見出し画像

私のひだりをかえして・・・ 第五話   「完結長編小説」

 踊る下り階段

2013年11月23日

 私は学校に居る時も家に居る時も彼の事ばかり考えてしまい、ウキウキソワソワしてしまう。

(今まで男性にこんな感情を抱いたことはなかった、これが恋なのかしら)

時間の歩みがとてつもなく長く感じる学校生活を過ごし、終わった途端に急いで帰宅、着替えを済ませてお店に向かう。そして初めて入店した時とは別格の待遇で私専用に準備されている一室へと当たり前に入り、更に身支度を整えて彼の来店を待っていた。いつも来てくれる時間になってもあの陽気な爆音は聞こえてこない、チラチラ時計を見ながら私はナンバーワンとして彼がそうしていたように各テーブルを短時間で周る。男性が渡してくれるご祝儀はホストクラブで女性たちが落としてくれるそれとは比べ物にならないくらい少ないが、それでも皆様ありがたいお客様である事には変わりはないし、私が顔を見せる事でボトルを入れてくれるお客様も少なからずいらっしゃるから積極的にテーブルに伺っては、若い新人女の子たちの成績にしてあげていた。

しかし、待てど暮らせど彼は来ない、お客様なのだから「毎日通勤の様に来る」という方が不自然なのだが、それでも欠かさず来店してくれていただけに

(病気になっているのではないか、事故が起きたのではないか)

と心配になり、お手洗いに行くふりをしてセイヤさんにメールを送ってみた。それからも暫く真面目に勤務し、21時まで勤務したところで

『お疲れ様でした、お先に失礼致します』

先輩たちに挨拶をして家路についた。

 まだ返事は来ていない、

(やっぱり何かあったんだろうか・・・)

不安に駆られていると彼からの返信が来た! 

『わりい、ちょっと風邪ひいた。しばらく行けねえけど、レイラなら大丈夫、頑張れ!』

内容にホッと胸を撫で下ろし、シャワーを浴びて宿題を片付けて布団に入った。

あれだけ何もかもが整えられている状態で彼自身が「風邪をひいた」とメッセージをくれるという事はきっとお医者さんにも掛かっているだろうし、身辺の世話をしてくれる若い男の子たちも居たのだから心配しなくても大丈夫であろう。そう自分自身に言い聞かせて翌日からもちゃんと学校へ行き、お店にも出勤して丁寧にテーブルを周るという日々を過ごしていた。

 1週間くらい経った頃、あのご機嫌な爆音と同時に彼がやってきた。

『お久しぶり皆の衆! 俺が来なくて寂しかっただろ? 今日はその分みんなで盛り上がろうゼ!』

久しぶりの大騒ぎが始まった。シャンパンタワーに始まりボトルが入り飲めや歌えの大騒ぎ! 楽しくて仕方がない待ち焦がれた時間だった。時計が21時を回ろうとする頃

『あれ? どこ行った?』

セイヤさんがゴソゴソしはじめたのを見て

『どうしたの? 何か落とし物?』

と訊くと、

『マネークリップがねえんだよ、いつもここに入れてあるのに・・・どこ行っちまったんだ? これじゃあみんなが困るだろ』

探している様子だった。私はオーナーに声を掛けお店の明るさを最大限にしてもらい、お店の女の子やお客さんにも手伝ってもらってみんなで探したが見つからなかった。因みにマネークリップとは内側にスキミング防止(違法にクレジットカード情報が抜き取られない仕様)になっており、そこにクレジットカードを挟んでおけるもので、外側に何枚かの紙幣も挟めるようになっている物だ。

『オーナー、ごめん! ちょっと見当たらねえから今日だけツケてくれねーかな? ブラックカードだから誰かに拾われても悪用できねえ様になっているんだけど、もう一回家とか探してみて見つからなかったら他のカード使うし、警察にも紛失届出すからさ。麗の為にもまた来てやりたいんだよね』
この言葉に上顧客様であるセイヤさんにオーナーも

