菊池流帆

ヴィッセル神戸17🔥🇯🇵⚽️

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最近の記事

サクラギリューホ

3.11 俺はピッチに立てずに上で試合を見ていた。 負けたのもそうだけどやっぱり悔しかった。 もうここでこんなにも長くサッカーができないんだなと思うとほんとにほんとに悔しくて。 みんなの前で本当にサッカーができないんだと現実を突きつけられた。 ベンチ外の時の気持ちがまた込み上げてくる。 涙が出そうになる。 でも、みんながリューホTシャツを着てくれて、ユニフォームをベンチに入れてくれたり、サポーターの方達が横断幕を作ってくれたり、がんばれって声をかけてくれたり、本

    • 3.11 青空

      ふと小学校や中学校、グランドでサッカーをする少年を見るとむかしを思い出す。 ひたすら、サッカーが大好きだったなぁ。 毎日、努力することが上手くなる道だと思ってたくさん練習した。 朝も昼も夜も。 プロサッカー選手になるために。 彼らもきっと、サッカー選手になりたくてボールを必死で追いかけている。 夢は必ず現実となって目の前にやってくるだろう。 いろんな出逢いがあり、いろんな感情と対面し、たくさんの人のおかげで這い上がってこれた。 でもまだまだこれから。 菊池流

      • 先日、那須さんが企画してくださったJAPAN All STAR の試合でカズさんと同じピッチに立てることができました。 僕にとっては本当に夢のような舞台で忘れられない一日になりました。 10年前に同じピッチでやろうとかけられた言葉。 小さい頃の夢が叶いました。 本当に感謝しかないです。ありがとうございます。 みなさんはプロサッカー選手でトップに立つ人間はどんな人達だと思いますか? どんな人を想像しますか? 自分はヴィッセルに入団する時、すごい怖かったです。 サ

        • 俺がサッカーをする理由

          プロサッカー選手なのにサッカーが上手くない。 それっておかしいと思いませんか? だって小さい頃はドリブルシュートパスそれらが上手ければプロになれると教わってきたから。 サッカーが上手くないとなれないって言われてきたから。 だからそれを磨いてきたつもりだったしそれが真実だと思ってきた。 でも周りを見渡せば俺より上手い選手なんてたくさんいたし、今もそう。 上手い選手なんてたくさんいる。 でもサッカーが下手くそな俺の職業はプロサッカー選手。 サッカーの試合は11人し

        サクラギリューホ

          変わり者

          昔から目立ちたがり屋で人と変わっていたくて、誰かを笑わせるのが大好きで。 もしかしたら、俺は変なのかもしれない。 でもそれが普通なのかもしれない。 正直、自分じゃ全くわからない。 あまり自分を客観視するのが得意ではないし、それは果たして必要なのかもわからない。 ただ、誰でもできることを自分がしたいとは思えない。 俺だけにできることを。 俺は人と変わっていたい。絶対にみんなと同じは嫌だ。 常に成長したい。自分に満足したことは一度もない。 子供の頃のように自由に

          変わり者

          Jを逆に書いてる時点で大丈夫かい?

          友達の美容院で叫んだ。 サッカーしようぜ‼️ あの日のことを今も鮮明に覚えてる。 小学2年生だった。 あの日から俺の夢はサッカー選手。 田舎者の釜石初のJリーガー。 いろんなことを経験しながらこうなった。 なんでこんな俺がプロになれたんだろう。 自分でも不思議でしょうがない。 出来事を遡ってちょっと自由研究していこう。 とにかく負けず嫌いだった。 いつも自分が全員抜いてゴールを決める。 それだけがサッカーをやってる意義だった。 負けたらいつも泣いてい

          有料
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          Jを逆に書いてる時点で大丈夫かい?

          夢の続きを

          2011.3.11 当時中2だった俺。夢はサッカー選手。 10年前のあの日。学校にいた。すごい揺れ。パニックになる自分達。 近くの山に逃げた。津波が来た。 お父さんが夕方に迎えにきた。 強烈に寒い夕方。近くの商店にカップラを買いに行った。 ものすごい人だかり。真っ暗な街。おじいちゃんも帰ってこない。 ロウソク一つで恐怖と悲しみの中毛布に包まって眠りについた。 起きると何もなかったような快晴。 何が起きたんだ。 そこから俺の空白の日常が刻まれ出した。 サッ

          夢の続きを

          家族

          地元に帰って家族そして釜石の人達の愛に触れた。 初心に帰れる時間、場所。 お墓にいっておじいちゃんのことを思い出した。 高3の冬の高校選抜の選考会の2日目の夜だった。 おじいちゃんが亡くなった。それを静岡で聞いた時は死ぬほど泣いた。おかあも泣いていた。 釜石に帰って死んだおじいちゃんを触ったら冷たかった。あぁ、ほんとに死んじゃったんだって現実を受け止めきれなくてまた泣きじゃくった。 初めて迎えた葬式。 喪服を着て、たくさんの人がいる場所で1番前に出て天国にいって

