと、どこかのショップの新装開店チラシだの、水道代の請求書だのを取り出す。これは――機会があれば払うとしよう。玄関横の上着掛けに掛かったジャケットをまさぐってとりあえず胸ポケットに詰め込んでおいた。
 そのままダイニングテーブルに付くと、杖を一振り。テーブルの上には焼きたてのパンと卵、ベーコンにりんごのジャム、それに湯気が立つ紅茶がパッと現れる。なんとも便利だ。
 朝食後は、自由時間だった。
 最近のカナエはもっぱらアレックスにもらった古代ルーン文字学の書籍と書き取り用羊皮紙を使ってルーン文字を練習することにハマっていた。メモの束のように閉じられた羊皮紙は、一枚ずつ切り離せば色々な文字を試し書きするのにちょうどよく、書き心地もいい。
 三階の書斎に上がって、書斎机の前の窓を開き、亜麻色の髪を後ろで束ねて、ノッティングヒル通りの喧騒を聴きながらマイペースに羽ペンを走らせる。飽きたら今度は街に繰り出して、マグル風にパン屋で買い物をしてみたり、カフェで時間を過ごしてみたり、あてもなく散歩してみたりした。
 新学期が始まるまでの僅かな間くらい、こうやって過ごすのもいいかもしれない。
 ゆったりとした時間を過ごすのは苦手な質だと思っていたが、実際にやってみたら意外と悪いものではなかった。
 しかし、そんな優雅な時間は、数日後、一通のフクロウ便によってあっという間に忙しない日々へと変わるのだった。

 その日、いつも通り朝食をとっていたカナエの元へ、二階の窓から入り込んだのだろう見慣れぬフクロウが降り立った。くちばしには一通の手紙が咥えられている。
 カナエはそれを受け取ると、代わりにかじっていたベーコンのカケラをくちばしの近くへと置いてやった。
「えっと……おぉ、アレックスさんからだ」
 差出人として書かれた見慣れた名前に、パチリと瞬くと、わずかにワクワクと心が沸いた。
 彼は会うたびにカナエの日常を変化させてくれる。一度目はこのノッティングヒルの家を、二度目は面白い古代ルーン文字学への出会いを。
 三度目の今度は一体なんだろうと、封筒のスタンプを指でちぎって四つ折りの手紙を開けた。
 そして文面に目を走らせ――。
「あちゃちゃぁ……」
 カナエは力なく頭を抱えた。

 ***

 ロンドンのリージェンツ・パーク付近の一画、ベイカーストリート221Bには、ロンドン市民ならば誰もが知っている名探偵が住んでいる。
「またかシャーロック!」
 名探偵の名前はシャーロック・ホームズ。
 スコットランドヤードのお墨付き、世界で唯一の民間諮問探偵だ。
「そう大声を出すな、ワトソンくん。鼓膜が悪くなる」
 しかしながら、かの名探偵には致命的な弱点があった。
「そうは言っても、君というやつはまた壁に銃弾で穴を開けただろう。あれだけ家の中で発砲するなと言ったのに。ハドソン夫人がカンカンだぞ」
 とんでもなく変わり者なのである。その冴え渡る頭脳と引き換えに――いや冴え渡っているからこそ、彼の言動は一般的な人々とはかけ離れており、時に人々を置き去りにした。
 そんな彼のそばにはいつも、助手であるジョン・H・ワトソンという医師がいた。
 この希代の名探偵が人並みに生活できているのは、なんといっても彼の功績が大きいだろう。

 そんな彼らの生活は、時に謎に満ちていて、時に冒険談のようであり、時に人々の心の闇を追い求めるものだった。
 そうして彼らは今日、また新たな、ひょっとすると今までで一番風変わりな、ある意味人生を変えてしまうような――そんな出会いをするのである。

 ワトソン医師は、あ、と声をあげた。
「そうだ、君の奇行のせいですっかり忘れていた。依頼だよシャーロック。手紙が来ていた」
「つまらない事件だったなら容赦しないぞ」
「それは依頼主に会ってから自分で判断してくれ。依頼主の名前はカナエ――カナエ・スリザリンというらしい」
「スリザリン、珍しい姓だな。男か? 女か?」
「さぁ……なんでも秘密の探し物をしてほしいとか。ほらちょうど来たみたいだ」
 カンカンカンと、来訪を告げる玄関のドアベルが鳴り響いた。