『もちろんでございます! セイヤ様には信用がございますし、このお店からナンバーワンを出して下さった恩人でございますから、どうぞお気になさらずに。無事にお手元にカードが戻られることをお祈り申し上げます』

丁寧に返した。

『みんな、手伝ってくれてありがとうな。明日も来るからよろしく頼むよ! テメエらの優しさに感極まって泣いちまいそうだぜ!』

彼は言い残し、爆音と共に帰っていった。
 次の日もまた次の日も、

『まだ見つかんねえ、おかしいなぁ』

そんな日が続き、彼のツケが1億円に到達した時に私の方から

『信用というのは簡単に崩れてしまいます。私をナンバーワンにしてくれたセイヤさんに恩返しできるのは今じゃないかって思うのです、私に彼のツケをお支払いさせて頂けませんか? 彼が来てくれるようになってから他のお客様も来てくれるようになって売り上げも伸びていますし、何より新人の女の子たちも彼によって売り上げを上げてもらい自信をつけてきています。お店として請求しなければならないのは理解できますが、それで彼が気分を害して来てくれなくなったら「大きな財産を失ったようなもの」になるのではと思うのです。だから彼に請求しないでください、私が支払います』

オーナーに申し出た。

『それは構わないけれど、身辺調査はした方がいいと思うよ? 一流と言われる芸能人だって突然テレビから姿を消すこともあるんだし・・・』

『セイヤさんに限ってそんなことはありません! ナンバーワンの私が払うって言っているのです。お店に何か問題ありますか?』

(私は彼の優しさを知っている、それを知っているのは私だけなのだから、他人にどうこう言われる筋合いはない)

オーナーの意見を突っぱねて、次の日には店舗口座にネットバンキングで1億円を振り込んだ。それからも彼は毎日私に会いに来てくれる、そして売り上げに大きく貢献してくれる、このお店にとってセイヤさんは財産以外の何ものでもないのだ。

(私の貯金は2億2000万円、でもそれはセイヤさんが作ってくれたのだから、今恩返ししなくていつするの)

そう言って私は毎日お店に来てくれる彼と楽しい時間を過ごし、次のツケが1億円になった時にも自分の貯金から振り込んだ。

(もう一回家とか探してみて見つからなかったら他のカード使うし・・・って言っていた割には全然使ってくれる様子が無い)

私の頭に現在まで一度も浮かばなかったオーナーの言葉がふと浮かんだ。

「身辺調査はした方がいいと思うよ? 一流と言われる芸能人だって・・・」

「信じたい」という気持ちと「だけど・・・」という感情が複雑に絡み合い、授業中も上の空になってしまう。「彼が今夜も来てくれる」などの浮かれたものではなく、

(何かあったに違いない、今ならまだ2000万円あるのだから彼を助けられるかもしれない)

そんな思考形態に私は変わっていき、授業後に彼に以前貰った名刺を頼りに制服のままホストクラブへ行ってみた。インターホンを押すとアイドルの様に顔立ちの整った男性が出てきて

『はーい、いらっしゃい! どうしたの? お子ちゃまが遊びに来るにはまだ早いけれど、どんなご用かな?』

と言われたこの言葉に少しカチンときた私は

『私、セイヤさんの恋人なんです! 彼に合わせてください』

強い口調で言った。するとにやりと笑った彼は

『セイヤ? あー、あの落ちぶれた奴ね。女がらみの問題起こしてナンバーワンから引きずり降ろされて、もうこの店には居ないよ。お嬢ちゃんもあいつに誑かされたうちの1人なのかい? 最近さ「セイヤの恋人なんですけどー」っていうレディーがこうやって何人もやって来るよ。しかしアイツも未成年に手を出したとあっちゃあもうお縄だろ。だいたいこの後に「彼はどこに」って聞かれるんだけれど、姿を晦ましてどこにいるのかオレたちも探しているんだよねー、店の金持って逃げやがったからさ。そうそうお嬢ちゃんも何か情報見つけたら教えてよ、未成年だから遊ばせてあげる事は出来ないけど何かお礼はするからさ』

残酷な言葉と引き換えに彼の名刺を受け取った。そこには「ナンバーワンホスト 麗流」と書かれていた・・・

(麗流って私の源氏名じゃない!)

