推しの子・YOASOBI「アイドル」に込められた歌詞の意味、隠されたストーリーを完全解説!!(Aパート編)
まずこのお話は本編を含めて1巻までの分ですが、相当量ネタバレを含みます。そして、画像を申し訳ないですが、説明を行うために無断で引用させていただきますm(_ _)m 引用先はこちら!
YOASOBI「アイドル」 Official Music Video
ABEMA 推しの子本編
ジャンプ+「推しの子」
推しの子のアイドルの歌詞のもととなった短編小説「45510」
少なくともこの4作はみてから見るようにお願いします!特にまだ短編小説を見てない方は4Pしかないので、見てもらえるとかなり理解が進むと思いますので、みてください(*‘∀‘)
さて、長く紹介にかかりましたが、いよいよ本編!!推しの子・YOASOBI「アイドル」に込められた歌詞の意味、隠されたストーリーを完全解説!!(Aパート編)を解説していきたいと思います!!
「前提知識としてしってほしいこと」
まず最初にYOASOBI「アイドル」とは2パートに別れてまして、実は「AパートはB小町の元メンバー」の語り、「Bパートはアイ自身の語り」だということを前提知識だと知ってほしいです。
そうすることによりこの「アイドル」に込められた歌詞の意味の解像度が上がっていきます。最初からみていきましょう!
前半で語るのはB小町メンバーから見たアイの形
正直ずっと、それこそ3日前まで、これは「アイが自分のことを歌っている」って思ってました。アイの印象そのまま語っており、私(アイ)はこういう人間なんだ。っていうことをわかってほしいっていう曲なのかなとか安易に考えてました。でもそうではなかった。これはAパートの中盤まで小説「45510」に書かれている元B小町メンバーの印象そのものを引用した文をAyaseさん(YOASOBI作詞)が綴ったものでした。これに気づけたのは、推しの子チャンネルで「YOASOBIは基本的に曲を作るときに依頼者とのお話はそこまでして詰めない、が推しの子のこの曲だけは本気で詰めあった」というところでした。その対談はこちら↓
アイという人物像を何日に渡って、真剣に作り上げていったからこそ、できたものだとわかりました。そして探っていった先に合った言葉と画像の意味をみつけました。
それが「それぞれの人生」をAパート、Bパートにわけて伝えている、ということでした。
Aパート前半まではほぼ「B小町のメンバーである誰かが現役時代のアイを語っている」というパートです。
舞台はアイが休職から復帰したあとの舞台です。戻ってきたアイは復帰する前よりも元気で明るく活発で、ミステリアスな存在でした。
歌詞を見ていきましょう。
これはまんま「45510」からの引用です。小説中は16年たっていますが、これを現役時代のアイの印象として置き換えて歌っています。
アイは要するにB小町メンバーから見て、「無意識で人を引き付ける天才・だけどもプライベートのことや人間像自体が見えない飛びぬけた存在」と言い換えるとそんな存在だ。ということを語っています。
こういうことになったのは、原作の推しの子にB小町メンバーがアイをどう思っているかとかそもそもしゃべらせること自体がなかったので、全ては小説から語らせることしかできませんでした。そしてこの話を見るに原作とアニメを見比べましたが、どうやらこれは「アニメオリジナル」のあとで追加した話、っぽい気がしますね。このB小町メンバーは原作には序章後一切でてきませんから。だからこそYOASOBIが原作に登場すらしない「小町メンバーの語り」というお話をまるまるAパートをつかって話をつくったことに鳥肌が立ちました。
次からかなりスピードアップしていきます。その鳥肌を皆さんにも分けてあげます。最後までついてきてください!!