          船は人生の生き方と同じだ。 親に感謝だ。 素晴らしい名前をつけてもらった。 流帆 大きな、大きな、マスト(帆)を広げ、どんなに辛い事があろうとも、苦しい事があろうとも、強く強く前進していってほしい。将来世界で戦う思考を現実にして、名前の由来通り大きな大きなマスト(帆)をさらに広げ世界へ航海できるようにと願って付けられた名前。 まずは 俺は自分に自信を持っている。俺は必ず日本一の選手になれると心の底から信じている。だから、試合に出れなくてもベンチ外が続こうとどんなこ

          証明

          試合のメンバーに入れない。 めちゃくちゃ悔しいし、ベンチに座ってるだけでも悔しくてたまらない。自分が惨めだ。 実力以上でも以下でもない。言い訳なんかない。 自分の価値を示せるのはピッチの上のみだ。 俺は絶対に誰にも負けたくない。 相手が日本代表なら負けてもしょうがない、世界のスターならしょうがない。しょうがないなんてない。そんなんありえない。 俺が負けていい相手なんていない。一本も突破を許したくない。完膚なきまでに潰したい。圧倒したい。 俺が目指してるのは世界で闘うこ

          夢を見た。 当然のようにプロサッカー選手になる夢を。 自分自身がスターになって観客に夢を与える姿を。 ただそのなり方を俺は知らなかった。 どうすればサッカー選手になれるのかをただ探し求めていた。一つ道を間違えればこういう道にはならなかった。それは運命なのか偶然なのか。未来になってみないとわからない。 俺は自分の欲しいもの全て欲しいと思う性格だ。欲しいと思ったらなにも考えずに即行動する。明日までなんて待てない。絶対に手に入れる。手に入った後悔などしたことない。途中で飽きる

          試合前にすること、試合の入り方

          試合前はあんまりすることとか決めてない。 ピッチに入る時にダビドルイスの真似をするくらい。 あと相手と握手をしてジャンプして右足左足で素振りをするくらい。 なんかルーティーンをやるというかこうやったらうまくいくだろうって決めつけるのがすごい好きでやりまくってた自分がいた。でもそれを忘れてた時とかしなかった時にくる不安がとてつもなくてやめた。 だから試合前とかはなにも持たずにただ 楽しもう! ってだけは決めている。楽しんでいる時と楽しんでいない時のプレーの幅が自分は大き

          試合前にすること、試合の入り方

          ここまで育ててくれた親に感謝だ。おとう、おかあ、死んでしまったおじいちゃん本当にありがとう。 親には感謝と言うけど意外と忘れがちになってしまうし、文章にしてみるともっと感謝するべきところがあるだろうし、どういうところにありがたみを感じるべきなのかを考えるきっかけになればいいなと思った。 でもきっと書き出したらキリがないと思う。 だって、本当に全てに感謝だから。 小さい頃はいつもボールを一緒に蹴ってくれたね。リフティングを教えてくれたね。フェイントを教えてくれたね。ドリブ

          プロになっての成長、学んだこと

          プロ2年目になった。初めてプロの舞台を経験して翌年は移籍した。J2からJ1の舞台にステップアップできた。 自分を信じ続けた。俺は絶対にできるんだと。1年で必ずJ1に行ってやると誓ったあの日からたくさんの波に揉まれながら。 おそらくだけど霜さんもスタッフのみなさんもチームのみんなもサポーターも誰一人として俺がステップアップするとは思ってなかったと思う。 新体制発表で一発芸してダダ滑りするただの変なやつだとみんな思ってたと思う。インスタでいつもふざけてる頭のおかしいやつとし

          プロになっての成長、学んだこと

          自粛中の今

          今の時期サッカーができなくてほんとにサッカーをしたいと心の底から思う。 当たり前のようにサッカーができていた頃を思い出すと実にサッカーは素晴らしいものなのか感じる。 今の時期はなんか震災の時とすごい被ってしまう。 何を目標にして頑張ればいいんだろうとかこれから先ほんとにサッカーはできるの?とかいろんなことがよぎるけどそれを含めて本当に自分はサッカーが大好きなんだなと実感する。 でも裏を返せばこのコロナのおかげで感謝するべきこともたくさんある。 サッカーをできる喜び。ど

          自粛中の今

          挑戦

          2019シーズン、J2のレノファ山口でサッカー選手のキャリアをスタートさせました。この1年で色んなことを経験して大学の頃より何倍も成長させてもらいました。嬉しいことも悔しいことも本当にたくさん経験しました。 そんな中でJ1チームから複数オファーをもらってこの選択をしました。 まずはお世話になったみなさんには感謝です。 ありがとうございました‼️ 自分の中でサッカー選手になったのならば、上を目指すのは当たり前だし、挑戦しないなんて有り得ないと思っている。そこそこな成績や今の