『ありがとうございました・・・』と頭を下げ、店に背中を向けて私はトボトボと自宅に向かって歩き出した。

 色んなことが頭を駆け巡り、半ば呆然として歩きながらも以前見た「父親の後ろ姿」ほど狂乱状態になることはなく、ただ考えているようで考えられない頭の中を何とか抑え込みながら私は歩を進めた。

(私が確認に行ったなんてことを知らずに彼はまた来店するのだろうか、私の為に? でもさっき「セイヤの恋人なんですけど」っていう人が何人も来るって・・・もう、訳分かんない!)

 1つに結んだ髪のゴムを解いて深い溜息をつき、何気なく道路反対側にあるコンビニに目をやると、真っ赤なスーツに長い髪の女性の腰を抱くようにしてちょっと雰囲気の違う彼がドリンクショーケースの扉を開けているのが目に入った。私は怒りというより猛烈な嫉妬に駆られ、急に横断し始めた私に走っている車が急ブレーキを踏んでクラクションを鳴らしながら何か怒鳴っている事なんて全く耳に入らない状態で、彼の元に走り寄った。

『ちょっと・・・どういうことよ!』

ある意味不意打ちのような形で急激に距離を詰めよられ、息を切らした私にそう言われ、彼は

『よう、珍しいところで会うもんだな。今夜も遊びに行くからよ!』

すました顔で私に言い、横で訝しげに見ている真っ赤なスーツの女性に私を紹介した。

『俺の妹だ』

・・・その一言に私の中のリミッターは一気に振り切った。

『アンタ、妹を抱いた挙句に2億も払わせたわけ?』

 スカートのプリーツを固く握りしめて歯を食いしばり、必死で感情を押し殺そうとしたが、その限界を超えて出た言葉がこれだった。

『ヤーダー、セイちゃん! こんなガキにまで夢見させちゃってるの? もうかわいいんだからー』

そう言った女の持っていたバッグを引きちぎる様にして床に叩きつけ、

『どういうことか説明してくれるよね・・・』

またもや必死で感情を押し殺しながら私は口にした。真っ赤なスーツの女は逆上し、

『ちょっとこのガキ、何すんのよ! セイちゃんに買って貰ったお気に入りのバッグなのに!』

私の髪の毛を鷲掴みにして酷く大きな声でヒステリックに怒鳴った。この状況は流石にマズイと思ったのか

『2人とも落ち着け、コンビニの中だぞ! ほら、表に出るぞ』

私も赤い女も彼に腕を引っ張られて店外へ連れ出された。赤い女は興奮冷めやらず私を掴み掛かろうと必死なのだが、彼がそれを止めているという状況だ。それでも女は怒り叫んでいる・・・

『セイちゃんはどっちの味方なの? 私が貴方に買って貰ったバッグをこんなチンチクリンの夢見ているだけのガキにぶっ壊されたのよ! ねえ、どうしてくれるのよ、答えてよ!』

これに対して彼は

『勘違いすんじゃねーよ、お前は客の1人だろ? こうして付き合ってやっているんだからウダウダ言うんじゃねーよ馬鹿野郎。今日で終わりだ、目障りだから帰れ』

冷たく言い放った。

『ちょっと意味分かんない! 「結婚しよう」っていう話はどうなったのよ! 私が買ってあげたスポーツカーは? 終わりだっていうんだったら返しなさいよ!』

髪を振り乱してメイクもボロボロで泣きながら訴えた赤い女に、彼は冷たく車のカギを投げ捨てるように渡し、

『2度とツラ見せるな』

と言い、

『レイラ、付いてこい』

私の腕を引っ張った。歩道で泣き崩れている赤い女を後目に、私は彼に引っ張られてそこから徒歩で3分ほど歩いたところにある、すごく高級そうなマンションの61階、恐らく彼の現在の住処であろう所に連れてこられた。

