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かレー

 私は第四番目の宇宙を放浪していた。もっと言うと、衛星軍基地【常夏】へ向かう艦に乗っていて、この手記はその時に綴ったものである。

 万が一の確率で私のことを知っている方がこれを読んだら、根無し草の風来坊のポンポコピーの老いぼれがなぜ衛星軍基地へ? と考えるかもしれない。
 その疑問は至極もっともなものであろう。なので先に答えておこうと思う。

 ――それは惑星ヴェでのこと。89◆◇の滞在を終えた私は宇港に訪れ、いつものように愛用のサイコロで次の目的地を決めようとしていた。

 すると、私の目の前で赤いキャップをかぶった少年が係員二人に引っ張られていったではないか。
 少年は手足をばたつかせて拘束から逃れようとしていたが、係員達は意に返さなかった。少し暴れる荷物程度にしか考えていないのだろう。

 興味を惹かれた私は後をついていった。興味が湧いたら深く考えずに首を突っ込むのは私の悪い癖であろう。自覚はしているが治す気はない。

 他の客達が興味本位の視線を向ける中、入り口へ向かう三人と私。
 少年の口からは子供らしい暴言が壊れた蛇口のように漏れつづけていたが、やはり係員は無反応だった。
 おそらくロイド系かロボットだったのだろう。そうでなければ少年へゲンコツの一つでもお見舞いしていたはずだ。

 係員達は外に出ると、息のあったコンビネーションで少年をヒョイッと放り出した。そして私の脇を通って宇港内へ戻っていった。
 あまり深く考えず、小さく悪態をつきながら尻をさすっている少年にゆっくりと近づいて声をかけた。

 少年は怒りを込めた目で私を見た。が、すぐに疑惑と困惑に取って代わった。
 私はその視線を受け流しながら、バックパックをおろして中からお菓子――惑星ヴェではポピュラーな品。白くて丸くて柔らかくて少し動く。――を二つ取り出して片方を少年に差し出した。

 少年はしばらくは胡散臭そうに私を見ていたが、小さく感謝を口にして甘味を受け取った。こちらが自分の分に口をつけると、少年も同じように食べ始めた。
 まるで野良ンネに餌付けをしているようだと思った。勿論口には出さなかった。

 お互い甘味を食べ終えた後、事の経緯を尋ねると、少年は目に薄っすらと涙を浮かべてポツポツと語り始めた。

 要約すると、少年には年の離れた仲のとても良い兄がいて、その兄は今、衛星軍基地【常夏】にいる。
 一方少年は母と二人で暮らしているのだが、数日前にその母が病を患い入院してしまった。少年は兄へその旨を伝えにようとした。
 【常夏】にいる者とコンタクトをとるためには、直接出向く以外に方法はない。機密情報が云々というやつだ。
 だが、【常夏】へは政府から認められた者しか立ち入ることができない。
 これも機密情報が以下略。進退窮まった少年は艦の貨物エリアに忍び込もうとしたが失敗。警備員につまみ出されて終わり。
 最後の方は涙声になっていたので聞き取りづらかったが、つまりはそういうことらしい。

 冷たい床の上でしょぼくれる少年を見て私は思案した。いや、思案しているふりをした。そうして、少年が私の言葉を聞くことができるぐらいに落ち着くのを待ってからたずねた。

「ボウズ。もし仮に私が【常夏】へ向かいボウズの兄に会って母君のことを伝える。その代わりにボウズの思い出を一つもらう。と、言ったらどうする?」

 ということで、冒頭で言ったとおり私は衛星軍基地【常夏】行きの艦に乗っているのだ。
 なお、ここまでの前書きはいつものように本編とは関係ないので読者諸君に置かれては早急に忘れてもらっても構わない。勿論覚えてくれても構わない。

 さて、本題に入ろう。

 艦が宇港を発ってから20◆◇が経過した日のことだ。私はその時点で退屈を極めようとしていた。連絡船なので必要最低限にしか娯楽施設を設置していないのだ。
 となると私が酒に手を出すのは必然と言えただろう。退屈を紛らわせるために酒に手を出すということはどういうことか。そう、深酒だ。

 その日は普段よりも遅く目覚めた。連邦営ラジオから流れるニュースを聞き流して手早く身支度を済ませ、えぐれるように痛む頭を揉みながら食堂へ向かった。

 乗客全員を収容するスペースを有した食堂は初日から変わらず、隅々まで清掃が行き届いていた。この艦の責任者は、生きる者にとって食がどれほど大事なのかを理解していたということだろうか。

 昼食の時間には少々早い――昼食がある種族にとってはだが――せいか、食堂はがらんどうとしていた。普段なら少々寂しく感じるところだが、今はそれがありがたかった。
 私は誰にも邪魔をされることなく、昼食メニューの書かれた電光掲示板へ近づいた。要約するとこうだ。

