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SHOさん、おずちゃん、ミコトさん、かげのこちゃん、リッキー君、言魂さん、咲紅夜ちゃんが出演する小説が出来るまで(初めの方だけ限定公開・原作ペン入れナシ)

(仮題) ヲタ倶楽部


【自己紹介】

僕の名前は岡崎浩二、32歳で血液型はA型。東京都に住んでいて無職、趣味はビデオ鑑賞と推しのフィギュアを集める事。身長169㎝体重104㎏、恐らく遺伝だとは思うが髪の毛は縮毛で世間一般では「引きこもりのオタクニート」なんて呼ばれている。一人っ子で実家に住んでいるから生活費は掛からないし、秋葉原でお値打ちなものを見つけてはオークションに出品して小遣いを稼ぐという生活を送っている。推しでヨメであるメイちゃんのコレクションは数えきれないくらいあり、部屋のどこを見渡しても彼女が優しく微笑んでくれるこの場所は僕にとって楽園だ。ばあちゃんもババアも「メイちゃんの為に金が要る」って言えば出してくれるし、自分と同じ歳くらいの奴が満員電車に揺られてマイホームのローン返済と、いつ自分を裏切るのかわからない実物の女の為に働きに出ているが、メイちゃんは決して僕を裏切らない。だいたい働きに出るなんて想像しただけで面倒くさいし、彼女に選ばれた僕が働きに出る意味が分からない。僕は彼女に微笑まれることを許された唯一無二の存在なのだ、その証拠に行きつけの秋葉原のショップに行っても店長は僕の為にメイちゃんグッズは他の奴の手に渡らない様に必ず隠しておいて、僕にだけ見せてくれるし新作情報だって一番最初に教えてくれる。彼女を幸せに出来る男は僕しかこの世の中に存在しないし、何より「私には浩ちゃんしか居ないんだから・・・一緒に幸せになろうね」と壁に掛けてあるヨメが僕に毎日そう言ってくれるのだからこれは揺るぎようのない事実なのだ。馬車馬のようにこき使われて働いて、そのストレスを僕たち家族にぶつけてきた親父はどうなった?酒におぼれて早死したじゃないか、そんなことしなくても飯は三食決まった時間に部屋の前に置いてあるし、食べ終わったら出しておけば綺麗に片づけられる。洗濯だってそう、僕が許可すれば部屋の入り口を開けてババアが持っていって綺麗な状態で戻ってくる。一つだけ面倒な事は僕が嫌いな食べ物や、万が一にもヨメのTシャツに変な色を着けたりした時にはババアに躾をしなきゃいけないって事くらいかな、まあそれも『ぶっ殺すぞ!』ってちょっと脅してやれば改善されているし、僕のヨメ服は『必ず丁寧に手洗いしろ』と言っておいたから同じようなミスはないし。SNSとか見ていると「稼ぎたい」とか「生きているのが辛い」なんて書き込みを目にしたりするけれど、みんな生き方を間違っている下民だ。とはいえ選ばれし上級の僕がわざわざ下民の為にアドバイスしてやる必要もないのでそんなコメントはスルーだけどね。人間は生まれながらにして上下関係が決まっていて変えようのない事実なんだ、僕は上級として生まれてきてしまったから下民であるばあちゃんやババアは僕に尽くすしかないのさ。


オレの名前は津田良平、23歳で血液型はO型。東京都に住んでいてホストで源氏名はレイヤ、趣味は売り上げを稼ぐ事とアゲアゲな曲を聞く事。身長181㎝体重72㎏、鍛え上げた肉体に女共はメロメロだ。髪は金髪のロングを後ろで結んでおり、貢いでもらったタワマンに住んでいる。親父はとび職で仕事中に落っこちてしまって早くに死んでいるから顔ははっきり覚えてねーが、6人兄弟の末っ子で学校から呼び出しくらう度に母ちゃんは謝りに行ってくれたし、すっげー迷惑かけたって今のオレなら理解できる。その罪滅ぼしっていう訳でもねえけどオレも大人になったし感謝の気持ちって事だな、ちゃんと働いて毎月100万の仕送りをしているが、母ちゃんは素直に喜んでくれているよ。出戻った姉ちゃん達もたまに実家に帰れば喜んでくれるし、またガキどもが可愛いんだ!一緒に風呂に入ったりすると背中を洗ってくれるし、小遣いやったらやったでむちゃくちゃ喜ぶし。オレがガキの頃には小遣いなんか貰った事ねえし、自分で稼げるようになるまでは金持ちの奴らがやっぱ羨ましかったし、でも母ちゃんには絶対にそんなこと言えねえから自分の腕で昇り詰めるしかなかったんだよな。「他校の奴にカツアゲされました」なんて聞いた時にはラッキーでよ、相手をフルボッコにして有り金全部取り戻してやると、お礼言われて感謝料までもらえたっけ。それに加えていつの間にやら勝手に金が集まるようになってよ、でも勘違いしないでほしいのはユスリやタカリは絶対にご法度にしてきたんだよ。だって本当は貧乏なのかもしれねえし、親のゼニくすねてるかもしれねえじゃんよ?だからさっきのカツアゲされたじゃねえけど、オレに守ってほしいとか「津田の名前出してハク付けたい」とかいう奴らから上納金は勝手に集まって来るんだよ。自分から『金持ってこい』なんてダセエ事一度も言った事はねえし、そういうのは違うってバカなオレでもわかるんだ。勉強得意な奴をガリベンだからってバカにしたりするようなイジメっての?そういうのも目の届くところでは許さなかったな。だってあいつらスゲエじゃん、オレが留年しそうな時にみんなで助けてくれるんだぜ?「ここがテストに出るからここだけは覚えておいて」って。おかげでダブるなんてみっともねえ事はならなくて済んだけど、まあ学校は途中で辞めちまったけどみんないい奴らだったよ。そん時の経験が今生きてるっていっても間違ってねえんじゃないかな、今ホストだけど愛情に飢えてる女に愛情で接してやればどんどん貢いでくれるんだぜ?あの頃と何も変わんねーよ。


そんな二人が時刻を同じにして救急搬送されるところから物語は始まる。


【救急搬送】

『搬送車一名、年齢は30代前半男性。自宅で大量の睡眠導入剤と食器用洗剤も服用している模様で心肺停止状態、現在蘇生措置を行いながら気道確保の上人工心肺にて搬送中、受け入れ許可をお願いします』

僕の事を皆がSNSでバカにしやがった、こんなに可愛くて僕だけの天使なのに他の奴らだって推しは居るだろうに、お前達だって「自分のヨメが」って言っているのに僕だけ何でそれが許されないんだ?何で僕だけ「ヨメ」と呼んだだけでこんなに叩かれなくちゃいけないんだ!CDもDVDもフィギュアもポスターやステッカーだって、僕が世界で一番彼女に貢いでいる自信がある、いうなればこの子は僕が育てたようなものだ。壁に貼ってあるポスターだって毎朝おはようって挨拶したら僕だけに微笑んでくれるメイちゃん、フィギュアにだって命は宿っているっていう神聖な考え方を理解できない頭のおかしい奴らめ、メイちゃんは僕だけのヨメであって汚らわしい他の人間が触れていいものではないんだぞ!僕の想いは本物だ、その証拠にUFOキャッチャーで見つけたら必ず全て取るまでやめないし、どれだけお金が掛かろうが愛の力の前にはお金なんて単なるツールでしかない。そもそもお金なんて僕の尊い愛情の為に親が稼いでくるものなのだから、愛情とお金とどちらが大切かなんて天秤にかけて考える方がナンセンスだ。お金で買えないものに僕がこれだけ愛情を注いでいる事が理解できないバカども、そして美しいヨメ画像で彩られた僕のアカウントを凍結させたSNSにも命をもって復讐してやる。僕が死んだことで世界中のヨメファンが僕の死を嘆き悔やみ、そして僕はあの世でヨメと結ばれて世界中から祝福されるんだ・・・


『搬送車一名、年齢は20代前半男性。高速道路上事故により心肺停止状態、大量の出血と全身強打。現在蘇生措置を行いながら気道確保の上人工心肺にて搬送中、受け入れ許可をお願いします』

なんで今朝に限ってこんな時間から検問なんかやっていやがるんだよ、テメエらが寝ている時間に仕事しているんだから酒なんて残っているに決まっているだろうが!オレ等が納めた税金で飯食っているくせに、検問なんかで飲酒一発免取りなんて御免だぜ、この車じゃあちょっと目立つがパトカー位なら本気出しゃあぶっちぎれるだろう。ここは派手にUターンかまして首都高入っちまったほうが賢明だな、首都高は歩行者居ねえから800馬力の愛車で県を跨いじまえばこっちのもんだ。南下して東名入って御殿場辺りまで行っちまえばあとは静かにやり過ごすだけだ、ちょっと遠回りにはなるが警察沙汰なんて冗談じゃねえ、サイレンも聞こえないほど引き離してやる!回転数を上げてハンドルを目いっぱい切ってドリフトUターンからの爆走だ、ETCバーが当たる事で愛車にちょっと傷入っちまうがそんなのまたあの女に言えば新車と交換してくれるだろう。マンションまで送ってやれば車一台分くらい落としてくれるだろうなんて欲かいちまったばっかりに検問とはな、いつもの様に大人しくタクシーに乗っけておけばよかったな。まあでもこいつなら白バイはおろか、パトカーだってぶっちぎりだぜ!すげえな、高速走ってるっていうのに他の車が止まって見えらあ、首都高ってのは意外とカーブがキツイからここ抜けるまでは気を付けねえと・・・危ねえ!