『他の女でクスリやってるやつが居てな、あるルートから俺が仕入れて売ってやってたんだけど、「高すぎる」って店に文句言いに来やがってよ。もちろんクスリなんてご法度だから俺も一発で出禁だよ、カリスマホストの地位も名誉も一瞬でパーだ。それでも俺が稼いで作ってやった店だから、退職金代わりに3億円ほど勝手に貰ってきたってわけよ。その金で整形して名前も変えてよ、さっきの女から10億ほど出資させてレイラと店構えてやり直す計画がこれでぶっ飛んじまった。まさかあんなところでお前に会うと思わなかったからな、油断したわ。それにしてもあのヒステリー女、黙って俺様に貢いでおけばいいものをグダグダとぬかしやがって! 車1台くらいで独り占めできると思ってんのかよ、頭の中膿んでるんじゃねーか? まったくよう!』

 立ったままで他の高いビルの屋上にある飛行機の目印みたいな赤く点滅する光をぼーっと見ながら、彼を直視しない様に私は言った

『お店に行ってきたよ、貴方の事探してた・・・』

『そうだろうな・・・』

この会話の後にしばらく沈黙が続き、それに耐えられないとばかりに彼はタバコに火をつけた。

『タバコ、吸うんだね・・・』

『ああ、お前には関係ねえ』

(関係ねえ・・・って)

『今日もお店に来てくれるつもりだったの?』

『かわいい妹がいるんだ、当たり前だろ』

『お金もないのにどうやって? 私、もう2億円もお店に払っているんだよ?』

『・・・自分が稼いだみたいに勘違いするな、あれは俺の金だ!』

一瞬その凄まじい気に押されそうになったが、私は続けた。

『もう貯金、残ってないよ・・・』

『だからなんだ、知った事か。世の中ってのはなぁ、みんな夢に金払って生きているんだよ! 俺は夢を与えてやる側の人間だ、お前らみたいな中途半端に金持った社会から見ると何の役にも立たねえクソみたいなやつらに金を使わせることで、雇用を生んでやってるんだ。そんなことも分からねえガキがイキって俺に講釈垂れるとは、勘違いにもほどがあるぜ。お前の店に客が集まるのはなぜだか考えたことあんのか? 「いつかこの娘とワンチャンあるんじゃねーか」って夢見て男どもは金を落としていくんだよ、さっきの女もそうだ。「車買ってあげる」って言ったから一晩かまってやったら急に恋人面しやがって、こっちは迷惑極まりねえっつーの! テメエの意思で買っておいて、チンケな感情に振り回された結果はどうよ? 車は返ってきたけれど、もう二度とアイツの大好きなセイヤ様には会えねえ。馬鹿丸出しじゃねーか、笑いが止まらねーぜ! そんな女ばっかりだぜ、ホストに狂う女はよ』

『これ以上セイヤさんがお店に来たら、私借金まみれになってもう払えないよ・・・』

『ナンバーワンになっていい夢見られただろ? 未成年だってことも黙っておいてやっただろ? なんでこの俺がこんなこと言われなくちゃいけねえんだ、感謝して欲しいくらいだ! 金がなきゃ風俗でもどこでも紹介してやるからウリで稼いで来いよ』

