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私のひだりをかえして・・・ 第四話  「完結長編小説」

 変わってしまった私

2013年11月13日

 性被害者の私に対する酷い誹謗中傷で、家の壁に「ヘンタイ」「消えろ!」などとスプレーで落書きされたり、自暴自棄になった母親が自殺を図ったり。もちろんその後も家に住んでいられるわけもなく、私たちは同じ市内で学区違いの1DKアパートに引っ越し、再び母子二人の生活が始まった。

母は生活費のために水商売で生活費を稼ぎ、私は軽いノリで誘われた「パパ活」たるものに身を落としていった。最初は罪悪感もあったが途中から全く無くなり、むしろ

(制服着ているだけでこんなに金を払う変態どもからごっそり巻き上げてやればいい)

ある意味冷たく割り切った感覚になっていた。こういう目的のオトコはちゃんと避妊しないと児童買春で訴えられた時に困るので、きっちり避妊具を着けるし、目をつぶって頭の中で2~3曲くらい歌った頃には事は終わっている。

パパ活仲間の中には

『後でちゃんと払うから』

いい加減な言葉に押し切られて泣きを見る子もいたけれど、私の場合は完全前払いでしか受けなかったから取りっぱぐれる事もなかった。中には気前のいいおっさんもいて、

『10万払うから』

なんていう金持ちの変態も居たなぁ・・・それだけ払う代償に見合う口止め料なのだろう、

(誰にも言うかよ、気持ち悪い! さっさと終われ、カス!)

なんて頭の中で思いながらもいい金蔓なだけに、私はいつも決まった曲を頭の中で歌ってやり過ごしていた。お金に罪はない、受け取ったお金は使わなければ意味がない、だから変態どもの代わりに私が正しく消費してあげるのだ。これだけ長い事騙されてきたんだ、男性恐怖なんて微塵もなくなりオトコなんて金の生る木にしかみえない。

 そんなこんなで月日は流れて今私は白くなった窓ガラスに「だっりぃ!」と書いて音楽を聴きながらネットサーフィンをしている。

この頃から私は、

(自分は21歳である)

と嘯いて、キャバクラで働くようになる。私は源氏名で「レイラ」を名乗っていて、相変わらずスケベ心丸出しのだらしない男ばかりやって来るが、パパ活の時に比べると貰える金額が何十倍も違うので、バカバカしくてもうあの頃には戻れない。

 そんなある日、ちょっと雰囲気の違う若くてカッコいい客が私を指名してきた。キップが良くどんどんボトルを入れてくれるし、

『お前、未成年だろ? 面白いから俺がお前をこの店のナンバーワンにしてやるよ』

ほぼ毎日来ては必ず私を指名して日に500万円くらい平気で使っていく。凄い時にはテレビで見た事のある芸能人たちを何十人も引き連れて、一晩で2000万くらい落としてスマートにブラックカードで支払っていく。そうなると一般的には同伴出勤のような個別交渉を求めてくる男が多い中で、この男性は一切私とのそれを求めてこない。ただ、オーナーに

『おい、あと幾らであの娘はナンバーワンになれるんだ?』

聞くだけだ。ある日いつもの様に彼がやってきて、

『明日だ、明日お前はこの店どころかこの界隈でナンバーワンになる。いや、俺がしてみせる』

言っていつもの様に1000万円単位のお金を落として帰っていった。翌日

『おはようございまーす』

出勤すると

『レイラちゃん、歌舞伎町ナンバーワンおめでとう!』

店内ぎゅうぎゅうのお客様やオーナー、そして金色のシャンパンタワーと仲間たち、何より彼から超ド派手なクラッカーお出迎えを受けたのだった。「この店から歌舞伎町ナンバーワンが出た」というのが初めてらしく、特別報酬金5000万円という副賞付き。私はなぜか私を気に入ってくれた彼の力によって、この界隈どころか日本全国の猛者たちが集まるこの歌舞伎町で頂に登らせてもらえた。