【それぞれの目覚め】

あれ、病院?ババアが救急車呼びやがったのか。せっかくメイちゃんと幸せになれると思ったのにこれじゃあSNSの奴らに僕の彼女に対する偉大さを知らしめることもできないじゃないか、僕は彼女の愛に包まれて天国で彼女と結ばれ、世界中の嘆き悲しむファンに大きな後悔と反省をさせてやろうと思ったのに。これも全て余計な事をしやがったあのクソババアのせいだ!退院したら飯も食ってやらないし、もし僕に無断で部屋に入って何か動かそうものなら絶対に許さないからな。そうか、メイちゃんが「生きてください」って言ってくれて僕を現世に送り返してくれたんだな。やっぱり僕とヨメとの絆は他のどんな奴らよりも強い、世の中のメイちゃん以外を推す者たちが我々の特別な愛情に泣いて悔しがる姿が想像できる、入院中もいつもの様に天井にポスターを貼っておけば彼女はいつも優しく僕だけを見つめてくれる。本来なら触らせたくないがメイちゃんに生きてってお願いされた以上仕方がない、余計なことしやがったババアに電話して速攻でポスターを1枚持ってこさせて天井に貼らせるか。そうだ、いつも優しい瞳で僕を見守ってくれているヨメのフィギュアを目の届くところに置いておこう。でもなー、ババアが触るとメイちゃんが汚れてしまうしなー、この際仕方ないか。それも持ってこさせよう、他の物触りやがったらぶっ殺してやるからな!それにしてもおかしいだろ、薬の後遺症とはいえ体中こんなに痛いのか?片目しか見えないし輸血の袋がぶら下がっているのが見えるし、何で体中がこんなに固定されてて動けないんだ?これもメイちゃん推しの僕に対するアニメ党の奴らの嫌がらせか、こんなことしたってメイちゃんの僕に対する愛は変わらないどころか逆に深まってしまう事に気付かないバカどもめ。退院したら必殺技「ユーラブハリケーン」で僕を馬鹿にした奴らは全員後悔させてやる!それにしても痛い痛い痛い・・・片目しか見えないし体中ありとあらゆるところが痛い!こんなに痛くて辛い思いをするのも、ババアが救急車なんか呼びやがったせいだ。余計な事しやがって!


なんだ?つっとんでから記憶にねえが、病院に居るって事は助かったって事か。オレが居ない間に他の奴が稼ぐのかと思うと少々頭にくるが、休みなしのぶっ通しだったからな、こんな事でもない限りまともに布団で眠るなんてことは出来ねえだろうな。昼なのか夜なのかもわからねえけどそんな事はどうだっていい、退院した後にどうなるかなんて今考えたって仕方ねえし、せいぜいのんびりさせてもらうわ。上半身は全く動かせそうにないから見えねえけど両方の足の指が動いている感じがするっていう事は、脚は無事だったって事か。それにしても集中治療室って言うんだっけか、こういうところに入るの初めてだけど人工呼吸器着けられているからか、息がしずれえな。随分たくさんの機械が動いているんだな、わかんねーけど宇宙船のコックピットの中ってこんな感じなんだろうな・・・それにしてもムカムカ気持ちわりいのは腹の中にも管入っているのか、まああのスピードで事故ったんだから内臓グシャグシャでもおかしくないわな。その割には輸血とかはねえみたいだな、管だらけで動けねーけど両目はちゃんと見えるし顔に包帯巻かれている感じはないし、商売道具の顔は無事だったって事はラッキーだな。五百万掛けた真っ白な差し歯もこいつさえ外れちまえば元通りってアンバイだ、しかし天井や照明がぼーっとしか見えねえのは事故の後遺症かよ、目がいいのだけは自信があったんだけどなー。まあこれもその内回復するだろう、退院したら復帰祝いパーティーを盛大にやってもらわなきゃいけねーな!あとはちょっとここのところサボってた社会人野球チームにも顔出さなきゃな。ずーっとエース不在で負けているらしいし、そろそろオレの奪三振ショーと特大ホームランをあいつらも待ってくれている事だろう。これっくらいで負けを認めるオレじゃねーからな、はやいとこリハビリして復活してやるぜ!母ちゃんがガラスの向こうから心配そうにこっち見てるな、こんなみっともねえ事故を起こして心配かけちまって申し訳ねえ。復帰したら必ず親孝行するからよ、もうちっとだけ我慢してくれ母ちゃん!

【オタクカウントダウン.3】

全治2年。交通事故により何十カ所も複雑に骨折した部分を長期間かけて治療していきながら、あちこち欠損した部分を皮膚移植によって補いながら何度も手術を繰り返す。全身に激しい痛みを伴い、治療は長期化して凄まじい痛みと戦わなければならない。未だ意識回復せず・・・

【ホストのオタク.1】

全治一か月。OD(オーバードーグ・医薬品の過剰摂取)と洗剤を胃洗浄によって洗い、血中のバラバラになった電解質を正常に戻しながらゆっくりと胎内に吸収されてしまった毒物を抜いていく。自発呼吸確認の上で人工呼吸器が外され、面会謝絶状態で一般病棟に移される事となったがカテーテルの付いた状態でまだ寝たきりである。ここから1週間後には1分粥から始まり、食事やトイレも自分で行くようになるのだが・・・

『岡崎さん、採血と検温と血圧図りますね』

意識が朦朧としていた頃には気づかなかった。視界はぼやけて殆ど見えないが、自分を呼ばれる声がだんだんとはっきり聞き取れるようになって看護師さんに訊いてみた。

『なあ姉さん、オレの目って激しく損傷しちまったから元に戻らねえの?』

『まあ、姉さんだなんて。岡崎さんの目は損傷なんてしていませんよ、視力がもともと悪かっただけです』

『・・・あのさあ、岡崎さんって誰なん?』

『カルテにはそんな事書いてありませんでしたし、記憶障害が残るほどの激しいODではありませんよ。これから1週間の間に普通食に徐々に切り替えていきますから、もうこんなことしちゃ駄目ですよ』

そう言って看護師さんは部屋を出ていった。

(おい、岡崎さんって誰よ?ODってなに、記憶障害、オレの事故ってそんなに軽かったん?)

コンコンと病室の扉をノックする音が聞こえ、ぼんやりする視界の中に2人の女性らしき姿が映る。

『心配かけてごっめんなー、すぐ元気になるからよ!なになに、母ちゃんと姉ちゃんで来てくれたの?くぅー、嬉しいねえ!』

『・・・あの、お加減はどうですか?メガネ持ってきましたので、ここは病室ですし暴れないでくださいお願いします』

なんで声が違う、なんでこんなに怯えている、そして眼鏡とは。手渡された眼鏡を掛けてみると視界はクリアになり、二人の女性が母ちゃんと姉ちゃんではなく、誰か知らないおばさんとばあちゃんだということはわかった。いろいろと訊きたい事や知りたい事が頭の中でゴチャゴチャになっているが、オレの中で真っ先に出た質問は

『ねえ、何でそんなにビクビクしてるんすか?メガネ持って来てもらって何でオレが暴れなきゃいけないんすか?』

だった。他にも名前とか、誰ですかとか聞かなければならない事は沢山あるだろうに、メガネを掛けて見えるようになって初めて訊いた内容は素直に視界から脳に訴えかける疑問だった。