1.惑星ミューではポピュラーに食べられている麺類
2.スペース魚を焼いたもの
3.カレー
4.食べられる草盛り合わせ
その他etc

 カレーの文字を見た瞬間、胃の奥に潜んでいた食欲が湧き出てきた。
 故郷とは遠く離れ、文化も環境も異なる別宇宙だとしても、カレーといえばなぜかほぼ同じものなのだ。そして、カレーは私の大好物なのである。

 私はさっそく3と表示されたカウンターへ向かった。もはや顔なじみとなった配膳係と二つ三つ世間話をして長方形の密封容器を受け取り、適当な席についた。

 テーブルの上に置いた密封容器の中央ボタンを押すと、ボタンが白から赤色に変化した――加熱中の合図である。
 ぼんやりと周囲に視線を向けながら加熱されるのをしばらく待った。他の客は誰も食事をしに来なかった。皆はどのようにして暇をつぶしているのだろうと思った。チーンと鳴る音がしたので視線を戻すと、パタンパタンと容器が変形して皿になった。

 そして、皿の中央には黒い半個体物質――ここらのカレーは半個体――が鎮座していた。カレーからは薄っすらと湯気が上がっている。食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。
 備え付けの食事用器具を使ってカレーの端を切り崩す。そして一口大の塊をすくって口の中に入れた。

 カレい。

 程よい辛味、(おそらく)野菜の甘み、(おそらく)肉の旨味、それらが混ざりあい味覚を刺激する。私は手を休めずに半分ほどをせっせと口に入れた。
 額にうっすらと浮き出てきた汗を手の甲で拭き取り、口に水を流し込み体を冷やす。まるでサウナ――高温にした空気を詰め込みんだ密室施設のこと。気持ちよく汗をかくのが主な使用方法――に入った後に冷水を浴びたような心地よさ。カレーを選んだ自分を褒めよう。

 さて、後半戦である。ここからが本番と言っても過言ではないだろう。

 テーブルの上、カレーの向こう側に並べられている調味料の数々へ目を向けた。その中から、私が口に入れることができるもの――これは初日に確認済み。シャレコウベが描かれたモノは二度と口にしない――をいくつか手元に引き寄せた。

 調味料の数は多いが、実際に選択肢はそれほどない。調味料は辛、甘、塩、苦、渋、酸味が基本。もちろん、中には根本から味を変化させてしまうものもある。が、その手の調味料はよほど元の味が酷いときでなければ私は使わない。ま、そのような場合に限ってその手の調味料は無いものなのだが……。

 病み上がりということで、定番の辛か酸のどちらかにしようと思っていたら、ふと引き寄せていない調味料の中に、でかでかと【゛】が書かれた瓶があることに気がついた。ダクテンだった。

 おそらく読者諸君は存じ上げないと思うので、私が理解している限りの説明をしておこうと思う。
 惑星ヴェで幅広く栽培されている無命果実――文字通り生きていない果実のこと――の一種にダクというものがある。黄土色の円柱型で小粒。皮は非常に固く、剥くのに専用の器具が必要。皮を剥くと見えてくる果肉は黄色で非常に柔らかく、果肉を優しくほぐすと中から【゛】の形をした種が出てくる。
 そして、その種を天日干ししたものをダクテンと呼んでいるとのこと。

 肝心のダクテンの使い方と効果なのだが……使い方はいたってシンプル、食事に好きな量のダクテンを乗せるだけ。十秒で完全に食事に溶け込む。食事自体の見た目と香りは変化しない。
 しかし一口食べるとあら不思議、なんと味が鮮明に感じるのである。単純に、辛、甘、塩、苦、渋、酸味、その他諸々の味全てが強くなっていると思ってもらえればいい。食感は変化しない。なぜこうなるのかは判明していないという話だ。少なくとも体に害はないらしい。

 私はどちらかと言うと薄味のほうが好みなので、ダクテンを使用したとしても一粒でも十分すぎるほどだが、惑星ヴェの人々は驚くほど多量を使用する。もし、これを読んで試してみようと思ったなら、悪いことは言わない、一粒でとどめておくべきだ。

 残りのカレーは半人前。これならばダクテンを使用したとしても、問題なく食べきることができるだろう。多分。

 ダクテンを一粒、手のひらの上に落として観察した。
 惑星ヴェで見たのと同じく、小さな小さな長方形の粒が二つ、空間を挟んで並んでいる。一見、粒は二つあるように見えるが、コレで一粒だ。

 その証拠に、片方の粒だけを掴んで持ち上げるともう片方の粒も同じようの持ち上がる。しかし、決して粒同士が触れ合うことないし、離れることもない。粒と粒の間は常に一定の間隔が開くのだ。
 そして、この粒、どんな方法を使っても分離させることができないとのことだ。実際に私も素手で試してみたがびくともしなかった。私が非力だと言うだけの話かもしれないが。

 話を戻そう。これ以上悩んでいるとカレーが冷めてしまうので、どの香辛料を使うか早急に決めなければならない。
 ダクテンを含めた香辛料を、あーだこーだ考えて一つずつ減らしていく。その結果、ブラックソースとダクテンが残った。