 彼は私が未成年であるのを見抜き、

『学校で酒くせえって言われたら退学になっちまうぞ?』

高価なボトルを入れるだけ入れて、ガンガン他の客やら女の子に飲ませてしまって私には全くアルコールを飲ませない様に配慮してくれるし、オーナーに

『おい、100万のボトルを毎日入れてやるから彼女を21時には必ず帰らせろ!』

翌日の学校まで考えて早く帰れるようにしてくれているし、

『お前、妹みたいでかわいいんだよなぁ。普通妹に手は出さねえだろ?』

言っていつもスマートに超高級車の送迎付きで来店しては

『じゃあな、レイラ』

言って爆音と共に去ってゆく。小学校の頃から騙されて洗脳されて弄ばれてきた私にとって

(自分の身体が目的ではないのにここまでしてくれる)

というのはもはや神様にしか見えない領域の、奇跡みたいな出来事なのだ。

 そんな彼がある日、

『レイラ、ちょっと頼みがある・・・』

言ってきた。私はお金だろうが何だろうが、彼の為なら何でも恩返しするつもりでいたのでお店のソファの上に正座して真っすぐに彼の顔を見ると、

『あはは、そんな内臓くれって言われたような顔してんじゃねーよ! 明日19時に来るからよ、卵焼き作っておいてくれねーか?』

『はい、え? 卵焼きですか?』

『おう、あまーいヤツな。俺あれが大好きでよ、頼むわ!』

『え、でも、卵焼きくらいセイヤさんならいつでも食べられるんじゃ・・・』

『バーカ、かわいい妹の作ってくれた卵焼きが食いてえんだよ、じゃあ頼んだぜ!』

そう言って彼は風のように帰っていった。

次の日はうんと早起きをして、私は明け方4時頃に帰ってきたお母さんに

『あまーい卵焼きの作り方を教えてください、お願いします!』

早朝からの特訓を丁寧にお願いした。綺麗に焼けるまでコンビニで買い込んでおいた卵を四パック全部使いきって練習し卵焼きの最高傑作を作りだした。さすがお母さん、焼き方を手際良く教えてくれた。しっかり余熱してから強火で焼かないとふっくらしない事や、卵を混ぜすぎてもボリュームが出ないこと、酢をほんの一滴入れると黄色が鮮やかに出るなんて・・・教わらなければ絶対に分からなかった。大量の失敗作卵焼きはその日のうちに学校に持って行ってイモどもにバラまいてやれば豚の様に食いやがる、全く滑稽な事だ。

 私はその夜、一番綺麗に出来たであろう卵焼きを見栄えも何も考えず普通のタッパーに入れて持っていき、彼の前に出した。

『ちょっと、セイヤさんに何あれ? めっちゃ普通の安いタッパーじゃない? しかもなんだか見た目からして美味しくなさそう・・・』

先輩たちにこんな事を言われながら悔しくて下を向いていると、

『うお、うっめー! これこれ、これが食いたかったんだよ! おいオーナー、5000万入れてやるからレイラを笑ったヤツラ全員クビにしろ! テメエラ風俗でも紹介してやろうか?』

と普段は端正な顔立ちのセイヤさんが喜色満面、顔をくしゃくしゃにして笑いながら口いっぱいに卵焼きを詰め込んでいる。

(か、かわいい・・・)

 彼の方が年上なのに、こんな素人の高校生が作ったものをあんなに美味しそうに食べてくれて、そして意地悪な先輩たちからも守ってくれて。私にとって改めてセイヤさんは神以外の何物でもない存在になっていった。それからも

『レイラ、出来る限りでいいからよ。俺にお弁当作ってきてくれ』

というお願いをされ、

『クラスに好きな男の子が出来てさ、お弁当作りたいから教えて!』

お母さんを安心させる意味でも安い嘘をついては一緒に台所に立ち、小さいハンバーグを作ったり、赤いウインナーをタコさんやカニさんにしてみたり、彩を考えてブロッコリーを軽く塩ゆでしたものを添えてみたり。そして今度はちゃんとお出汁を取るところから作ったお味噌汁を保温ポットに入れて持っていったり。私がイキイキとしている姿を見て彼女は大層安心してくれているようで、協力を惜しむどころか