『ごめんなさい、余計な事は言いませんから暴れないでください。他に必要な物があったらすぐに持ってきますので、救急車を呼んでしまってごめんなさい』

オレでもわかる、これは暴力によって支配されている側の人間だ。何がどうなっているのかわからないがこういう人を昔から放っておけないタチで、何とかしてやらなきゃいかんと頭が命令を下したのだ。そして

『だーいじょうぶだよ、オレがついてる!誰がそんなにあんた達をビクビクさせてんの?二度とそんな思いさせないように懲らしめてやるから言ってみなよ。いろいろ聞きたい事はあるんだけどさ、先ずはそれを解決してからにしようや。そんかわりさ、それを解決したらオレの聞きたい事にも答えてくれねえかなあ。頼むよー』

おばさんとばあちゃんは不思議そうに顔を見合わせてしばらくコソコソ話をした後で、ばあちゃんの方が口を開いた。

『あの、つかぬことをお伺いいたしますが・・・貴方様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか』

『ばあちゃん、そんなにビクビクしねえでくれよ。確かに金髪で怖そうに見えるかもしれねえけどさ、こうみえて女子供には優しいんだって!名前は津田良平、23歳のイケメンホストだぜ!』

病室が静まり返った、何かおかしい。二人ともに一歩下がってヒソヒソ話をしている・・・側面の壁に貼り付けてある鏡でオレは自分の姿を見た。

『は?だれ、これ?』

汚いもじゃもじゃ頭の眼鏡をかけた太ったオヤジで、鼻毛は出ているわ無精髭は汚いわ、眉毛は手入れされていないわ、おまけに歯並びガタガタで黄色いやないか!

『こんなのオレじゃねえ、汚すぎる。女性の前に晒していい顔じゃねえ!ごめん、いろいろ聞きたいことあるんだけどちょっとこのナリ何とかするわ、なんじゃこりゃ!えっとこの病院って美容院ある?』

『ごめんなさい・・・入院者用の理髪店ならありますが美容院は無かったと思います』

『だーかーらー、謝るなって!謝らなくていいからお願いきいて。オレもわけわかんねーんだけど、どうやらスカンピンらしいんだわ。申し訳ねえんだけど、理髪店代貸してくれねーかな・・・大丈夫、オレ毎月100万仕送りしているからちゃんと返すからさ』

ばあちゃんは巾着袋からシワシワの五千円札を出して、プルプルしながらオレに渡してくれた。

『いやあ、本当ごめんな。あと、ちょっといろいろ訊きたい事があるんで良かったらまた明日来てくれねえかな?後生だから頼むよー』

これを聞いた2人は互いの顔を見合わせてヒソヒソと話をし、

『わかりました、明日これくらいの時間でもよろしいでしょうか?何か他に必要な物はございますか?もし触ってもよろしければポスターとか持ってきますが・・・』

『は?特にはないけど話きかせてくれるだけでいいや。あと、頼むからそのヘコヘコすんのやめて』

そう言って彼女たちを見送った後で看護師詰め所に行き、理容室の場所を聞いて一目散に向かったオレが発した言葉。

『ブリーチとストパーできる?んでもって言う通りにカットして。あとカミソリ貸して、自分でやるから。五千円しかないんだけど、まけて!』

こうして短いながらもサラサラストレートの金髪アシンメトリーで、髭は綺麗に剃って鼻毛や眉毛も整えて病室に戻り、汚い歯を磨いたら

(オレ、めっさ歯周病やんけ!歯ブラシ血まみれってどういう事?)

と何度も歯を磨いて翌日再びご対面。あまりの変わりように2人とも驚きを隠せない様子だったが、おっかなびっくり来てくれたことに先ずは感謝しなければならない。

『昨日はお金借りた上に帰らせてしまってごめん!あまりにも醜かったんで、オレ自身が許せなかった。それでもまだこの自己管理のかけらも無いような体形は隠せないけど、何とか女性と話ができるようなレベルまで来たんじゃないかな・・・歯は黄色いけどこれはすぐには落ちないからごめん。で、昨日の質問に答えてくれよー。どいつだよ、あんた達をそんなにビクビクさせているヤロウはさ?』

困っているおばさんの横でこの様子を見ていたばあちゃんが、恐る恐るオレを指さした。

『え、オレ?嘘だよー、女子供に優しいって評判のオレがさ・・・ちょっと待って、整理させて。オレって誰だっけ?』

そう言ってベッドの柵に掛かっている入院者票を見ると

【岡崎浩二  32歳  血液型A 誤飲胃洗浄】

と書いてある、これを指さして

『これ、オレのこと?って事はこのブクブク太った醜い奴があんた達に暴力振るってたって、そういうこと?』

2人ともコクリと頷いた。

『んだよー!だから2人してビクビクしてたのかー。いやね、よくわかんねーんだけど経験からさ、2人の態度が「暴力に支配されて怖がっている」っていうのはわかったのよ。でもまさかその原因が自分だなんて思わないじゃんよ?だってオレ自身がどうなってるのかわからねーんだからさ、ハッキリ言ってサッパリピーマンなわけ。だからお願いだから助けてよー、この通り!』

そう言って両手を拝むような形にして頭の上に乗せた。

『サッパリピーマンって(笑)』

とようやく2人が笑ってくれた。

『よーかったよー、やっと笑ってくれたんだもの。ほら聞きたい事とか知りたい事は山ほどあるんだけどさ、先ずは女性にお話をしてもらえる環境を作るってのは男として最低のマナーだって思ってるわけ。とはいうものの病院の中の理髪店なんかで出来る事限られているしさ、今はこれが限界!これから頑張るから、助けてよ。2人しかいねーのよ、この顔を助けてくれるのはさ』

それからこのブサメンが母親と祖母に行ってきた暴力の事、引きこもって仕事もせずに仮想世界に逃げ込んでいる事、大量の睡眠薬と洗剤を飲んで自殺を図った事などを聞いた。

『こいつクズだな。だって母ちゃんが産んでくれなかったら自分はここに居ないわけじゃんか、それにばあちゃんの年金にまで手出して仕事もせずに人形集め、ばっかじゃねーの?何がどうなってこんなんなってるのかわからねえけど、先ずはねえさんとばあちゃんの呪縛をオレ様が解き放ってやるよ。明後日退院できるらしいからもう少しだけ我儘聞いてくれねーかな、安いのでいいから気持ち悪い絵とか入ってないシャツと、ファンデとコンシーラーとT字カミソリとチーク、ねえさんのがあるならそれを貸してもらえないだろうか。こんなブツブツの汚い顔で外歩けねーよ、あとマスク!こいつろくに歯も磨いて来なかったっしょ?グラグラだわ黄色いわ、歯並び汚いわだから隠したいんだ。ね、積年の恨みをサッパリ片づけてやるからお願い!』

昨日に比べて二人の表情が少し明るくなったように感じる。そりゃ実の息子や孫から暴力受け続けてきたらあんなになっても仕方ない気はするが、それにしてもオレだったら見つけても救急車呼ばずにそのまま死なせちまうところを、やっぱ親なんだな。そういう気持ちを踏みにじって自分が大王様みたいに勘違いしたブタヤロウはオレ様が粛清してやって、あの2人にニッコリ笑って貰わねえとな。しかし何回歯を磨いてもこいつの口はドブみたいな匂いがする、よくこんなので平気だったもんだ。

そして退院の日、「太ったこの体に合うサイズがこれしかなかった」と持って来てくれたのはどこぞのテーマパークのキャラクターがプリントされたロングTシャツ。まず髭を綺麗に剃って、アバタでボコボコした部分をできるだけファンデでカバーし、コンシーラーでパッチリ目はしたもののメガネが邪魔だ!まあこれはコンタクトにしちまえばいいが、顔色の悪いデブは最悪なのでチークで少し赤みを出して、最後に眉をキリッと整えてマスクを着用する。そして2人の方を向いて

『少しは見られるようになった?これでも外歩くの恥ずかしいんだけど、息子さんの身体だからあんまり悪く言うのも申し訳なくて・・・』

そういうとニッコリ微笑んでウンウンと頷いてくれている、よっしゃ!ひと先ずこれでその汚部屋の大掃除をしようかね。迎えに来てくれたタクシーに乗せてもらって部屋に入り、これはヤバイ奴だと素直に感じた。部屋に貼ってあるポスターを全部剥がしてゴミ袋に突っ込み、締め切られていた窓を全開にする。埃と何だかわからねえがとにかく臭せえ、人形も全部不燃物!カーペットをはぎ取ってみたら下はカビだらけ、

(こりゃ臭えし、よくこんな所に閉じこもっていられたもんだ)