 そこで、懐から愛用のサイコロを取り出して、奇数ならブラックソースで偶数ならダクテンにすることにした。
 コロコロコロ。
 サイコロの目は②と⑩だった。私はレッドソースを元の位置に戻した。

 さて、後はカレーにダクテンを一粒置いて浸透するのを待つだけ……。というところで私の手が止まった。私の悪い癖が出てしまった。

 どうしてもダクテンを二つに分けたくなったのだ。そして片割れだけを乗せてみたら程よい効果になるのではないかと。
 こうなると食事どころではなくなる。

 が、先程も話したとおり、ダクテンは見えない意図か何かによってつながっている。それでは、片方を手にもち、片方だけを食事に接触させてみたらどうか?
 ――実はこの答えはすでに出ている。答えは、片方は食事の上で溶け、もう片方は手の中で溶けるだ。ちなみにダクテンが溶け込んだ私の指はとても塩っ辛かったとだけ言っておこう。

 ということでダクテンを分離させる方法なのだが――。
 視線をさり気なく這わせ、周囲に私を狙っている狼藉者がいないことを確認。勿論そんな輩はいないのだが。安全を確認した私は、手のひらのダクテンに全神経を集中させ――。


――1100000011011110――

 瞼を開けた。額に浮き出ている玉のような汗を、お手拭きで拭いた。
 絶賛二日酔い中ということもあって普段より疲労感がきつい。――が、疲労しただけのことはあった。
 手のひらのダクテンの片割れを空いている方の手でつかむと、見事に片割れだけを持ち上げることができた。
 私はためらうことなく、ダクテンの片割れを冷めかけているカレーにそっと乗せた。

 十秒後。

 私の目の前にはダクテンを乗せてから十秒ぶん冷めたカレーがある。当たり前なのだが。……いや、そういう事を言いたいのではなく、ダクテンの片割れが溶け込んだことによる見た目上の変化はないということを言いたかったのだ。つまり、そういうことなのだ。

 そしてもう一方の片割れは忘れずにポケットに仕舞っておく。ダクテンを知っている誰かに知られたら大騒ぎになるどころではないだろうからだ。

 さて……ところで、読者諸君は「また『さて』が出たな」と思っているのではないだろうか。思っているだろう。自分ですら「さて」と「そして」は多用し過ぎだと思っているのだ。――思ってはいるのだが口癖というものはついつい使ってしまうモノであろうと考える。なので、勝手な話だが、これからも多用すると思うが宇宙のように広い心で許してもらいたい。さてさて。

 食事用器具でカレーを一口分すくってじっくり観察をしてみたが、やはりドコからどう見てもカレーであった。これならば私の推測――ダクテンの半分の効果――がカレーにバフしていることだろう。いざ。

 …………?

 ――はしたなくも食事用器具を咥えたまま固まってしまった。予想外だった。想定外だった。一体何が起きたというのだろうか。もう一口……。私は唸った。

 カレーはカレーではないなにかに変化していたのだ。
 いや、ベースは確かにカレーのままなのだが、味付けが根本的に変わっていたのだ。なんと形容すれば良いのだろうか……辛が減り、塩が増し、口当たりがまろやかになったといえばいいだろうか。
 ふと、二番目か三番目の宇宙で訪れた惑星(名は忘れた)で、このような味付けが好まれていたことを思い出した――たしか、豆から作った料理や調味料が多い惑星だった。

 なんにせよ、味付けが大幅に変化したカレーは……大変美味しかった。
 私は新鮮な心持ちで、そして前半戦よりもじっくりと食事を楽しんだ。

 甲板の休憩エリア――簡易リクライニングチェアーが置いてあるだけ――でのんびりとしている私の頭上はるか遠いところで、無数の星が光り輝いている。
 この光景は不思議なことにどこから見てもそう違いはない。切羽詰まった状況でなかれば大抵私は心を奪われる。どれだけの時を宇宙で暮らそうともそれは変わることがないだろう。

 今、私の手のひらの中には透明で細長いガラス瓶――売店で購入した果実茶の容器――がひとつ。そう、読者諸君が今読んでいるこの紙切れが入っていた瓶のことだ。この手記を書き終えたらページをちぎってガラス瓶に入れ、宇宙に飛ばすつもりだ。
 もしガラス瓶の中に入っていなかったのならば、それは前の読者がいたということだろう。したらば、同じように何らかの容器に入れて宇宙に旅立たせていただけると幸いだ。もちろん、燃やしてしまっても捨ててしまっても鼻をかんでも良いが。ま、そこは任せるとしよう。

 今後、少年の願いを叶えた後はいつものように意味もなく理由もなくただ放浪を目的とした旅を再開しすることだろう。そこで印象深いエピソードがあれば今回のように手記を綴ることだろう。
 その時まで、読者諸君とはしばしのお別れである。

 以上。

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