『麗、今度はこんな「キャラ弁」なんてどうかしら? 今流行っているみたいだし、かわいいわよ』

アドバイスをくれる、見た目は仲良し母娘が一緒に台所に立って明るく料理をしている風景だ。こんなに優しくしてくれるお母さんに何かしてあげたいのだが、表向きは普通の女子高生でクラスの男子の為にお弁当を作っているという、浮かれた思春期娘役を演じているので普段と変わった事は出来ない。

 私の内緒にしてある貯金はまもなく2億円になろうとしていた。


2013年某日 美並の中の私

 恋がやっと叶ったというのに、なんでまた麗のことばかり話すの?

視線に恨みが出ないように、彼氏の宮下を見やる。彼は図書室から麗が帰るのを眺めながら

『相変わらず、手足が長くてかわいいよなー。センス良いし』

なんて、気楽に麗をほめている。本人は気づいていないのかもしれないけれど、かなりの頻度で会話の中に麗が登場する。

 お互いに初めての異性との交際なので何でも包み隠さずに話そう、なんて決めたのが失敗だったのかもしれない。「初恋の人」をお互いに明かしたことで麗への思いを知ったのだ。彼は、見るからに男嫌いな麗に告白すら出来なかったと笑い話として語ってくれたので、その時は麗の親友としてうまく笑ってごまかせた。けれど、こんなに度重なる発言でボディーブローのように痛めつけられるとは考えてもみなかった。

(結局私は、2番手ってことなのね・・・)

『麗ちゃんが作ったアスパラの肉巻き、食べたか? うまかったぞ。美並も今度オレのためにお弁当作ってよ』

『うん良いよ。その肉巻きも麗よりもっと綺麗に、美味しく作ってあげる』

『お、ラッキー。言ってみるもんだな』

(気楽なもんだ。ひどい見栄えの肉巻きを遠回しに詰ったのに、気づかないなんて)

 自分で言うのもなんだけど、「高校生デビューを果たした美並」といえば成績優秀、スポーツ万能で、高校から眼鏡をコンタクトにしてお洒落にも気を配って男女共に人気があると自負している。うんと変わった自分と反比例するように麗との関係に変化はあまりない。

麗とは中学は別の学校だったものの再び高校で顔を合わせるようになり、クラスは別なので放課後に待ち合わせて、たまにお茶をしたり買い物したりと遊んでいた。

深い悩みや恋バナも話せそうで結局話せない、という構図まで小学校の時から変わらない。幼い頃と違うのは私に対する熱量の多さだ。

 女の子同士の慣習として浮かない程度に遊びに誘ったり、お弁当を一緒に食べたりするだけ。それなのに勘違いして、移動の時も指を絡める「恋人つなぎ」をしてきて気持ちが悪いったらありゃしない。男子と付き合い始めて、好きな人といちゃつく楽しみを知ってしまったから、なおさら女に触られるのが気持ち悪く感じる。

ベタベタ系の子は他にもいるから気にしないようにしてきたが、この間は屋上でお弁当を食べ終えた2人きりの時に、肩を寄せて距離を詰めてキスしようとしてきたので「そっちの人」認定したのだ。

 麗の勘違いは高校に入ってからひどくなっていて私の事を「甘えてくるツンデレなかわいい友達」と思っているらしい。「ツン」の部分だけは本物で、そっけなくするのは得意なのだが、長い縁だしお金を持っているから利用できる部分も多くて縁を切らないだけだ。

『なあ、麗ちゃんと美並が遊ぶときに声かけてくれない? オレらとみんなで出掛けたら楽しそうじゃん』

(チッ・・・)

心の中で舌打ちする。あの女好きだか男好きだか分からない女の何が良いのか・・・。学級委員ぶって純粋な女子たちは大事にしたいとか、ジェンダーレスだとか言うなら、それっぽく色気のない中性的なファッションでもすりゃいいのに。いちいち華があって目立つのが目障りだ。


2013年11月20日

 セイヤさんは私の作ってきたお弁当をお店の中で見せびらかしながら

『いいか、お前ら! 大切な妹が俺の為に作ってくれたこの愛情弁当に感謝を込めて、今日はここにいる全員に奢ってやる! 好きな物を好きなだけ注文しやがれ』

嬉しそうにモグモグ頬張りながら、キップの良いセリフでお店全体を盛り上げてくれた。自分は高いお酒をガバガバ飲むくせに、私の前にはちゃんとウーロン茶が用意されているのは彼の配慮だ。しかしいつも疑問に思うのだが、

(この若さで何でこんなにお金持ちなんだろう?)