なんて思いながら手を止めてねえさんとばあちゃんに声を掛ける。

『あのさあ、こいつの部屋全部リフォームするつもりでやっちゃっていい?後から出てきてゴチャゴチャいったらオレがぶっ飛ばしてやるからさ、だってこんな汚ねえ所にオレいられないもん・・・』

その困った表情に同情してくれたのかただ単に面白かったのか、2人ともケラケラと笑って頷いてくれた。よっしゃ、そんなら徹底的にやってやろうじゃないの!と初めて3日、結局壁紙も全部張り替えて汚い電球もLED証明に変更、窓も綺麗に拭いて薄汚れたカーテンは捨ててホームセンターで安いブラインドを買ってきて交換。カーペットは敷かずにフローリングにワックス掛けて、人形が飾られていた棚という棚は全部処分。途中何度も消臭しまくりながら出来上がった部屋は8畳間にリサイクルセンターで買ってきた安いながらも小綺麗なソファとガラスのテーブル、パイプ式の折り畳みベッドだけしかない風通しの良い部屋に生まれ変わった。朝昼晩と3食ちゃんと食わせてくれるんだけど、これが母ちゃんの味で旨くてさ!あんまりお行儀とかわからねえからガツガツ食べてたけど、嬉しそうにしてくれてたから何だかオレも嬉しかった。家族3人で綺麗になった部屋に集まって、このボンクラがどんだけ酷い奴だったのかを聞くたびにムカムカしたけれど、今現在少なくともねえさんもばあちゃんも嬉しそうにしてくれているから、まあ良しだな。しかし病院代から始まっていくら安く済ませたとはいえそこそこカネは掛かっている、コイツ貯金もしてねえみたいだし何とかして返したいが当てがねえ。そこで思いついたのが秋葉原のオタショップだ、オレにとっちゃあガラクタだが幾らか金になるんじゃねーか?なんて思いながら持ち込んでみたらなんと!人形やら服やらポスターやら全部合わせて350万だってよ、全部ねえさんとばあちゃんに渡したら涙流して喜んでくれた。今までどれだけ泣かせてきたか知らねえけど、こういう涙はきっといいんじゃないかな。その日の夜に晩飯食いながら、信じてもらえねえだろうけどって前置きをして「オレ物語」を2人に聞いてもらったんだけど、これがスッゲー食いつきで聞いてくれて泣いてくれるのよ。なんだか嬉しくなっちゃって、この時から「母ちゃんとばあちゃん」って呼ぶように変えたんだよ。

さてここからが正念場だ、先ず肉体改造から始めないとみっともなくて何もできやしねえ。毎朝毎晩走り込みをして汗かいている内に老廃物が出ていったんだろうな、顔の皮膚も綺麗になってきた。筋トレは近所の公園で最初は通報されたり変な目で見られたりもしたけれど、公園にタムロってる如何にも怪しい奴らを撃退してから何だか逆に良くしてもらえるようになってさ。もちろん公園の掃除やご近所さんの草取りなんかも筋トレになるから頑張ってやってたんだけど、こういうのって喜ばれるんだな。タワマンのジムでトレーニングするよりも空気はいいし人情味あるし、これはこれでなかなかいい生活だ。その半年後に身長こそ小っせえままだが、コンタクトにして歯医者通って差し歯に変えて身体バッキバキに鍛えたら、とても32歳には見えねえなかなかの美青年ができちまったわけさ。元のオレがどこで何してるのかわからねえけど、

(この状態であのホストクラブで勝負してみてえなぁ)

なんて思って面接行ったら一発合格。そりゃそうだろ、自分の居た所なんだからいいところも悪いところも全部わかってるっつーの!変わりように喜んでくれたかあちゃんとばあちゃんを心配させねえように、ちゃんと説明して晴れて新人ホスト、コウキとして働くことになったわけだ。

『ツレのレイヤが事故に遭ったって聞きました、オレが店に迷惑掛からない様にお客さん全部引き受けますんで』

って適当なこと言ってうまく入り込んだわけ。店のスタッフは勿論の事だけどシステムやお客さんの特徴とか好きなものとか全部知ってるし、溶け込むのにそんなに時間は掛からなかったな。毎月50万づつ母ちゃんとばあちゃんに渡せるようになってきた。それと心配させねえように実家に「ちょっと忙しいからなかなか帰れないけど頑張ってるからみんなも頑張れよ!」って手紙を書いていつも通り100万円仕送りしている分だけ贅沢は出来ないが、帰るとお風呂沸かしてくれてるしご飯作って待っててくれるし、今度2人を温泉にでも連れて行こうかな。


【オタクカウントダウン・2

何だかわからないけれど、耳が全然聞こえないし包帯で隠れて片目しか見えない。こんな状態だから眼鏡なんて掛けていないのに見えてしまうのが聊か不思議ではあるが、未だ呼吸器は外れないし身体は動かせない。僕がそっちの世界に行く事が出来なかったから部屋でメイちゃんは一人寂しくしているんだろうな、それにしてもババアもばあちゃんも僕がこんなに苦しんでいるっていう時に何やってるんだ!帰ったらしっかり躾をしてやらないと。いったい何回目の手術なんだろう、もう毎日痛みが酷すぎておかしくなりそうだ。それもこれもメイちゃんの世界に行かせてくれなかったババアのせいだ、あの野郎は粛清に値する!僕の事を馬鹿にした奴らにお見舞いしてやる「ユーラブハリケーン」だったけど、先ずはババアに食らわせてやる。こんなに全身動かせないのは、間違いなく国家の陰謀で僕という驚異を世の中から隔離しているとしか考えられない。いや、まてよ?逆に考えてみるのはどうだろう、何で腕や足や内臓まで手術する必要があるんだ?そうか!僕はスーパーヒーロー人造人間ガイアマンとして生まれ変わるべく、肉体改造されているってわけか。それならば説明はつく、だって僕は選ばれし上級なのだから世界の平和と秩序を守るために改造されるのは仕方のないことだ。ヒーローが居るからヒロインが輝いていられるのだから、ここはメイちゃんの為にも僕が頑張らなければいけないのだ。必ずヒーローとして2人きりのあの部屋に戻って、2度と君に寂しい思いはさせないから。

『・・・さん、聞こえますか?・・・さん?』

あー、やっと少し耳が聞こえるようになってきたって事は僕のス-パー集音システムもようやく装着されたって事で、マイクテストを行っているのか。これで神経を研ぎ澄ますと何キロも先に居る女の子達の救け声を聞く事が出来るのだろう、そして僕はそれを助けに行ってユーチューブとかにアップされるんだろうな。そうなるとたちまち人気者の人だかりができておちおち秋葉原のショップに歩いて行けなくなるから、変装用のグッズとか考えておかなきゃ。それにしてもまだ片目しか見えない・・・そうか、こっちだけ見えるという事は千里眼手術はとっくに終わっていて、もう片方は鋼鉄ををも溶かす特殊ビームの目に生まれ変わるのに時間がかかっているって事か!確かに千里眼よりビームを出す方が難しいだろうから時間がかかるのは仕方ない、ヒーローの辛いところだがここは甘んじて我慢しようじゃないか。「きっと貴方ならこの試練を乗り越えて立派なヒーローになってくれる」とヨメが僕を指名してくれたに違いない、これは世の中の弱者の為でもありヨメの願いなのだ!