『そんな! 車の中での事や特別室に入れてくれたことは・・・』

『あ? そんなのオマエだけの特権だとでも思ってんのなら天地がひっくり返るほど馬鹿丸出しだぜ? 最初に儲けさせておいて根こそぎ引っこ抜くなんてのは、投資やったり商売やったりする連中では当たり前の事だ。なにオマエ、そんなこと考えてんの? 笑える、バカじゃねーの! じゃあ聞くけどよ、肉食うときに、生まれたての子ブタを食うのかよ? 丸々と太らせて適度に運動させていい具合にサシの入った大人でも子どもでもない丁度いいブタが解体されたものを「うまいうまい」って残酷に食ってんだろ? やってることは同じだ、男たちから巻き上げてナンバーワンになって、丸々と太ったメス豚を俺が美味しくいただいてやったってだけだ。店に持って行った花束なんて、飾りのパセリみたいなもんだ』

 そう冷たく言い放ってクルリと背を向けタバコをふかし、ベランダの窓を勢いよく開けた瞬間・・・高層階特有の強い横風は私の怒りを代弁するかの如く「ゴーッ」という大きな唸り声を上げたようにも聞こえた。

その怒りにも似た「唸り」に背中を押されるように、私は彼の背中に突進した。

強風に飲み込まれて傾いた彼の身体は、私の渾身の体当たりでさらにバランスを失う。体勢を立て直すかのように大きく1歩踏み出した彼の足はベランダの小さな段差に躓き、設置されていた鉄製のベンチに脛を思いきりぶつけて倒れそうになった。洗濯バサミの小さな抵抗も空しく何かに掴まろうと手に触れた、物干し竿の唯一の住人スポーツタオルはスルスルと抵抗なく巻き取られ、上半身から転がるようにベランダの柵を超えて落ちていった。軽くマンション自体が揺れを感じるほどの地響きと共に、女性の悲鳴が階下から聞こえた。こういう時に普通は動揺して動けなくなってしまいそうだが、私の中では

(落ちるところまで落ちたわね、お陰様でいい勉強になったわ。彼の言うとおり所詮は赤の他人、私は突然目の前に現れた白馬の王子様に夢見ていただけのイタイ女・・・あの時お店の2階から見た、まるで池に投げ込まれたパンに群がる鯉みたいに札束を渡していた女の人たちと同じ・・・イタイだけの女。アイツの時もそうだった、他人は信用しちゃいけない。信じられるのは自分のみ、誰にも頼らず誰にも媚びずに生きていかなきゃ)

変に冷静な自分が居て、手首に着けてあったゴムで髪を括りなおして自分が触ったであろう部分をハンカチで綺麗に拭き取り、自分の髪が落ちていないか確認しながら静かに外に出て、階段でゆっくりと1階まで降りた。地面と同じ高さに到着すると既にパトカーが何台も来ており、ブルーシートで現場は覆われていろいろな人に聞き込みがされていた。

『ああ、そこの君。ちょっとお話を聞かせてくれないかな』

警察官からそう止められた私はまるで「何かあったんですか?」という空気で質問に応じた。

『え、自殺・・・ですか? 私は雨猫高校の生徒ですので全く分かりません、ごめんなさい・・・』

震える演技で生徒手帳を差し出した。警察官はそれを見て

『ああ、雨猫高校の。今からここに規制線を張りますので気を付けて帰りなさい』

私を現場から遠ざけた。軽く会釈をして家に帰りシャワーを浴び、通常の私服で自分の店に行き、

『すいません、これ以上彼が来るとお支払いが出来なくなりますので突然ですが本日付けで辞めさせていただきたいと思うのですが、よろしいでしょうか? もちろん私を未成年だと知っていながらも黙って囲い守ってくれたオーナーを裏切るようなことは致しませんし、昨日までの彼のツケも全額振込させていただきました。明日の10時には入金確認頂けると思います。短い間でしたが楽しい思い出をありがとうございました・・・』

数ある悲しい過去を思い出して泣く特技を利用して涙を流し、声を震わせながらオーナーに直談判したところ、

『レイラちゃんは本当によくやってくれたわ! このお店をナンバーワンにしてくれたんだから。何も気にしなくていいのよ、普通の学生に戻りなさい。あ、ちょっと待ってね・・・これくらいしかできないけれど、楽しい思い出をありがとう。お店の記録からレイラちゃんの事は抹消しておくから安心してね』