 ***

 ワトソンは、目の前の一人掛けチェアに腰かけた依頼人をじっと見つめる。
 男か女か、などと先ほどシャーロックが嘯いていたが、こうして依頼人を目の前にしても、果たして確信が持てなかった。
 いや間違いなく彼、だろう。その服装は男性のものであるし、先ほどわずかに効いた声はしっかりと低い男性のものであった。それでも性別を疑ってしまうくらいには、目の前の少年は中性的な見た目をしていた。
 色素の薄い長めの髪を後ろに高く結び、薄青色に色づいたグレーの瞳は飴玉のように煌めく。目尻と長いまつ毛はとろりと甘く垂れていた。左目の下にまるで瞳を強調させるかのように打たれた小さなほくろも、きっと彼の魅力を増大させるのに一役買っている。
 まだ成長途中なのであろう、小柄な風体とまろい頬のせいで、ひどく子ども染みて見える。もしかするとアジア系の血が混ざっているのかもしれない。彼らは大人になってもまるで子どものように見えるというから。大きな椅子にちょこんと座っている様子など、彼が十二歳だと言われても信じてしまいそうだ。
 しかし一方、こうして見知らぬ大の大人ふたりを前にしても、物怖じすることなく堂々と微笑んでいる様子はまるで老練な政治家のようでもあった。
 そのチグハグ具合にどこか不気味さを感じ、同時に目が離せなくなるような魅力も感じた。
 ふと横をみると、ワトソンと同じように、シャーロックも目の前の少年をじぃと観察していた。
 頭のてっぺんから靴の先まで、失礼さなど気にもせずにジロジロと見ている。あぁこれは彼の悪い癖だ。
 さすがの少年も少し気まずそうに、もじ、と体を捻る。
 これはまずい、とワトソンは慌てて少年に話しかけた。
「ええと、今日は一体どんな依頼で――」
 少年はハッと意識をワトソンに向ける。ジャケットの胸ポケットへと慌てて手を突っ込んだ。
「あっ、えっと、この新聞記事を見てほしくて……」
 ポケットからモシャリと何枚か現れた書類の束の中から、新聞の切り抜きのようなものを引き抜くと、少年はテーブルの上へと置いた。
「新聞……?」
 ワトソンは切り抜きへと手を伸ばす――途中、シャーロックの言葉によって動きを制された。
「スコットランド――ハイランド地方の寄宿学校に通うお坊ちゃんだな。夏休みの最中か」
 ワトソンは思わずギョッと目を剥く。少年もパチパチと瞬いていた。
「ハイランド地方の寄宿学校?」
「――なんでそれを?」
 ワトソンと少年はほぼ同時、シャーロックの言葉へと疑問を返す。
 シャーロックは得意げに、サイドテーブルからパイプを取り出して火をつける。ふう、と白い煙を吐き出すと、ひどく勿体ぶった、芝居がかった様子で口を開いた。
「なぁに、簡単なことだよワトソンくん。それにお坊ちゃんも。彼の革靴を見たまえ。靴の表面は灰色の土煙に塗れているが、靴のステッチに入り込んだ土の色は茶色みを帯びた赤茶色だ。スコットランドの粘土質特有の色だよ。それに彼がこの部屋に入って来た時の足音。わずかに床と石が擦れるような高い音が混ざっていた。おそらく靴底に石のカケラでも挟まっているのだろう。山岳地帯が多いハイランド地方では土に岩石のカケラが混ざりやすいからね。一方ロンドンは河川が流れる平野地帯。河岸から堆積した泥や砂が多いから、黄土色や灰色の土で、砂質なんだよ。だから彼が普段はハイランド地方で過ごしているということがわかる」
 ワトソンは思わず、ほぉ、と息をついた。
「なるほど……いや待てシャーロック、だけどそれだけじゃ彼が寄宿学校に通っているなんてわからないじゃないか」
「キミには目がついているのか? どう見ても寄宿学校の長期休みでロンドンに帰省している子どもだろう。彼の服装は一見ロンドンの流行に乗った中流階級風に見える。夏用の薄手ジャケットのデザインはここ数年の流行りだし、サイズもぴったり。彼くらいの年齢ならすぐに体が成長するから、買ったばかりの新品だろう。けれどシャツは少し襟がよれていて、それなりに着古している。成長に合わせて服を買い換えたばかりというのはわかるが、それならばシャツも一緒に買い替えていないとおかしい。つまり普段からシャツは着るが、ロンドン風ジャケットは不要な生活をしていたということだ。寄宿学校は制服だろう。シャツは制服の流用。しかしジャケットは持っていなかったから、最近ロンドンに来てから買い足したんだ。よって、最近ロンドンに帰ってきたばかりの寄宿学校に通う子どもだと分かる。今の時期は学年の切り替えで学期休みだからな。よくいる中流階級のお坊ちゃんだ。そうだろう」
 名探偵はとんでもない早口で言い切った。
 ワトソンには見慣れた光景だったが、依頼人の少年からしたら勝手に自分自身について暴かれるのは酷く不快かもしれない。時にシャーロックのこういう態度は、人をひどく怒らせるのだ。不安な心持ちで少年の表情を恐る恐る覗き込み、ワトソンは安堵した。
 少年は不快感を表すどころか、目をキラキラと輝かせてシャーロックを見ていた。
「すっごい……!」
 よかった。この依頼人ならば、シャーロックともうまくやってくれそうだ。
 ワトソンは期待に満ちて、横に座るシャーロックを振り返る。そして、眉を顰めた。
 シャーロックはとてつもなく不機嫌そうだった。いや、不機嫌というよりも――悔しそうだった。シャーロックの推理は完璧に当たっていたのだろう。少年の輝く瞳を見れば一目瞭然だ。
 だというのになぜ、彼はひとり重苦しい空気を背負っているのか。
 その疑問に答えるかのように、シャーロックはポツリと口を開いた。
「……わからない。キミは何者だ?」
「シャーロック?」
 ワトソンの怪訝な声も無視して、シャーロックは言葉を続ける。
「自分の推理を自ら破綻させるのは心苦しいが――キミはよくいる中流階級のお坊ちゃんではなさそうだ。なにせその年齢で一人暮らしをしているだろう? 労働者の孤児たちが身を寄せ合って住んでいる、なんてことはザラにあるが、キミのようなそれなりの階級の子どもが一人暮らしをするなんて認められていないはずだが」
「シャ、シャーロック? 何言ってるんだ。そんなありえないことを」
「さっき胸ポケットから新聞の切り抜きを出す際、一緒に水道代金の請求書が見えた。書類のインクが青色だったからメトロポリタン水道会社か。さしずめ住んでいるのはノッティングヒルあたりだろう。水道が普及しているような地域に住んでいるのに、親や保護者に代わって子どもが水道代金を払う? そんなことはありえない。つまり彼には水道代を払ってくれる保護者がいない。信じられないことに、彼は一人暮らしだ」
 シャーロックは奥歯を噛み締める音が聞こえそうなほどに、顔を歪めていた。