【ホストのオタク.2】

『おい、おっさん!レイヤのツレって言ったっけ。アイツどこの病院に入院してるか知らねえか?一応顔出しとかないとスジ通らねえからよ』

ホストの世界はものすごく厳しい縦社会だ、新入りでまだ売り上げの届かない若造にこんな事を言われるのは仕方ない・・・しかしだ、今までずっとオレの下でヘコヘコしてきた下っ端のザコが、オレのいない所で呼び捨てだと?オレにぶん殴られて吹っ飛んだミライは呆然とした顔でこっちを見ている。

『おーい、兄ちゃん。テメエの事はアイツからしっかり聞いてるんだぜ?今お前「レイヤ」って呼び捨てにしたよなぁ、いつからそんなに偉くなったんだ?勘違いすんじゃねーぞクソガキが!』

倒れているミライを上から見おろしてネクタイを踏みつけ、ドタマにきたオレがそう凄んだ時に周りのホスト連中が止めに入り、どっちもが殴り掛かりそうな勢いを後ろから羽交い絞めにする形で拘束された。

『ホストの世界は縦社会だろうがよ!何でまだ売り上げが俺より低いこんなおっさんにやられて我慢しなきゃいけねーんだよ!』

ミライの言いたい事もわかるがオレが殴ったのは自分を「おっさん呼ばわり」されたことではなく、「レイヤ」と呼び捨てにした事に腹が立ったのだ。

『お前よ、レイヤの前で「さっきのセリフもう一度言え」っつって言えんのかよ、ああ?言えねーんだったらここで「ごめんなさい」しとけガキが!そしたら黙っておいてやるからよう、それともあいつをここに連れて来てやろうか?そんなことしたらテメエ、死ぬぜ?』

その時だった、店のガラス製の重い灰皿がオレ達2人の間をすり抜けるように飛んで行って壁にぶつかり粉々に割れた。

『テメエらそれくらいにしとけ、ミライの発言は頂けねえ。コウキは新人だからじゃねえ、レイヤの売り上げに届いてから偉そうに言え。以上』

灰皿を投げたのは不動のNO.1を守り続けているセイヤさんだった、彼に言われたら現役の頃のオレでも何も言えねえ、すごい迫力と完璧な口上だ。

『だってコイツ・・・』

口を開きかけたミライの声を遮って、

『オス、ありがとうございます!』

オレは誰よりも早くセイヤさんに頭を下げて、この世界での挨拶を通した。

『お前、コウキって言ったっけ。その挨拶はこの世界に身を置く者にとって必要な挨拶だ、何で新入りのお前がその挨拶を知っている?そして誰よりも早く反応してみせたのはなぜだ?』

この人に言われると内臓が凍り付く感じっていうか、ガチガチになるっていうか、何ともいえないもの凄い威圧感なのだ。その人が目の前まで来て背の低いオレの目線に合わせて膝を折り話し掛けている、ここで失礼があったら流石にヤバイと細胞レベルで感じ取った俺は、

『オス、発言よろしいでしょうか!』

とお伺いを立てる。これもこの世界では常識で、上の人間と喋る時には必ず口を開いていいかどうかお伺いを立てなければならない、逆に言えば伺いを立てずに反論しようとしたミライは礼儀の成っていないバカヤロウなのだ。

『よし、言ってみろ』

この言葉を聞いて初めて発言が許される、そして上に立つものはこの言葉を言った以上、全員が納得させるセリフを吐かなければならない。セイヤさんの事は長く見てきているが、このセリフが出た時に喋って無事だった奴は今まで居ない、ことごとく喋った人間が沈められてきたからだ、そしてオレは今返答次第ではこのカリスマホストに沈められかけているほど崖っぷちって事だ。

『オス、失礼します!2点よろしいでしょうか』

『ああ、許す』

『ありがとうございます。1点目、ミライがセイヤさんの言葉にお伺いを立てずに喋ろうとしたのを止めました!2点目、レイヤから「この世界は上下関係とお客様が絶対だ、それ以上でもそれ以下でもねえ。入るからには身体に叩きこんどけ!」と厳しく教わりました。以上です!』

折っていた膝を立ててオレを見降ろす形になったセイヤさんはそのまま静かに3歩下がり、お付きの者が差し出したキャスター付きの専用椅子に腰かけて左肘をついて口を開いた。

『コウキ・・・完璧だ、許す。ミライ・・・今から美容院行って坊主にしてこい、以上』

『オス、ありがとうございました!』

オレが肝を冷やしながら頭を下げた横で、ミライが喋る。

『セイヤさん、こんなおっさんに殴られて俺の方が売り上げ上位なのに納得いかないっすよ、おっさんが坊主にすべきだ!』

(あーあ、庇ってやったのにコイツ終わったな・・・)

そう思いながら冷や汗をかきながら俺は頭を下げたまま、その横で周囲の人間に椅子に座らされてバリカンで乱暴に丸刈りにされた上に着衣をはぎ取られ、店の外に放り出されたミライの姿をオレはプルプルしながら姿勢を保ったまま横目で見ていた。

『コウキ、頭上げてよし。ミライのお客様全員を必ず満足させろ、以上』

一部始終を見ていたセイヤさんはそう言い残し、店の奥に消えていった。

『オス、ありがとうございます!』

意見を求められた側が沈められるのは何度か見てきたが、今回の様に彼が「許す」と言ったのはオレ自身初めて目にした。途中で喋るとか意見するなんて考えられないし、「頭を上げてよい」と言われるまでは1時間でも2時間でも上げないのがこの世界の掟だ。ヤツはそれを破りオレはそれを守った、強いて言うならミライに手を上げたオレへの罰は

『ミライのお客様全員、必ず満足させろ』

だ。彼が全員と言ったら1人も欠けることなく失うことなく全員、これが出来なければオレも沈められるだろう・・・でもこれで悲壮感に駆られる様では中身NO.2のレイヤ様じゃねえ、完璧にやってやる!

『おい、ミライのお客様リスト全部持ってこい』

もちろん全員が上顧客ではなく、たまにご来店されて軽く一杯だけお召し上がりになられるお客様もこの中には含まれる。だがミライのお客様リストに名前があるって事は、ヤツが指名されたことがあるって事だ。オレは30冊は下らないであろうお客様リストを一晩掛けて全て頭に入れ、翌日からリストにある全てのお客様に丁寧に接客をしてリピート率を上げていった。今まで高身長のロングヘアイケメンホストだったものが、低身長の短髪オヤジになってしまった事に最初はかなり落ち込んだがオレにはトーク力がある。要は引き継いだお客様に「レイヤの事は何でも知っている可愛いオジサマ」だというイメージを埋め込んでしまえばいいんだ。何でもそうだがピンチってのはうまく転がせばチャンスになるってもんで、腐らせて捨ててしまうのか熟成させて美味しくいただくのか、果物や肉や魚とそう大して変わりはねえ。だけど身をもって感じるのは、23歳の常に美を意識していた肉体に比べるとこの身体は維持させるのが大変だって事だ、食ったら食った分だけ肉になりやすい。これは年齢的なものもあるかもしれないが、この年まで生きてきた中で圧倒的に運動不足な生活をしてきたものだから、細い筋肉繊維の上に乗っかった脂肪は何とか落とせたものの、弛んだ皮は元に戻らねーし結構大変だ。コンタクトレンズは前の身体の時からカラコン使ってたからまあいいとしても、1日に3回も4回も髭を剃らなきゃいけねえのは勘弁してほしいって事で、3か月かけて全身脱毛に通いながら日サロでコンガリ焼くという全く違うスタイルを作っていった。ホストは一般的に色白で透き通る肌の方が好まれるが、それはタッパがあって中性的な顔をした高身長イケメンスタイルで初めて成立するものだ。今のオレのような背の低いチンチクリンではそれこそ見た目で女の子かどうかわからないほどの美少年じゃないと透けるような美白は通用しない、32歳オッサンの肌は脱毛してもキタネエし太っていた時の名残で肉割れが見えちまうから、これは焼いて隠した方がいい。あとは弛んでぶら下がっている皮を何とかしなきゃいかんな、こいつはサウナ行って氷水で引き締めての繰り返しで引き締めるしかないな。レイヤの頃はアクセは全てシルバーで統一していたが、この身体でワイルドにブチアゲルとなるとゴールドだな!しかし表情がイマイチ決まらねえ、前みたいにナキボクロ的なタトゥーを軽く入れてみるか。あとはそうだな、顔も小さくなったことだしココはツーブロックだな、そんでもって少しアッシュを入れてみよう。なかなか決まってきたじゃんか!