A4サイズのやたら厚みのある封筒を私は手渡され、深々とお辞儀をして家に帰った。封筒の中には帯の付いたお札の束が15束、1500万円が乱暴に入っていた。

(きっと金庫から急いで入れてくれたんだろう、ありがとう)

オーナーから頂いた「殺人第2号祝い」を押し入れの布団の一番奥に突っ込み、買っておいたスナック菓子を食べながらテレビをつけた。

 個人の自殺なんて巻き込み事故にでもならなければ報道はされないくらい、当たり前に毎日何十件も起きている。今回の件も報道されることもなく、3日後には何事もなかったかのように普通に人が往来しており、枯れて今にも頭のもげそうな百合の花が建物の隅っこにある雨どいに無造作に括り付けられていた。


2013年某日 美並の策略

(まさか、私には関係ないよね。)

でも、昨日に引き続き2回目をやってみても、しっかりラインが入っている。学校のトイレで戸惑う私には、聞いてもらう相手がいない。

 妊娠したという事実を感じたくなくて、生理が来ないのもダイエットによる栄養不足のせいにすべく、2週間ほど大食い気味の食生活にしたが結局生理は来ず、ただ3キロも太っただけだった。

最近の周期では生理がひと月飛んでしまうこともなかったので、初めはダイエットを止めれば生理は来るだろうと気楽にも考えていた。でも、理科室の匂いが逃げ出したくなるほど気持ち悪く感じたり、常に感じる熱っぽさは自分にはごまかせなかった。そこでやっと勇気を出して、薬局で妊娠検査薬を買って試したのだ。

望まない結果を突きつけられたのに不思議と、判明した事へは安堵もしている。

これ以上、授かっていないことへの期待はしなくて済む。1つ、前に進んだはずだ。

 日が暮れて帰宅して、心細く感じる夜になっても1人ぼっちの私には、解決策が見い出せず、お風呂に浸かって考えあぐねていた。彼に言われるまま軽率な性行為を繰り返した自分へのどうにもならない怒りと、小さな命すら守れる生活力がないことへの悲しみが渦巻き、涙があふれ出す。でも声を出して嗚咽してはいけない。家族に気づかれるわけにはいかないし、このことは墓場まで持って行く秘密にするつもりだ。

未熟さへの憤り、そして無知への後悔、今まで感じたことのない数多の感情が心の中でドロドロしているのを感じる。

一生懸命考え抜いても、どの道を選んでも、きっと後悔はするのだろうという不穏な思考。その間にもトクトクと脈を打っている気がする下腹部。胎動を感じるにはまだ早すぎる時期ではあるが、昼間見た「赤いラインが示した生命」は母親となった私にとって十分すぎるほどイメージできる。

 思考が追い付かないほど感情的に高ぶり、怒りがこみ上げてきて下腹部を思いきり何度も殴って泣いた。自分のすすり泣きと殴る時の派手なバシャバシャという水音がお風呂場に響き渡る。

(何とか普通の生理として、経血になって出てきてくれないかな・・・)

 学級委員でもある宮下に伝えたら世間体や進学を気にしてすぐ別れると言い出すだろうし、伝えたところでバイトもしていないので金銭的にも援助してくれないだろう。全く頼りにならない。やることだけやって、あとは無責任でいらえる男がうらやましいやら腹立たしいやら・・・麗なら、それくらいの費用は簡単に出せるだろうか。

しかも付き合っている事を誰にも明かしていないので、何とかしてバレないように全てを済ませなければならない。

(どうにかお腹の子をなかったことに出来ないか・・・)

もう一度殴る、が痛いと思えるほどの打撃にはならない。泣きすぎて、もう力めなかったのだ。そもそも殴ってどうにかなるというのも合理的な私にしては、ずれた考えだった。冷静さが徐々に戻ってくる。

(明日もまたこんなに苦しい1日を送るの? これからも毎日お腹を殴って?)

