死ぬのが怖い人へ (3)

子供時代から死の問題について悩んでいた私は、確率論やニーチェの哲学を経て、浄土真宗の妙好人に希望を見出しました(※第1話第2話を参照)。


死を迎える人々

幼少期から死におびえ、ようやく妙好人という希望にたどりついた時には、私はもう大学生になっていました。ここまで来るのに15年近くかかっています。

しかし前回書いたように、高校の恩師が末期癌で入院し、お見舞いにいったときには意識も無く・・・しばらくしてお葬式が。

お葬式に出席しましたが、卒業以来で久しぶりに顔を合わせた同級生の一人が「まあ一人の人間が死んだというだけだな」と、落ち着き払った様子でつぶやいたのが、妙に記憶に残ったものです。

私にとって死の問題は大きく、それこそ人生をかけて取り組んでいる最中でした。また死後に不安要素がある可能性に気づいていたため、それを誤魔化して人生を楽しむこともできず、もんもんとした日々でした。

同級生の彼にとっては、知っている人間が一人減ったというだけかもしれない。それとも悲しみをこらえ、強がってそう言っただけなのか・・・どちらにせよ、死ぬことを怖れていた私には「一人の人間が死んだというだけ」で済ませられる出来事ではありませんでした。

なぜならいつか必ず私も死ぬことになるからです。

このお葬式だけでなく、色んな人が亡くなりました。

子供の頃に祖母の葬式に出ました。
やんちゃだった中学校の後輩は、自動車で壁に激突して即死。
よく遊んでくれた近所のおじさんも、お酒の飲みすぎがたたって病死しました。

私だっていつか死ぬのは間違いない・・・遅くとも30歳までが勝負だと考えました。30歳までに何とかして死の問題を解決しておこう。なぜなら年をとるほど思考力も鈍るし、あまりに長いこと問題が解決できなければ、モチベーションが続くかどうか分かりません。また仕事・家族・世間のしがらみも増えるでしょうし、いつまでも人生の問題に取り組みつづけられるとは思えませんでした。
何より、いつ死ぬか分からないので、可能なかぎり若いうちに死の問題を解決しておくべきだと私は考えたのです。

「30歳までが勝負だ」

私は日々、自分にそう言い聞かせていました。


妙好人について情報を集める

さて、話を浄土真宗の妙好人にもどします。

大学時代に妙好人の存在を知った私は、大きな希望を感じ、積極的に情報を集めました。通っていた大学の図書館だけでなく、仏教系大学の図書館にも足をのばし、お寺や仏教団体に顔を出すようになりました。

妙好人とは日本の江戸~明治時代を生きた人々です。常識とはちがう独特な言動を行ったため、彼らの逸話は『妙好人伝』という書物に記録されました。
妙好人 wikipediaページ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%99%E5%A5%BD%E4%BA%BA

妙好人に注目して初めて海外へ紹介したのは、欧米に禅の思想を広めたことで有名な鈴木大拙博士(1870 ~1966年)でした。ノーベル平和賞候補にノミネートされたことでも有名な人物であり、見性体験(禅宗の悟り)を持つ鈴木博士は、妙好人が得た宗教的体験をくわしく研究し、禅宗の名僧と比べるほどに高く評価しました。

しかし私が妙好人に注目したのは、有名な博士が高く評価したからという理由だけではありません。

妙好人たちの言行録を読んでみて、私が取り組んでいた死の問題がみごとに解決されていたからです。

彼らが得ていた特別な境地は獲信(ぎゃくしん)とか他力信心、信心決定(しんじんけつじょう)と呼ばれます。

例えば妙好人として有名なのが讃岐の庄松(しょうま)、そして因幡の源左(げんざ)です。

妙好人と呼ばれた庄松(左)、源左(右)

庄松(1799 ~1871年)は香川県に生まれ、農業のほか子守など雑多な仕事をして暮らした人物です。

前回お伝えしましたが、庄松の発言として「どこにいても、寝ているところが、極楽の次の間だ」というものがあります。浄土真宗では死後についても説きますが、庄松の言行にはいつ死んでも大丈夫だという確固とした安心がベースにありました。

また彼には次の話も残されています。

ある日、知人らとともに船に乗った庄松は、ひどい暴風雨に見舞われました。生きるか死ぬかという緊急事態ですが、庄松一人だけがいびきをかいて寝ていました。知人たちが「一大事だぞ、なぜ悠々と寝ているのだ」と叫んで、庄松をたたき起こしました。すると彼は平然として「ここはまだ娑婆(しゃば)か?」と返答しました。

娑婆(しゃば)とは現世、つまりこの世のことです。この逸話は庄松が「死ぬと同時に極楽に迎え取られる」という世界に安住していたことを示しています。

このように庄松は、いつ死んでも大丈夫と言える境涯に生きていました。安心して死んでいくことができるおかげで、また安心して生きることができていたわけです。

これこそが私が求めてやまなかった世界でした。のどから手が出るほど、妙好人の境地になりたかった。もしそうなれたなら若くして人生を終えてもいい、なぜなら死の問題が解決されたのだから、とまで思いました。