【オタクカウントダウン・1

『・・・ださん?つだりょうへいさん、聞こえますか?聞こえたらこちらを見てください』

ツダリョウヘイ?なるほどね、32年生きてきた岡崎浩二ともお別れしなければならない時が来たようだ、もう一般人として生きていられないから防衛相から名前を与えられたってことか。目を動かした途端に助手が慌て始めた、たかだか千里眼が動く事がそんなに珍しいのか?もともと僕が眼鏡を掛けていたのは見てはいけないものを見えない様にする為だ、眼鏡を掛けていない状態では壁に掛けてあるヨメが裸に見えてしまう。そんな恥ずかしい思いをさせられないからとこの特殊能力を封印していたのに、クックック!しかし生まれ変わった僕を見て店長は驚くだろうな・・・「そんな、ヒーローからお代金は頂けません!」とか言われてもそこはちゃんと払うのが民衆のお手本である特殊能力者なのだから、でもこれからはババアに言わなくてもコマーシャルとかにちょっと出演してやれば僕が買いに行かなくても向こうから「貰ってください」って来るかー。いやまて、そこは義理を欠いちゃあいけない!ちゃんと店長から買ってあげられるように僕だけの秘密回線番号を彼だけには教えておかなければならない。まだ意識がうすぼんやりしているのは体中あちこちを改造しているからなのだろう、ハッキリ覚醒しても能力を制御する訓練もしておかないと誰かを誤って傷つけてしまうかもしれない。それにしても見えるだけでも一体どれだけの血液を入れ替えているんだ?いくら特殊水銀強化血液に交換するとはいえ・・・そうか、あまり急激に交換してしまって万が一にも身体が拒否反応を起こしてもいけないという憂慮からか!意識と思いとは裏腹に僕の身体はそもそも人間、ゆっくりやらないと何か事故が起こった時に国際組織が黙っていないだろう。

長い時間を掛けて呼吸器が外され、人造人間の身体で呼吸をするという訓練だ。「熱い、喉が焼けそうだ」というこの苦痛にも耐えねばならない、恐らくここにも何かしらの攻撃装置が組み込まれていて、気を抜くと壁をぶち抜いてしまう程の波動砲を吐いてしまうかもしれない。我慢してゆっくり呼吸をする事に努めるんだ、こんな初歩で負けてたまるか!右腕には力が入りそうだが左腕は痛みだけだ、これも脱着可能式な火炎放射器なり機関銃なりに交換されるように手術中なのだろう。やれやれ、こうなってしまってはもう僕自身が銃刀法違反ではないか。恐らく国家防衛相直轄だから僕だけはそれが許されるのであろう、もしかしたらさっきの名前も病院内だけで外に出たらコードネームになるかもしれない。脚は両方感覚がない、どっちだ?ジェットエンジンを搭載するのか圧縮された高濃度酸素によって秒速で走る事が出来る改造か・・・まあいい、装着されてからのお楽しみとしよう。国家エージェントとしてこの部屋から出るのにもまだ時間は掛かりそうだ、それも仕方あるまい、僕は特別なのだから。

【ホストのオタク.3】

久しぶりの休日、

『たまにはみんな揃って仲良くコンビニに買い物に行こうぜ』

と、昼ご飯を作ろうと立ち上がった母ちゃんを引き留めて母ちゃんとばあちゃんとコンビニへ向かう。

(いつも自炊でアカギレだらけの母ちゃんと、ほとんど家から出ないばあちゃんにちょっと遅めの昼飯だけどたまにはコンビニで済ませるのも悪くない)

そう思って天気のいい昼間に2人を連れ出し、近所のコンビニに向かった。

『母ちゃんもばあちゃんも、コンビニの弁当とか肉まんとか普段食わねーだろ?スイーツだって最近の物はめちゃくちゃ研究されてて、その辺の百貨店の物より美味いんだぜ?』

近所のコンビニとはいえ高齢のばあちゃんが行くことはまずないし、母ちゃんだってスーパーのチラシを見て1円でも安く済ませられるように買い物をする習慣は抜けないらしい。貧乏な暮らしをさせない様に毎月50万円入れているのだが、「何だかもったいなくて」と貯金しちまうものだから、こんな天気のいい日くらいたまにはこうやって連れ出してやらねえと、何のために毒息子から解放されたのかわからねえ。コンビニで買ったばかりの肉まんを頬張りながら歩いて他愛のない話をしていると、スマホが鳴った。

『んだよ、休みの日まで連絡してくるんじゃねーよ!』

と言いながら表示された名前を見て手に持っていた肉まんを一気に口の中に押し込み、

『母ちゃんばあちゃん悪い、会社の上司から連絡だわ』

と先に歩いてもらって電話に出る。

『オス、コウキです!お疲れ様です!』

『おつかれ。休みの日にすまんな、店に来ることできるか?』

『はい、すぐ向かいます!』

セイヤさんからの急に呼び出しを受けたオレは前を歩いていた2人に追いつき、

『ごめんな、上司が来てくれるか?って言うもんだからさ、どんな用事かわからねえけどこういう時って助け合いが必要じゃん?ちょっと行ってきてもいいかな・・・』

『本当に優しい子だねぇ、近所だしちゃんと帰れるから大丈夫よ。本当にうちの子になってくれてばあちゃんも母ちゃんも嬉しいよ』

笑顔で手を振ってくれる2人を残して走って大通りまで出たオレは、タクシーに乗り込み急いでセイヤさんの元に向かった。

(休みの日に、それもセイヤさん直々に連絡があるなんて初めてだ・・・全く想像がつかねえ、どうした何があった?)

【オタクカウントダウン・0】

ドクターの額にある反射板に写った僕の顔はまだ包帯でぐるぐる巻きにされており、片目だけが写っている状態だ。仕方あるまい、その素顔を知るものは限られた者だけにしておかないと国家機密事項なのだから顔バレしてしまっては元も子もない。それにしても自分で救急車を呼んでおいてこれだけの期間一回も見舞いに来ないとは、ババア達は何をやっているんだ・・・待て待て、僕の存在は国家機密だから民衆共の記憶は改ざんされて消されているのかもしれない。だとすると真っ先に記憶が消されるのはババア達だ、そうかそう言う事だったのか!まったく僕としたことが、毎日片目で同じ景色ばかり見ているせいか物事の本質が見えなくなってきている。こんな事では国家エージェントは務まらないぞ・・・

『人工心肺準備して!AEDの準備、それと強心剤注射!それまで心臓マッサージの手を止めないで・・・』

ああ、痛みもなくすごく安らかな気分だ。

『13時38分、死亡確認。ご家族に連絡を』

【ホストのオタク.4】

モヤモヤしながら到着し、ダッシュで部屋の前まで行って身なりを整え扉をノックすると

『挨拶はいい、入れ』

普通は大きな声で挨拶をして入るべきところだが彼の言うことは絶対だ、「挨拶はいい」と言われたら静かに入って静かに扉を閉めるのがこの場合は正しい礼儀作法ってもんだ。黙ってお辞儀だけして部屋に入り静かに扉を閉めると、セイヤさんはお付きの者に部屋から出ていくように手で合図した、これにより部屋の中にはとんでもない威圧感を持ったこの店のドンとオレの二人っきりになってしまった。

『座れ、挨拶はいい』

指をさされたソファに迅速に浅めに腰かけ、背筋を伸ばす。

『津田良平の身体が終わったって病院からさっき電話があった』

いきなり意味が分からない。

(津田良平ってオレですけど・・・身体が終わったってどういうこと?)

深い溜息と共にドンは目の前に深く座り、

『何が起こっているのか俺にもわからんがコウキよ、オマエの中身はレイヤだろ?癖から仕草まで瓜二つだから少なくとも俺にはわかる。そして病院から連絡があったって事はオマエの身体に入っちまった誰かの命が終わったって事だろう、要するにオマエの身体は回復することなく死んだって事だ』

これを聞いてドッと汗が噴き出した。

『え、何で。オレが死んだ・・・』

呆然として思わず声が出たオレに、彼は言う。

『オマエが事故ったって聞いた時、病院に行ってその姿を見てきた。そしてこれは実家のご両親に見せてはいけない姿だと判断したから連絡しなかった、そしたらオマエが店に現れた。ミライとのやり取りの時にわかったよ、レイヤだって。そしてオマエならミライのお客様を全部預けても大丈夫だと確信したから任せた、そこまでは良かったが・・・まさかこんな結末になるとはな』

『オス、発言・・・よろしいですか』

『ああ、挨拶はいい。何でも言え』

『あの、オレの身体はどんな状態だったんですか?』

『首都高での事故か、反対車線まで飛び出して大破炎上。両脚と片腕切断でほとんど全身火傷、医者は全治2年って言ってたけど治ったところで多分オマエだってわからねえ程の状態だった。今はどんな暮らしをしているんだ?』

『そ、そうっすか・・・。オレ、確かにこの身体の親と今暮らしているんです。すっごく優しい母ちゃんとばあちゃんで、この身体のヤツが生きていた時はオタで働きもせずに暴力振るってたって。全部掃除していま親孝行してるんすけどもの凄く喜んでくれて・・・本物のオレの実家にも行ってきました。やっぱ最初は不振がられたんですけど、ちゃんと説明してチビ達とも風呂入って津田良平である事を証明して「整形したと思ってくれ」って言ってこっち帰ってきて、もちろんちゃんと仕送りもしています。中身がオレだって事、黙っててすいませんでした!2人の母ちゃんを困らせるわけにはいかないんで、何とか店に置いてもらえないでしょうか。便所掃除でも何でもやりますんで、どうかお願いします』