悲しみも怒りも通り過ぎて虚しさがやってきた頃、虫の良い思考が渦巻く。

(そうだ。だったら適当な嘘を吐いて麗に助けてもらおう、彼が麗の事を口にするたびに私はどんな気持ちだったか、その苦しさを考えればこれくらい安いものよね?)

麗の性格も知り尽くしてるし、あとは私に好意を持っているのをうまく利用すれば・・・

(いつ? どうやって?)


2014年5月27日

 高校3年生になり「進路をどうするか」なんて声が聞こえ始めた頃、私は「裕福な品の良いお嬢様」としてクラスの1番後ろの窓側に座っていた。オーナーが持たせてくれたお金のお陰で学校生活の中で困ることなんて何1つなかった。学年が上がることでフロアは変わり、メンバーもクラス替えでがらりと変わったものの

『私、1番後ろの窓際がいい』

と言えばクラスメートといわれる連中はどうにかこうにか細工をして、私の指定席を確保してくれる。一般的に言って高校生の女の子にとって1500万円といえば大金だが、1億や2億を振り込んできた私にとってはそんなに驚くほどの金額ではないし、一晩でそれくらいの金額が簡単に動いてしまう世界も見てきた。だから周囲からすれば

『麗さんは、すごくお金持ちの品のいいお嬢様』

チヤホヤされているのだが、実際は封筒の中から毎日少しずつ使用しているだけの事なのだ。

 クラスのイモどもは相も変わらずイモなのだが、相変わらずの関係はよく遊んでいる美並もそうだ。3年になって同じクラスになったこともあり、ますます慕ってくれている。そんな美並から

『ちょっと相談に乗ってほしいから、お昼休みに屋上に来て欲しい』

机の中にお手紙があった。彼女が「相談したいから屋上に」というのだから断るべくもなく、私は他の女子生徒に

『女の子の相談を受けるから、昼休みに屋上には誰も来させないでね』

女子バリケードをはってもらい、彼女の話を聴く事となった。

 太陽が高く昇り眩しい屋上には「風薫る5月」らしく穏やかで少し涼しい風が吹いている。常に後ろの窓際を指定席にしてもらっている私だが、風を意識することはとても少ない。でも気付かない所で風は何度も力を貸してくれており、今日のような優しい風もあれば、雲をよんできて大雨をもたらすような強すぎるその存在も、徐々にではあるが意識するようになった。今回ばかりは困っている美並に「話しやすいような力を貸してほしい」と風に願いながら屋上の奥に居る彼女の元へと微笑んで歩いて行く。

 常日頃から人前で涙なんか見せない彼女だが、この時ばかりは大粒の涙を流しながら私の姿を見るなり抱き着いて泣いた。

(これはただ事ではないな・・・)