 ――全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであってもそれが真実となる。

 それはシャーロックの口癖だった。そして今、彼はそれに苦しめられているようだった。
 重苦しい空気を打ち壊すように、静まり返った空間にぱちぱちぱちと乾いた拍手音が響く。少年によるものだった。
「すごい! 本物の名探偵だ!」
「そんなことはどうでもいい。答えを教えてくれたまえ」
 むすりと膨れたシャーロックとは対照的に、とてつもなく上機嫌で楽しそうな少年は、うやうやしく椅子から立ち上がった。
 そうして、シャーロックとワトソンを正面に据え、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。
「あらためて初めまして。ホグワーツ魔法魔術学校に通う魔法使いのカナエです」
「なんだって!」
 少年から告げられたとんでもない真実に、ワトソンは思わずソファーからずり落ちそうになる。
 一方のシャーロックはまるで天啓を受けたかのようにパッと顔をあげた。
「魔法……魔法使いか。なるほど、魔法使いときたか!」
「何がなるほどだシャーロック! そんなのあり得ない戯言を!」
 なぜか楽しそうに頬を緩めたシャーロックに、ふざけているのかとワトソンは詰め寄る。
「落ち着きたまえよワトソンくん。彼が――カナエくんが魔法使いだと言うのなら、私の推理も当たっていたことになるだろう」
 こくこくと少年も頷く。
「はい、ホグワーツは魔法界にあるから、正確にはハイランド地方というわけじゃないんだけど……まぁマグル的に言えばまさにその辺ですね。それに僕がノッティングヒルにひとりで暮らしているというのも大当たりです。まぁ住み始めたのは最近なんですけど」
 ずいと、シャーロックが身を乗り出した。
「マグルというのは?」
 どうやら彼の知的好奇心はすっかり魔法がどうのという話に持って行かれてしまったらしい。
 こうなってしまったら終わりだ。しばらくは好きにさせておくしかない。
 ワトソンは魔法の存在など毛頭信じていなかったが、はぁ、と深いため息をついて、ソファーに座り直した。
 諦めたワトソンの姿を見て、カナエも一度腰を落ち着ける。
「マグルは、非魔法族。つまりあなたたちのような普通の人間のことを指す言葉です」
 ホームズさんの推理はまるで魔法使いのようでしたけど。ふふ、とカナエは愛嬌たっぷりに笑った。
 その様子に思わず毒気を抜かれる。
 すっかり冷めた紅茶をハドソン夫人に入れ直してもらうかと、ワトソンはポットに手を伸ばした。
 しかしそれをカナエに制される。
「僕が入れてあげます」
 カナエはひょいとジャケットの内側から細長い棒切れを取り出した。ベルトに挟んでいたらしかった。
 そしてひょいと棒切れを振る。ひゅるんと空を切るような音とともにポットの姿が点滅したかと思うと、次の瞬間、テーブルの上には継ぎ口からホカホカと湯気を立たせた紅茶入りのポットが現れた。
「!」
「ほう! これが魔法か!」
 さすがのシャーロックもこれには驚いた様子で目を見開いている。彼のこんな表情、なかなか見れないだろう。
 いわんやワトソンは、もう腰が抜けてソファーから立ち上がれそうになかった。
「ほ、本当に君は魔法使いなのか……」

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