ソファから絨毯の上に下りたオレは額を擦り付けながら必死で頼み込んだ。あんなに優しい母ちゃんとばあちゃんを、そして実家の皆を路頭に迷わせることだけはしちゃいけないという強い思いからだった。セイヤさんはオレの腕を掴んで立たせ、「ソファに座れ」と指さした。

『俺はあの時「許す」と言ったはずだ、それは何も変わらない。そしてミライとレイヤのお客様にリサーチもさせたが不満どころか誉め言葉しか出てこねえし、売り上げもアップしている。先ずは俺達でレイヤの身体をちゃんと仏さんの所に送ってから本物のご両親の元にレイヤのお骨を届けよう、実家のみなさんも肉体は無くなったとはいえ、オマエが居るんだから気分も違うだろう』

そう言って「首都高でスポーツカー事故炎上、運転手は意識不明の重体」と書かれた新聞をオレに手渡した。写真には車が炎上して黒煙が上がっているモノクロ写真が掲載されており、車は大破してどちらが前なのかわからない状態で炎が上がっている。

「3日13時頃、首都高速道路を猛スピードで走行していたスポーツカーが運転操作を誤って壁に激突し、その弾みで中央分離帯に乗り上げて対向車線にはみ出し激しく炎上した。運転していた津田良平さん(23)は全身を強く打ち全身にやけどを負って意識不明の重体、病院に運ばれたが意識は回復していない。警察はスピードの出しすぎでカーブを曲がり切れず、壁に激突したものとして詳細を調べている」

と記事には書いてあった。

(こりゃあとんでもねえ事故だ、即死でもおかしくねえのに逆によくここまで頑張ったもんだ・・・)

と他人事のようにまじまじと見ていた新聞をひょいと取られ、

『帰って喪服着てこい、家まで迎えに行ってやるから一緒にレイヤを引き取りに行くぞ』

お辞儀をして外に出てタクシーを捕まえようとしたその時、現実がもの凄いスピードで頭の中を走り抜け、オレは挙げていた手を下ろしセイヤさんの部屋に戻った。

『ハアハア、すみません・・・この身体になってから喪服とか作ってないものですから仕事着しかありません!』

病院で母ちゃんとばあちゃんに優しくしてもらって違う身体で職場復帰を果たしたオレは、同僚にお古のスーツを譲ってもらって裾上げして大切に着ていたものだから職場用スーツは何着かある。どれも肩パットの入ったとても病院に着ていけるようなものではなく、ラメ入りでキンキラキンなのである。セイヤさんはお付きの者を内線電話で呼び出し、

『ミライの喪服あっただろ?急いで裾上げしろ』

と命じた。お客様の前でクジャクが羽を広げるように美しく振る舞わなければならない商売だけに、衣装に対するスペシャリストは常駐しているのだ。ピッタリとまで行かないまでも30分ほどでオレの身体に合う喪服が完成し、我々は病院に向かった。地下二階にヒンヤリとした霊安室があり、そこに案内された我々の目に写ったのは既に棺に入っていた包帯グルグル巻きのレイヤだった。かろうじて瞑っている片目だけは確認できるが、首から下は白いシーツで覆われていて見えない様になっている。胸の上で両手を組むように安置されるのだが、そのシーツのふくらみから片腕しかないのがわかるし、両方膝から下の膨らみがないことから足が無いのもわかった。

『あまり見ないほうがいい、このまま役所の火葬許可取って火葬しよう。お母様にもこんな姿見せられないだろう?オマエがお骨を持って俺と一緒に実家に行けばご家族もわかってくれるんじゃねーか?』

そう促され、お付きの者達にも「口外無用」で粛々とセイヤさん指示の元に動き、俺の器は小さな骨壺に収まって実家に帰る事となった。どうやら事故の事は知っていたようだがセイヤさんが

『面会謝絶なので病院に来ても本人には会えません。入院費から治療代まで私が責任をもって面倒を見ますので・・・』

と言ってくれていたようで変わり果てた息子の姿に最初は泣いていた母ちゃん達だったが、目の前でオレ自身が

『遺影にはめっちゃイケメンの時を使ってくれ!歯が綺麗なヤツ』

などと、顔は変われどいつもの様に陽気に話をしている姿を見てそこまで悲壮感なく

『また二人で遊びに来てね』

という空気で実家をあとにできた。セイヤさんがもの凄く気もお金も使ってくれた事は身に染みてわかるし、何とお礼を言っていいのかわからない状態で口を開こうとした時、

『ご家族のみなさんが安心してくれた、今はこれでいい。これから両家の家族をオマエは責任をもって幸せにしなければならないし、俺も協力するからよろしく』

と言われた。ありがたいやら申し訳ないやらでボロボロ泣いているオレに、セイヤさんは優しくポンと肩に手を置いて笑ってくれた。この事実をオタの実家に戻って母ちゃんとばあちゃんに話し、オレはそれまでなかなか聞けなかったこの身体の持ち主だったヤツの生い立ちを2人から聞いた。

産まれた時から4000グラムを超えるデカイ赤ちゃんとして生を受け、中学校位までは素直で優しい背の大きな子どもとして育ったらしい。高校に入ってその時女の子の間で流行っていた「※告白フェイク」に引っ掛かり、

※告白フェイクとは女の子達の間で流行った遊びで、あまり目立たない男の子に対してラブレターを送って、男の子からアクションがあったら「釣れた!」とキャーキャー言い合うある意味残酷なフェイクゲームの事。

一気に人間不信にまでなってしまったようだ。そこから2次元にどっぷりとはまり込み、両親の離婚もあって引きこもりの生活が始まったらしい。成績は良かったので進学校に進んだが、オタ気質のせいでいじめに遭い不登校になってしまったとのこと。父親という歯止めが居なかったことも重なって家庭内暴力が始まり、「働いたら負けである」という変なオタ文化にどっぷりと浸かって母ちゃんやばあちゃんの年金からも下らねえ人形を買うのに暴れていたそうだ。確かに初めて部屋に入った時に何とも言えない不気味な空間にゾッとしたのを覚えている、四方八方同じ顔をしたアニメのキャラクターみたいなやつに常時見張られてるっつーか、それが人形もポスターもタペストリーもキーホルダーも全部同じ顔。どこかの漫画家さんが描いたキャラクターに声優さんが声をつけただけのものだろうに、こんなもんにメンタル持っていかれているようではそりゃダメだ。しかも、

『僕は特別な上級国民だ!ヨメに触るな!』

が決まっていつも出るセリフだったようだ、おもっくそ中二病じゃねーか。それに引き換えオレは、小さい時にとび職だった親父が落下事故で死んでからちょいグレて喧嘩ばっかりしてた時期はあったけれど、一生懸命俺らを食わしてくれる母ちゃんに兄姉みんな感謝していたし、姉ちゃんが出戻りしたって

『娘が孫という宝物を持って帰って来てくれて嬉しいわ』

という実に人間らしい環境で育ったこともあり、コイツの人間不信にまでなっちまう気持ちが1mmも理解できなかった。オレがホストを始めたのは金払いがいい事とスカウトされたからであって、女性を騙くらかしてやろうとかそんな下劣な事を考えての事じゃない。モテてきたかモテてこなかったかといえばそりゃモテてこなかったといえば噓になるが、でも中途半端に女心を弄んだりしたことは一度もないし、どちらかと言えばヤロウ同士でつるんでバカやっている方が多かったな。本気で悩んでいる女の子の相談に乗ったりしてきた経験はそんじょそこらの男どもより多かったし、アホな中二病ヤロウどもが訳のわかんねえ事を妄想している時期にオレがそんな思考にならなかったのは、何より姉ちゃんがいたってのが大きかったのかもしれない。一緒に育ってきた中に女性がいると、生理が来るなんて当たり前だったし男だって風呂から出る時はちゃんと身だしなみを整えて浴室から出たものだ。

『そんなこんなで、息子さんは歪んじまったんだと思うぜ、オレは』

と2人に話をすると妙に納得されちまってなんだか不思議な感じだったが、実際にいま女性をお客様とするホストという仕事をしてみて感じるのは、やっぱり全く女っ気のない環境で育ったのではなく、姉ちゃんからのアドバイスやら小言やらが女性の考え方や気持ちとして少なからず理解できるというところなのではないかって改めて思った。

【ホストのオタク.5】

週替わりで2つある実家に顔を出している内に両家の母親同士が仲良くなってしまうという不思議な状態が起きながらも、オレとしては全く困ることなくむしろ仲良くしてくれるんならそっちの方がいいわけで、今まで以上に仕事に力を入れて成績もどんどん伸びていった。レイヤとしての経験に見てくれは小さくなっちまったけど、お客様からアドバイスをもらいながら時計やらアクセサリーを選んでいけたのは、今までの貰いっぱなしに比べると

(会話ができるいい機会が増えた)

って前向きに考えられるようになってきた。レイヤの器が終わっちまってからちょうど1年が経とうとした頃から、これも周りの人に言われるまで気付かなかったんだけど、無意識にちょっとおかしなところが出始めた。

『うん、そうだよねー!わかったって、今度遊びに行くからさぁ!また店にも顔だしてほしいでござる』

まったく意識してねーんだけど、ちょいちょいお客様から聞き返されるもんだから、

(活舌悪くなっちまったのか?)

