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少し水浸しの街の上で

ぴちゃん。ぴちゃん。

水面の上を歩いている。文字通りのウォーターマットだ。素足を伝う感覚が心地よい。

歩みを進めるたびに広がる波紋。反射する日差し。跳ねる水滴。水面の下の景色が揺れる。泳ぎ去る小魚。おそらくメダカ。

そこには動があり、その時だけは動がある。その時だけこの世界に生を感じることができる気がした。

ただ歩き続ける。

この街はどこもかしこも均等に少しだけ水没しているよう。バス停の頭半分が浮いているぐらい中途半端に。

歩き回るときは標識や自動販売機につまずかないように気を付けないといけない。顔から倒れたとしても水面が優しくキャッチしてくれるので大きなケガをすることはないのだけれど。

少し背の縮んだビルの合間を抜けた。左手に大きな交差点。十字交差点というやつだ。そちらに歩みを向ける。

顔の高さまで縮んだ浮かぶ信号機を手でなでて、広い交差点の中心へ。鳥からはわたしを中心に大きな波紋が広がっているように見えているかもしれない。

意味もなく何回か飛び跳ねる。びょん……びょん……。

学び=水面の上で飛び跳ねると着地の衝撃が吸収されるので続けざまに飛び跳ねようとするとより力が必要。

疲れたので寝転がる。服を通して水がひんやりと気持ちいい。空は青くて雲は白い。まさに夏。手を空に伸ばすと心地の良い風が撫でた。

少しだけ地面が高くなったことを除けば街に大きな変化はなさそう。それでも皆どこかへ行ってしまったようだ。高い湿度に耐えられなかった?

少し欠けた月が黒い空に浮かぶ。数えきれない数の星々が生まれた。

夜だ。

誰かが合図したかのようにビルというビルの明かりが灯る。ポッポッポ。
お店の看板、等間隔に並んだ街頭、赤い自動販売機も。

黒くて底の見えなくなった水面がすべての光を映し世界が爆発的に広がったのかと錯覚する。

今、私は光の海に立っている。

光の海の風は爽やかで、世界は無音で、空気は透明で。
足の裏に感じる水の冷たさが心地よくて。

立ち止まっていてはもったいないとあてもなく歩き出す。
水面の月と星のカーテンがやわらかく揺れる。

水平線まで続いている道は一体どこにつながっているのだろう。

どれだけ歩いたのだろうか。完全に目が慣れてきたころ、ひときわ開けた場所にたどり着いた。

あちこちで樹の頭が顔を出しているので大きな公園だと分かった。
所々に東屋の屋根。船のように浮かんでいる。さながら遭難船だ。
人の気配はない。

東屋の一つに近づいて、月に降り立った宇宙飛行士のように足を乗せた。
ペタリ。
屋根の固い感触が逆に新鮮。
てっぺんまで登り、周囲を見渡す。世界でただ一人の生存者がここにいる。

そして東屋がゆっくりと浮かび始めた。なんということでしょう。

これまで静かな場所を歩いてきたので、浮かび上がる東屋から落ちる水音が驚くほど大きく聞こえる。

さらに驚くことに、東屋がピカピカと点灯をはじめた。

光は一定のパターンを刻んでいるようで、誰かにメッセージを送ろうとしているよう。足元がじんわりと温かくなってくる。

降りようか考えている間にも東屋は着実に空へと近づいていて、ついにはちょっとこの高さを飛び降りるのはなあ……と思う程度までになってしまった。

開き直って寝転がる。星空はこちらの状況にまったく興味がないのか何一つ変わらず光り輝いている。いや、いつの間にか月が電球色になっていた。

それはつまり、もう寝る時間ということだろう。
背中に感じる熱が容赦なく眠気を誘う。

身体の力を抜き、ぼんやりと星空を眺めていると、次第に意識が解けて……

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fin

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