転調する歌で表す「アイの覚醒」シーン
この「誰かを好きになることなんて私分からなくてさ」っていうのは小説「45510」で語っているアイが生放送で初めて自分のことを漏らしたシーンの一部です。それをB小町メンバーが引用した形です。生放送ではアイ自身はこう語っていました。
これを言葉をいいかえて、信じられないから好きになることを分からないという一言で表してます。
そしてこの映像のシーン。アイの「天才的な表」「神秘的な裏」という二人が互いに歩いて…
ハートに手を触れる。そしてハートが散る。この場面は「アイの覚醒」を表してます。
アニメシーンではありませんでしたが、実はアイは「ここから明確に伸びた」という瞬間があります。
「一般的に見つかった」「双子の赤ちゃんがでてくるやつ」そう、この
「うちの子きゃわい~~~」
というシーンです。アイはこれがきっかけで実は「人を愛する方法」がわかってきます。このシーンはアイが劇中で初めて「嘘で表現する」のではなく、「アイの本心が子供たちを『愛らしい』」と思った瞬間であります。
その後、アンチの「これだよこれ!!」という言葉を受けて、人を愛することという方法を少しづつ…本当に少しづつわかっていきます。
これはB小町メンバーから見ても変化が明らかだったのでしょう。そこから「表・裏」のつくりものアイではなく「完璧で究極のアイドル」になった。と次のシーンからそのシーンが明らかになります。
正直なんでウサギ?って感じで最初見た時思いましたが、アイのキャラなんですね。B小町メンバーにもそれぞれキャラがいますが、それは後で説明します。
アイの覚醒を経て、完璧で究極なアイドルになったアイは本当にアンチすらも虜にしていく強烈なものでした。
閲覧注意のその後のお話
ここまで見てもらってなんですが、この後の解説は正直見ることをおすすめしません。「アイドル」を見るたびによけい泣くからです。
ちょっと間を空けますので、覚悟ができた方のみお進みください。
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完全なアイの消滅…
B小町メンバーから見たアイの死亡を指しています…。
この歌は実は時系列で述べられている歌です…。
このAパートのアイ死亡後のB小町メンバーの人生はこう変わりました。
B小町他メンバーのことは正直あまり知らないし、漫画でも出てこないし、単純に「アイに対する嫉妬」から述べるラップのシーンだと思いました。
でも現実は違った。それは小説が理解を促進してくれます。
アイを嫌いながら、引き立て役でしかないB小町メンバーはアイが生きている時ですらそう思ったのかもしれないですが、
そして、「この仕事には割り切っていた」ということが作中ではわかります。アイが生きているときは、実は不満があるけども、アイのおかげでここまでこれたのだから、「覚悟をしてB小町メンバーに残った」というのがわかります。
でもここでのシーンは本当に不満爆発です。
なぜでしょうか?
「誰もアイの代わりを務めることができなかった」 からに他なりません。
人間実は、うまく行っているときは不満は陰に隠れます。うまく行かなくなったとたん、人の醜く見える部分が露出していきます。
恐らく、残ったB小町メンバーは「アイと比較される」ということが日常的にあった。予想されるコメントは、
・やっぱアイがいないとB小町ぱっとしねえよなー
・残ったメンバーじゃいまいちっしょ
・ライブ行ってみたけどなんか面白くなかったんだよな。アイが生きてたらなー。
・もうB小町も終わりっしょww
等の心無い中傷(言っている本人たちはただの雑談してるだけに思っている)に晒されることは想像すればわかります。
アニメシーンではありませんでしたが、2年後、B小町は解散に至ります。
舞台は16年後
次の瞬間、ラップは継続していますが、小説「45510」の舞台になった16年後にいきなり行きます。すごく脈絡もなくてラップがつながっているはずなのにこれにはびっくりしました。歌詞をみていきましょう。
「これはネタじゃないからこそ許せない」これを語ったシーンは、
アイ死亡から16年後に発見した、B小町結成当時のメンバーで作成したHPにアイの本音をつづったページを見た時のB小町メンバーの気持ちです。
それをラップでAyaseさんは置き換えました。
「アイは本当は心が悲鳴を上げていて、もがき続ける人間なんだ」ということを「理解する自分が許せない」
だからこそ、「誰よりも強いアイ以外認めない」
というB小町メンバーの葛藤が現れてきます。
Aパートのサビに訪れるB小町メンバーの人生
ここからラストスパートのサビ部分です。
ここは正直解釈が二通ありまして、そのどっちか、いや、その両方の可能性ありますので、語っていきたいと思います。まず歌詞を見てみてそのあと解釈を見ましょう。
アイの代わりになろうとしたB小町メンバーのサビ
このシーンは過去のアイの踊りのシーン→「一切顔を見せないアイのような人間」が過去のアイを見ているというシーンです。
B小町はアイ死亡後も「2年も」グループとしては持っています。
それがどれだけアイドルにとって長い期間なのかといいますと、努力の結果だということがわかります。
みんな「アイの代わりになろうと頑張った」特に…信者である私にとって…
そんな頑張っていたときのシーンを思い起こせるシーンではあります。