って思って、

『あえいうえおあお、かけきくけこかこ、させしすせそさそ』

なんて発声練習続けているんだけど、やっぱり

『え、コウキクンなんて言ったの?』

って聞き返されるんだよなー。

『今日は遊びに来てくれてありがとう、スッゲー楽しかったよ!よかったら今度はお友達も連れてきてよ、ボトル一本サービスしちゃいマッスル』

丁寧にお辞儀しながらしゃべってるんだぜ?オレ自身は

『ボトル一本、サービスさせていただきます!』

って言ってるつもりなんだよ、それでもセイヤさんから

『コウキ、舐めてんのか!』

って叱られてさぁ、何を叱られてるのかわからねえから真剣に訊きに行っても教えてくれねえし。別に女性からの受けが悪いってわけじゃないんだけど、セイヤさんはあんまり口きいてくれなくなってきたから

(なんだかオレ、やばいかも)

って思って、携帯で会話の最初から最後まで録音して聞いてみて・・・わかったんだよ、「言葉の節々になんか変なこと言ってる」ってのが。別にだらけていい加減に仕事しているつもりはねえし、お客様からお代金を頂戴している以上は最後まで気を抜かねえよ。でも誠心誠意、

『ありがとうございました、また遊びにいらしてくださいませ!』

って言っているつもりが、

『ありがとうございまする、また遊びにいらしてくだされ!』

って録音に残ってるんだよ。そんな言葉知らねえし使った事もねえから、録音聞き直して本気で悩んで頭抱えて店の隅に1人で座っていたら・・・セイヤさんからのお呼び出し。速攻で駆けつけてドアをノックして

『オス、コウキ参りました!失礼します』

って言って中に入れてもらったらいきなりグラスが飛んできたんだよ、もうオレ訳わかんなくなって、恥ずかしげもなく泣きながら正直に全部話したんだよ。そしたら

『オマエ、今の挨拶録音してねえのか?』

ってすっげー怖い顔で言われたからさ、

『オス、接客に備えて充電しております!』

って答えたんだけど、返ってきた言葉は

『マジか・・・なんだそれ』

だった。本当に意味が分かんねえ、何一つ自分にもセイヤさんにもお客様にも不義理な事はしちゃいねえって気分で立ってたら、

『オマエの言葉、そのまま繰り返して聞かせてやる』

って。

『オイッス、コウキ参りましたたたた!失礼するでござる』

『オイッス、接客に備えて充電してござそうろう』

だ。

(もうヤダ、本当に訳わかんねえ!セイヤさんがオレをわざわざ呼び出しておちょくるなんてことしねーし、そんな言葉遣ったらブチ切れられる事くらいわかってるし・・・)

『お、す、は、つ、げ、ん、よ、ろ、し、い、で、す、か?』

訳わかんねえから一文字ずつ間違えない様に言ったら、

『もういい、普通に喋れ』

って言われたから、

『セイヤさん、はあん、訳わかんなくて草。自分では全然自覚なっしんぐ、でもそんな失礼なこと申して申し訳ござらん。ホスト辞めまっする・・・』

って泣きながら言ったんだよ。そしたらセイヤさん腹抱えて笑い出してさ、

『オマエ、自覚ナシにそれ喋ってるなら天才だぜ?オタが乗り移ってんじゃねーの?』

って。ゲラゲラ腹抱えて笑ってるのよ、こっちが真剣に泣きながら悩んで相談してるのに・・・

『おんもしれえな!中身がレイヤだってこたあわかってるし、何があったのかも俺は分かってるからよ。お客様が不快じゃねーんならいいわ、売り上げ伸びてきてるし、見た目しょぼそうなお客さんが最近増えてもの凄い金落としてくれるのはオマエのお陰ってわけだ!こいつはいい、うける!!』

何だかわかんねえけれど、オレは許されたのか?翌日、自分の接客している音声を携帯じゃなくてレコーダーに録音して貰って聞いた俺は愕然とした。

(ナニコレ、オタじゃん・・・)

でもお客様の以前より喜んでいらっしゃる声が一緒に録音されている、セイヤさんが言ってた「お客様が不快じゃなければ・・・」というのはこのことか!それからオレのオタ語は気づかない所で進んでいく。

『コウキさん、何かずーっと鼻息荒くフンフン言ってますけど・・・』

『コウキさん、独り言多いっすね・・・自分で言って笑ってますし』

こんな事を後輩から言われるようになり、オレは腹の底から自分というものが初めて嫌になっていくのを感じてオタの親に相談した。

『貴方が生きていてくれること、それだけで十分。だってこんなに優しいんですもの!これからも幸せのおすそ分けをして下さいね』

母ちゃんにこんなこと言われたら、「自分が嫌」なんて言ってる場合ではないだろう、少なくとも母ちゃんに幸せのおすそ分けが出来ているんだったらそれでいいじゃないか、オレの中で何かが吹っ切れた感じがした。

毎日録音して毎日聞いている内に、だんだんと使い分けができるようになってき始めている。キチンとしたお客様にはキチンと、ちょっと砕けた方がお好みのお客様にはちょっと砕けて、男性慣れしていないお客様で敷居が高く来店できなかったようなお客様にはそれなりに・・・ただ、ちょっと困るのは男性慣れしていないお客様は遊び方がわかっていらっしゃらないので本気になられることがある。これがオレに対してなら対応できるのだが、他の仲間ホストから「お客様を無下に出来ずに対応に困っている」という声が上がったので、

『そういう時は、「すまぬ、ヨメに出会う前なら君という存在を心のどこかに留めておく事が出来たかもしれぬ。でもこう見えてヨメ一途ゆえ、貴殿も家に帰るが良かろう。また遊びに来てほしいのである、来てきぼんんんんんぬ!」と言えばいい』

という何の授業をしているんだかわからないが、仲間達は必死でメモを取っていた。オレもそうだったが知らない内に差別して別世界の人間として見てしまっていたところがあった、でもその世界の女性をお客様として迎え入れる事がこんなに売り上げにつながり間口を広げられることになろうなんて思いもしなかった。この店は日本で初めての「オタが立ち入ることのできるホストクラブ」として日本各地からご来店いただけるようになったのだ。やっとセイヤさんに追いつけるかもしれない・・・という時に、事件は起こった。マンションの自室から転落死したのだ、原因はよくわからないがベランダを乗り越えて落下し、コンクリートに打ち付けられて即死だったらしい。犯罪の線も含めて店に毎日のように聞き込みに来られるが、誰一人として思い当たる節は無かった。

そういえば、「可愛い妹みたいな存在が出来た」と喜んで普段はあまり出ない表舞台にも立ち、嬉しそうに働いていた姿は見て知っているが、そんな自殺を選んでしまう様な要因は何も思いつかない。知名度のある人というのは味方も多ければ敵も多いものだが、彼の場合は誰かに羨ましがられる事はあっても嫌われたり恨みを買ったりするようなタイプではない事はこの店にいる全員が知っている。

カリスマトップが居なくなったことによって我々のお客様に対する経営方針的なものが大きく二分化されたのも確かな事実で、今までのスッキリサッパリとしたホストクラブスタイルを選ぶものは店に残りレイラグループとしてオレと並ぶNO.2についていき、いろいろなタイプのお客様大歓迎というコウキグループとして、イケメンレイラグループの店名は「咲紅夜」、黒執事に憧れてホストになったアイツらしいネーミングだ。対してイケメンだけど幅広いお客様に来ていただけるコウキグループの店名は「言魂」と名付けた。その名の通り「言葉に魂が宿る、会話重視のお店」という意味だ。


まだまだ続きますが、今回はここまで( *´艸`)💕 三作品同時に書いているので少し出版が遅くなりますが、できるだけ沢山の方を登場させたいと思います。今後ともみなさん仲良くしてくださいね!

                          りゅうこころ

重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。