純粋な疑問が私の中に常にあり、上機嫌な彼に訊いてみた。

『ねね、セイヤさんって何でこんなにお金持ちなんですか?』

 すると彼の空気は一変し、それと同時にお店の中の空気は凍り付いたかのように静まり返った。お弁当箱をテーブルの上に静かに置き、

『レイラ、場の空気っていうものはすごく大切な物でよ。そっかそっか、お前はまだその作り方や広げ方を知らねえんだな、よし分かった! おそらくこの中で俺の正体を知らないのはお前だけだろう、教えてやるから明日は「女の子のお友達の家に泊まりに行く」ってちゃんとお母ちゃん安心させて、俺に1日張り付いとけ。特別に教えてやるよ、出来れば授業中に昼寝しとけな、徹夜になるぞ』

ニッコリと笑った。お店の空気が凍り付いたのは私以外の全員が彼の本性というべきか、お店以外の姿を知っているから。言い換えるなら

(知らないのは私だけ)

そう理解した。

 彼に言われた通りお母さんには

『明日は女の子のお友達とワイワイパジャマパーティー! お菓子食べながら女子トークするからお泊り行ってくるね!』

安心してもらい、私は彼がお店に来てくれるのをドキドキしながら待っていた。いつもの様なスーパーカーの爆音ではなく、誰が見ても超高級車だと分かる車の後部座席から出てきた彼は

『昨日言ったようにレイラ借りるぜ、問題ないよな?』

オーナーに確認した後に

『レイラ、乗れ』

私を優しく高級車にエスコートして乗せてくれた。車の中とは思えない空間がそこには広がっていた、

(なんでこの車はイスが横になっているの? そしてまるで1つのお部屋のようになっているこの空間は何なの? なんで運転手さん付きで冷蔵庫まであるの? なんで下から壁が出てくるの?)

私が浮かれているとセイヤさんが

『レイラ、キス・・・いいか?』

初めて私に女として触れたい意思をしかも性急に示した。私はセイヤさんが大好きなので、むしろそういってくれるのを待っていたのかもしれない、少し恥ずかしい気持ちはあったが静かに目を閉じて彼の唇を受け入れた。

『わりい。お店では妹なんて言ってるけどよ、ずっとお前が欲しかったんだ。でも未成年だって判ってるし、大切にしてやりてえし』

彼がそう言った言葉を遮るように私が話し出す。

『セイヤさんのこと大好きだもん、セイヤさんだったら・・・いいよ』

彼がリモコンを操作すると車の中のシートがまるでベッドの様に変形し、目的地に到着するまでの間に私は頭の中で曲を歌う事なく彼を受け入れた。

お互いに衣服を整え暫く談笑した後、車は静かに停車し

『着いたぜ、降りようか』

彼に言われたのと同時に車のドアが外から開けられ、建物に向かって真っ赤な絨毯が敷かれて何十人もその周りを頭を下げた男性たちが囲んでいる花道を、私はセイヤさんの後に続いて進んでいった。

(私もさすがに知っている、ここは日本でも有名なホストクラブ・・・)

 彼はここのカリスマで、何も言わなくても全ての行動を周囲の若い男性がテキパキとこなしてゆく。着替えから爪のお手入れ、靴下まで履かせてもらい

『レイラ、お前はお客さんじゃねえんだからここから見ておけ』

広いお店全体が一望できる、お店側からはこちらが見えない秘密の2階席で明け方まで彼の雄姿をずっと見守っていた。

その間彼は1度も私の所に来ることなくプロのカリスマホストとしてあちらこちらの席をまわり、丁寧にお客様の前で膝を折っては手の甲にキスをしてポケットに入りきらないほどの札束を貰う。一緒に歩いているのは恐らくナンバー2と3だろう、お客様から頂戴したお捻りを大きな金色のボックスに入れていったり、周囲のお客様が暴走しない様に視線を配ったりと完全に彼のサポートをしている。