また妙好人のすばらしい点は、庄松一人だけではなくて、他の妙好人も同じ境地に住んでいたことです。庄松以外の妙好人の逸話をいくつかご紹介しましょう。

因幡の源左(1842~1930年。※1)には「このまま死んで行きさえすりゃ親の所(極楽)だけんのう。こっちは持ち前の通り、死んで行きさえすりゃええだいのう」という言葉があります。自分は死後に対して悩む必要など無くただ死んでいけばよいということです。

六連島のお軽(1801~1856年。※2)は死ぬ前に「亡きあとに かる(お軽)をたずぬる人あらば 弥陀の浄土(極楽)に 行たと答えよ」という歌を詠みました。ここにも庄松や源左と同じように、死ねばそのまま極楽に生まれるのだという境地が表現されています。

※1 因幡の源左(いなばのげんざ)・・・本名は足利源左。鳥取県(旧・因幡国)の農民。18歳で死別した父親の遺言を読んだことをきっかけに、寺参りして法話を聴聞するようになった。

※2 六連島のお軽(むつれじまのおかる)・・・山口県六連島の農家・大森家の次女として生まれ、19歳で結婚。その後、夫の浮気に悩んだことをきっかけに、六連島の浄土真宗寺院(西教寺)に通うようになった。


妙好人の共通点

妙好人について情報を集めていったことで、興味深いことが分かりました。

有名な妙好人として庄松・源左・お軽の他に、浅原才市・物種吉兵衛・前川五郎松・三河のおその・大和の清九郎・有福村の善太郎などがいました。

彼ら妙好人は、出家も修行もしなかった一般人です。農家・大工・主婦など・・・どこにでもいる普通の人たちでした。そして上の地図にあるように、彼らはそれぞれ違う地域で生活していました。普通に考えれば、面識もない赤の他人であり、共通点など無いように思えます。しかしそうではありませんでした。

では、妙好人の共通点とは何でしょうか? それには次の3つが挙げられます。

 1 死後に対する不安が解決されていた
 2 死ぬまでずっと大きな安心感を得ていた
 3 農民や大工などの一般人だった(=修行していない)

妙好人たちは死後に対する不安が解決され、死ぬまでずっと安心感を得ていました。
しかも彼らは、出家や修行をしていませんでした。ということは、特別な修行ができない私のような凡人でも、死後の問題を解決できる可能性があるということです。

上記の3条件は、死の問題を解決したといえる条件とぴったり重なる、と私は考えました。

ところでなぜ妙好人たちは、このような共通点を持っていたのでしょうか?

それは妙好人がみな、浄土真宗の教えを聞いていたことと関係があります。彼らは浄土真宗の教えによって、ある精神的な変革を経て、他力信心という境地に入っていたのです。

浄土真宗というのは仏教の一派ですが、妙好人に興味を持った時点では、私は浄土真宗についてよく知りませんでした。

高校の日本史で学んだのが、

・親鸞(1173~1263年)という鎌倉時代の僧侶が宗祖であること。
・極楽に救われる教え。
・「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と念仏をとなえる宗派である。

これくらいです。

極楽とか念仏なんて古臭いなあと感じましたが、それでも私は浄土真宗の本質をつかみたいと思いました。なにせ妙好人たちがそろいもそろって聞いていた教えです。一見すると古臭いけれど、そこには何か素晴らしいことがあるはずだと考えたわけです。


浄土真宗とは何なのか?

それまで私は、町のあちこちで仏教のお寺を見かけることはありました。その中のいくつかは浄土真宗のお寺でした。しかし、まさかそこで死の問題を解決できる教えが説かれているとは、想像もしたことがない。

そもそも仏教についてちゃんとした知識を持ってなかったので、基礎から学ぶ必要がありました。

調べてみると、仏教寺院というものはたくさん建てられており、どれくらい多いかというと、全国のコンビニよりも多いのでした。

日本は仏教国だといわれ、たくさんのお寺があり、お坊さんの数も多いです。外国人の観光客には、日本の美しいお寺を見るために来る人もいます。

仏教には禅宗・天台宗・華厳宗・・・などの宗派があるのですが、浄土真宗はその中の1つ。

日本で最も寺院数・信徒数が多いのが、浄土真宗です。お寺の数だけでも、全国で2万ヶ寺以上あります。

全国の寺院の合計はおよそ7万5千ヶ寺ですから、そのうちの約27%が浄土真宗のお寺。つまり4回お寺を見たら、そのうち1回は浄土真宗のお寺だという計算になります。

こういったお寺では、住職(じゅうしょく)とよばれるお坊さんが教えを説いたり、お葬式や法事を行ったりしています。


お寺に獲信者はいるのか?