そう思いながらヨシヨシと頭を撫で、

『美並、大丈夫よ。私が付いているから安心して! ゆっくりでいいから話してくれる? あなたの力になりにきたの』

そう言って聴きやすいよう右側に座ると彼女は更に大粒の美しい涙を流しながらぽつりぽつりと話し始めた。

『葵(クラスメートの1人)がね、ちょっと前に「今日は両親が居ないからお泊まり女子会をやろう」って言ったの。彼女の事はあんまり知らなくて・・・いつも悪そうな人とつるんでいるなーくらいで。でも普段あんまり口をきいてくれないから、誘ってもらえたのが凄く嬉しくて。「ちょっと悪そうな女の子たちの女子会ってどんなかなー」とか「いつも怖そうな男の子たちと一緒にいるけど怖くないの?」とか「そういう子たちの恋バナ」とかに興味があって、クッキー焼いて持って行ったの。
「いらっしゃい、上がって」って言われて玄関鍵かけられて、2階に上がって部屋の扉開けたら悪そうな男子ばかりで・・・3人が順番に交代で。その時の様子を葵のお兄ちゃんがスマホで撮影してて「秘密を洩らしたら映像をSNSにアップしてやるからな」って脅されて、最後にそのお兄ちゃんにも・・・私もうどうしたらいいか分からなくなっちゃって。検査キット使ったら妊娠しているし、産みたくないけれど病院行くお金もないし。ごめんね、こんなことを相談して「私の金目的か」って思うよね。でも麗ちゃんにしか相談できなくて・・・』

 私は彼女を抱きしめて頭を撫でながら「復讐と粛清」という怒りの炎がメラメラと燃え上がるのを感じていた。

(目の前で悲嘆にくれている美並は何も悪い事をしていない、ただ傷つけられて怯えて苦しんだ末に誰にも言えずに私に相談してくれた。ああ、愛おしい! 私が何とかしてあげなければ美並は救われない。葵も同じ女でありながら腐ったイモどもに協力するなんて許せない、アイツも粛清する)

『安心して。病院は私が一緒に付き添って行ってあげる。それから私も乱暴された経験があるから美並には正直に言うね。警察に被害届を出すと思い出したくないことを細かく聞かれて調書を取られるの。(女の子は被害者なのになんでこんなに身を斬られるような目に合わなければならないんだろう)って思ったわ。お金のことも心配しなくていい、私にとって貴女はかけがえのない親友だもの。心と身体に傷は残ってしまうけれど、その録画された映像も私がちゃんと跡形もなく処分するようにもっていくから、私に任せてくれないかな? 大丈夫、ちゃんと美並には最後まで寄り添うから!』

そう言って彼女と目を合わせた時、自然と私も涙がこぼれた。美並は

『ごめんね、ごめんね・・・』

言いながら私にしがみ付いている。

『謝らないで、美並は何にも悪くないよ。何も知らずに傷つけられてしまった私の大切な親友で心の綺麗な女の子、これからも女同士ずっと仲良くしよ。そうしてくれるだけで私はどんな願いも聴いてあげるから』

 翌日私は彼女と一緒に隣町にある婦人科を訪れ、姉を装い処置の予約を取り付けた。処置する本人が未成年の堕胎は、そのパートナーまたは保護者のサインを書く手続きがあったが、姉役であるのを利用し、母の承諾を得たとしてサインも偽造した。

処置自体は日帰りで出来るものだが全身麻酔を使用し、女性の身体には相当の負担がかかる。そのため、1週間後の処置当日は、私は往復にもタクシーを使って精一杯彼女に寄り添った。

美並のお母さんには

『いつもお世話になってます。麗です。ここのところ生理不順で一緒に付き添って婦人科に行ってきたのですが、大量出血して貧血ぎみだとの事でお薬を戴いてきました。5日ほど自宅で安静にしていれば回復するという先生のお話でしたし、特に子宮内膜症や筋腫などはありませんでしたので大丈夫です。費用は、保険適用内だったので美並のお小遣いから何とか支払えましたが、ショックを受けているので話を聞いてあげてくださいね。宜しくお願い致します』

「いいところのお嬢様」を装って彼女を引き渡し、お母様には大層感謝されながらも美並には

『元気に学校で会おうねー!』

タクシーで自宅に帰りすがら、私がスマホで調べていたことは「どうやったらバレずに全員を粛清することが出来るのか」という事と「もしバレても未成年だから最悪少年法で守られる、死刑はない」という事だった。

ここからイモ3人・葵・葵の兄、計五人の粛清計画を私は考え始める。

(あまり早急に行うとバレる可能性が上がってしまう。とはいえ高校を卒業するとバラバラになってしまいそれぞれの行方が分からなくなる、という事は少年法で守られている高校生の間に・・・全員を粛清する必要がある)

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。