 私はホストクラブというところに初めてきたが、キャバクラとは違いお客様が性的な嫌らしい目で彼を見ない。「アイドルに実際に会う事が出来た!」という歓声と表情で、ある意味みんなが平等に彼に対して惜しげもなく札束を丁寧に渡している。その後も彼はその美声を活かし舞台の上でラブソングを歌ったりダンスをしたりしていたが、その度に女性たちが彼の元に持ってくるお金が尋常ではない。バラバラのお札なんて無く全て帯のされている100万円の束だ。それがまるでメッセージカードか何かの様にごく自然に彼に渡される、彼はそれを受け取りニッコリ笑ってご婦人方の手の甲にキスをする、そして午前5時になり丁寧に全てのお客様をお見送りした後で彼は私の所に

『ふうー、今日もやりきったぜー!』

帰ってきた。私は凄い世界を見て興奮し、

『セイヤさん、あのね! 歌がすごくうまいのに感動して、それからあそこの部分はすごくて・・・』

矢継ぎ早に話しかけた。付き人らしき人が恐らく彼が疲れているだろうからと気を利かせて私の話を遮ろうとした時、彼がセイヤさんによって胸ぐらをつかまれて部屋の反対側の壁までぶん投げられた。

『おい、テメエ。俺の妹が喋ってんのに誰に許可得て止めようとしてんだ? ああ? 勘違いすんじゃねーぞコノヤロウ! だからテメエはいつまでも付き人から上に昇れねーんだよ、カスが!』

こう言われて投げられた付き人らしき人は

『押忍、ありがとうございます!』

その一言を口にしただけだった。

 キャバクラとは全然違う厳しい縦の組織で、見た事は無いから分からないが恐らく軍隊という感じなのではないだろうか。「セイヤさんが絶対」であり「セイヤさんが黒だと言えばそれが見た目に白くても黒になってしまう世界」凄まじく統率の取れた、ある意味身も震えるほどの世界だ。私はこんなすごい人の隣に居ていいのだろうか、誰かにやっかみを買って命を狙われたりしないだろうか・・・と不安になったほどだ。

『ホスト業界っていうのはよう、力のねえ奴は簡単にいつでも入れ替わる。逆に言っちまえば、力さえあれば入店していきなりナンバーワンなんてこともあり得る世界なんだよ。俺は金の計算とかめんどくせーから全部任せているけどよ、この下に見えるガキ共の中に弁護士もいれば、公認会計士もいれば、ありとあらゆる専門家が居るんだぜ? 俺はただ出ていって「俺はここにいるぞ」ってアピールしてくるだけ、それがトップってもんだ』

そう言うや否や、彼は私の膝の上にコテンと頭をおいて膝枕状態になり、まるで子どものような顔でスースーと寝息を立てだした。その様がとてつもなく愛おしくて私はずっと彼の頭を優しく撫でながら寝顔に見とれていた。

 どうやら私も眠ってしまっていたみたいだ。はっと気が付くと特別室にあった大きなベッドの上に私は寝かされており、セイヤさんも隣で可愛らしい顔で眠っている。

『レイラ、こっちにおいで』

彼に引き寄せられ、私はその胸の中で何時間か一緒に眠った。

 次に目覚めた時、冷静に自分が居る特別室を見渡すとそこは大きなワンフロアになっているマンションの1室の様だった。トイレ、バス、トレーニングマシンから衣装部屋と何から何まで揃っており、ここは店舗の一部ではなく彼の個人的な居住空間であるのがようやく理解できた。ただ、店と見紛うだけあってホストクラブのような黒を基調としたこの部屋は、男性的でいて豪華さのあるカッコイイ空間。すっきりとした雰囲気はホテルのスイートルームを思わせるが、置いてある1つ1つのアイテムが硬質で、普通のホテルで得られる安心感とは逆の気持ちになる。朝の光の中でも、真っ黒で大きな革張りソファやモノトーンに抑えられた生活感の無いインテリアには昨日のことが思い出されてドキドキしてしまう。