なんせ、顔は一切映らないですからね。「これがアイなのかどうか」ということは確証がありません。なので、アイになり替わろうとした「私」を写しているとも考えられます。
もう一つの考察を見ていきましょう。
夢半ばで倒れたアイドルという偶像
B小町メンバーにとって、「アイは何を目指していたのか」ということを理解できているシーンは一切ありません。おそらくですが、B小町メンバーは
「アイは一番星を目指している」という印象なのでしょう。
だから歌の最初に歌っているとおり、アイはこういう印象だというのを存分に語っています。繰り返しましょう、アイとはB小町メンバーにとってはこういう印象です。
・自然な笑顔を振りまけば目を離すこともできない容姿に優れた天才。
・アイドルの知らない部分を徹底的に隠すことによって秘密を知りたいというファンの心理を掻き立てる天才。
・自分勝手であり、自分が一番でなければイヤイヤイヤな極度のわがまま。
・私に嫌がらせするやつなんてやめさせてやる。みんなは私を引き立てる役に回りなさい。そうしないと…わかってるよね?と脅してくる存在。
・覚醒後は表も裏も一つになり、ファンへの愛情の振りまき方を理解し、完璧で無敵なアイドルになったまさに理想。
という存在です。そうでなくてはならない。でも死んでしまった。
だから、B小町メンバーにとってアイは「夢半ばで倒れてしまったアイドル」というシーンを傍から見ている。というシーンです。
「ドームで成功すること」
B小町メンバーにとって見たら、アイがかなえられなかった夢を追いかける「そういう人間でなくてはならない」
というアイというぼやけてしまった偶像を見ている。というシーンであります。
B小町メンバーにとっては悲痛なアイドルである…いや、B小町メンバーだけではなく、ファンにとってもそうである。
アイはそういう存在だったんだ。
B小町メンバーとは一体だれだったのか
ここまででも十分歌としてめちゃくちゃすごいのですが…
実は小説でも語られないB小町メンバーの正体は原作には全くありませんでしたが、アニメにはおそらく小説と赤坂アカ先生の小説の加筆により追加したのでしょう。いや、これ歌なかったらわからないやんけ!!
でも小説みてるだけでは答え合わせにはならないの本当によくできています。時系列からみていきましょう。
答え合わせの前に「誰がB小町メンバーだったか想像しながら見ていってください」
これは最初の最初でのシーン。これ妊娠前のお話なんだよな。なんか理想を語っているような感じだけど、アイが死ななかったIFルートにも見えるんだよな。どう思います?(書いてる時点での思いつきだけど)だってこの会場って武道館やろ?妊娠前の認知力ででこの爆発力で知名度がないって無理があるようなw
もしくは先生が見ているこのシーンは実は別のシーンなんかな。
この中のだれかかが16年後の「45510」をつづったってことになっている。
原作には描かれない完全にアニメでの追記のシーンだね。さてだれでしょうか。
アイのやらかしのシーンがあるインタビューシーン。
このシーンをもってアクアは「あまりにも強い光の前で人は…ただ焦がされる。まるで日に群がる蛾みたいに吸い寄せられて」と表現している。
実はこのシーンはB小町メンバーからのアイの視点、であった。語られないけども、ずっとそばで嫌いながらも羨ましかったB小町メンバーは誰よりもそばにいた。という熱狂的信者でもあった、というシーンでもあった。
どうでしょうか…?
分かりましたか?わからない方はもう一度小説「45510」
及び推しの子アニメ
見てきてください!
ヒントはずっと一緒にいる、ということです。
ネタバレする前に間をあけます!よろしくお願いします!
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ネタバレ・B小町メンバーの正体
正解はこの子、「くまちゃん」です。(ごめん、熊であってるか分からない)
決め手は小説の中でした。
実はこのシーンはデビュー当時の並び、そのままが描かれています。
見直してください。よく見ると、高峰だけは「アイがB小町メンバーと映る機会では必ず存在する」ということです。
葬式のシーンでも一番泣いてるのは高峰であり、B小町メンバーの中では誰よりもアイを見ていて、誰よりもアイを嫌いながらも羨ましがりながらも…愛していた人であります。Mステのシーンでもわかります。ずっとアイを見ています。小説の「信者の顔」とはこういうことを言うのでしょう…。
Aパートまとめ
アイは憧れだった。
それは16年後…高峰がもしアイと同い年なら36歳。アクアたちは20歳だからあの映画をやった後でアイの本音もおそらく世間では公表されていたころだろう…にも関わらず、「アイにこの偶像を抱いている」ということだ。
アイがしたかったことは高峰にとっては今でも変わらず「一番星」になることであり、憧れである。
そんな憧れが「同じ人間であるはずがない」という強烈な偶像を持ち続けたまま過ごしていたのが高峰でした。
YOASOBI「アイドル」のAパートとは、一人の崇拝的なファンの「人生像そのもの」であり、一人の…決して詳しくは語られない悲しい人生を歌っている。
そう、リュナンは結論づけました。今一度、これをもってもう一度YOASOBI「アイドル」を聞いてみてください。きっと世界がまた違って見えるでしょう。
Bパートは後日追記します。お待ちくださいませm(_ _)m
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