妙好人の住んでいた世界は獲信(ぎゃくしん)とか他力信心(たりきしんじん)と呼ばれます。

この世界こそずっと求めていたものだ・・・そう確信できた私は、浄土真宗について情報を集めていました。具体的には、妙好人と同じように獲信した人を探せばよいことになります。

そのため私は、前述したように、大学時代から浄土真宗の本を読み、お寺や浄土真宗の集まりに顔を出すようになりました。

しかし、です。

町で見かける浄土真宗のお寺では、獲信について詳しいお坊さんがあまりいないようでした。「獲信? 何それ?」と言うお坊さんもいれば、「妙好人は特殊な人々で、一般人がなれるようなものじゃない」「獲信なんて凡人には無理」と主張する人もいました。
それはそのお坊さん自身が「私は獲信してません」と告白しているのと同じではないかと思ったのですが、私は「そうですか、ありがとうございました」といって立ち去るしかありませんでした。

(後年になってあるお坊さんから聞いた話では、たしかに教義には獲信を最重要のものとして教えてあるが、親鸞の時代から800年以上もたっており、教えが形骸化しているお寺もあるとのことでした。
浄土真宗のお寺というのは基本的に世襲制で、お寺の長男が仏教系大学に行って、得度や住職の資格を取って寺を引き継ぐ、というのが一般的だそうです。「親の敷いたレールに従って住職になった人の何%が、獲信について真剣に取り組むのか・・・」と、そのお坊さんは悲しそうな顔で話してくれたものです。)

私も古くからのお寺では無理かもしれないと予想していました。なぜなら、ずっと死の問題について調べてきたのに、浄土真宗の寺院で死の問題を解決した人がたくさんいる、という話を聞いたことが無かったからです。

お坊さん自身が獲信していなければ、獲信について正確に説明するのは不可能でしょうし、死の問題に取り組んでいた私は、実際に獲信した人から話を聞きたかった。

ですので、とりあえずお寺で獲信者を探すのはあきらめました。もしかしたらもっと遠くのお寺なら獲信者がいたのかもしれませんが・・・。

しかし浄土真宗には、お寺以外の集まりも多数あります。浄土真宗に詳しい人が始めた私塾や、仏教系大学の教授が個人的に開催している集まり、また新しく宗教団体として立ち上げられたところなど。

お寺に希望を見出せずにいた私は、そのような集まりにも足を運んでいました。


貴重な情報を持っているが注意すべき団体

ここで1つ、大切なことをお伝えしておきます。

浄土真宗について情報収集するようになった私は、ある団体と関わりを持ち、その危険性を身をもって経験したことがあります。

そこは浄土真宗の団体であり、獲信が目的であるとスローガンを掲げている集まりでした。これは浄土真宗の教義に沿っています。ここが発行している書籍には、浄土真宗の教えの本質をあらわした素晴らしい名文がいくつかありました。獲信や妙好人について調べていた私にとって、それは貴重な情報源となりました。

しかしなぜか創価学会によく似た組織システムで、会員も多く、巨大な会館をいくつも所有していました。そして会員はお金・時間・労働力を提供することを奨励され、家庭不和に陥る人も多かったです。中には3000万円以上も寄付したという退会者もいます。

また、書籍の名文は貴重な情報源でしたが、私が素晴らしいと感じる文章は明らかに違う人が書いているように感じました。後で判明したことですが、その書籍の名文は、ある優れた僧侶たちの文章を模倣したものだったのです。中には語尾だけを変えた、ほとんど丸写しの文章までありました。

はっきりいいます。気をつけてください。

私の話を聞いて「もっと浄土真宗の教えを知りたい」と興味を持つ人は多いです。しかし一口に浄土真宗の集まりといっても、ピンからキリまであります。それこそ真面目な集まりから、人生を破壊されかねない集まりまで・・・。そんな目にあう人が出ないよう、先に言っておきます。

妙好人や獲信の世界はとても魅力的ですが、それを利用する人もいるのだということです。

この文章を読んだ人がおかしな団体に引っかからないためにも、注意喚起のため、次の第4話でそういう団体について詳しく書いておきます。


※なお「私は論理的に考えられるし、危ない団体には引っかからない」と思っている人もいるでしょう。

しかし上記のような団体で勧誘活動をしていた退会者に聞いた話では、勧誘で一番引っかけやすいのが東京大学の学生、次が京都大学とのことでした。

なぜかというと「頭のいい学生は論理的に考えるから、その論理的思考に沿ってプレゼンしていけば簡単に信用させられる」だそうです。

つまり巨大な宗教団体には、私たちの思考プロセスを逆手にとった布教マニュアルまで整備されている場合があるということです。

オウム真理教をはじめ、カルト的な宗教団体にのめり込む高学歴の若者は多いものですが・・・人が集まるところにはそれだけの理由があるわけです。

次回で具体的に説明しますが、本当に気をつけてください。


(次回へ続きます。興味がある人、続きを読みたい人はシェア・ツイートしてくださるとありがたいです)

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久保龍雲

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