『おっはよー!』

 足首を固定して逆さになり、腹筋をしながら私の目覚めに気が付いた彼は昨夜とは別人の様な少年だった。

『シャワー浴びて髪もセットしてねえし、ガキみてぇだろ?』

ケラケラと笑い汗を拭きながら壁にあるボタンを押すと、2~3分ほどでフルーツたっぷりの豪華な朝食が運ばれてきた。大理石の広々としたカウンターにある、真っ黒なスツールにサッと腰掛けたセイヤさんは

『しっかり食べて体力付けておかないと、身体が持たねえからな』

そう言っておもむろにリンゴをむしゃむしゃ食べ始めた。輝く銀のトレイに美しく佇む山盛りのフルーツと眩しいほど綺麗なライムグリーン色のスムージー、それにシリアルに茹で卵とミルク。ものすごく身体に気を遣ったメニュー・・・。

(それにしても朝からこんなに食べるの? って言うかこんなに豪華な盛り付けがまさか「毎朝」なの?)

キラキラすぎてまだ夢の中にいるかのような光景に驚いている私に

『一緒に食えよ。昼と夜が逆転した生活だから、これくらい食べておかないとな。朝飯は大事だぜ?』

言われて私も綺麗にカットされたキウイをモグモグと食べた。

(え・・・もしかしてこのフォーク、純銀?こんなにずっしりとした食器、使ったことない。もしかしてあの綺麗な輝くグラスも高級品?)

そんなことを考え出したらまた緊張が戻ってきて、フルーツだけでお腹いっぱいになってしまった。

壁に掛けてある時計が10時を指した時、

『今から学校行けば遅刻だろうけど欠席にはならないだろ? 送ってやるから学校行ってこいよ』

そう言われたが、学校に行く準備なんて何も用意していないし、何より今日は彼のそばに居たかった私は

『セイヤさん、お願いがあります。母にも学校にもちゃんと連絡して誰にも心配かけるようなことはしませんし明日から元の生活にちゃんと戻りますから、今日だけは一緒に居させてください!』

下げた頭を優しい両手で包み、

『だーめだ、昼からでも学校に行け。こういうところは夢の世界みたいでキラキラして見えるかもしれねーけど、実際夢の世界なんだよ。現実から離れれば離れるほど戻れなくなっちまう、だから俺の為にも帰って制服着て学校行け。今晩も店に顔出すからよ!』

優しい顔で彼にそう言われて何も返す言葉がなく、何より私のことを真剣に考えて言ってくれたその言葉が嬉しかった。

「目立つから」という理由で普通より少し小さめの車で家の近所まで送ってもらい、

『ありがとうございました!』

お辞儀をする私にニッコリ笑って手を振りながら彼は去っていった。急いで制服に着替えて学校に行く、こんなに通学が楽しい気分なのはいつ以来だろうか。スキップでも出てしまいそうな勢いで一直線に職員室に向かい、

『申し訳ありません、完全に寝坊しました!』

大きな声で言ったところ、

『麗ちゃんがお寝坊さんなんて珍しい! 優等生も人間らしいところがあって安心したわ』

職員室中に明るい笑い声が響いた。

 午後の授業を終えて帰宅し、お店に向かって挨拶をしたのちに衣装に着替えて私は彼の来店を待った。お決まりの時間に爆音スポーツカーで派手に登場し、両手に持ちきれないほどの真っ赤なバラの花束を渡され、頬にキスされた。そしてお決まりの、

『ドンペリ・シャンパンタワー・ターイム!』

に始まり、

お店の中はお祭り騒ぎ! 昨夜見せてくれたカリスマホストの姿とは別人のセイヤさんの姿がそこにはあり、私としてはいつも通りでとても安心した。楽しく大騒ぎをして大金をお店に落としてくれて、彼は運転手付きの爆音スポーツカーで帰りも大きく手を振りながら派手に去っていった。

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