42回:Like Salt

 別れるとか付き合うとかご苦労なこった。画面越しのエミリーは彼氏と別れて辛いそうだ。彼のつけてた香水の匂いをふと嗅いでは涙が溢れるそうだ。具体的にどう辛いかまでは訊かない。私は神妙な顔を作って、頷いたり、ため息をついたりする。まぁ、Tinderで知り合った彼氏だし、またすぐに見つかるよ、と最後は紋切型の慰めで〆る。そうだね、バイバイ、今週末お茶しようね、と約束して通話を切る。iPhoneはホッカイロ代わりになるぐらい熱くなっていた。

 電話を切ってハッとした。たぶんエミリーはブライアントと付き合うのではないだろうか。いや、ブライアントがフリーになったエミリーを放っておかないだろう、というのが私の見立て。本名はティモシーなんとかで、ブライアントはあくまであだ名。砂辺(北谷町のシーサイド)にたむろするアメジョ(アメリカ女だとかウチナーグチのジョーグー=好きを掛けた言葉とか諸説あるやつ)をだいたい喰らいつくして、その様を見たどっかの誰かが「夜の三冠王やさ」と呟いて付いたあだ名。
ブライアントは基本的にどっか足りない女が好きなのだ。正確に言うと、あれこれとまわりくどいことを考えない子が。だから私は幸いにもブライアントからは敬遠されている。それどころか会話のキャッチボールすらままならない。私の放つ球はビーンボールで、奴のこめかみ辺りをかすめてバックネットに突き刺さる。

 ブライアントと知り合ったのはちょうど去年の今ごろで、友だちの部屋に集まって、映画をみんなで観たときだった。何見たっけ。死霊館シリーズかな。anyway,私は公務員試験の直前で、他の大学や専門学校に通う友人たちはもう少しリラックスしていた。「そういえばブライアントが来る」「あいつは手が早い」「ストライクゾーンが広い」と一通り話題に上がって、当人が来た。みんな含み笑いをして、ブライアントもヘラヘラしていた。こんなやつが日頃、人を殺す訓練をしているのかと思うと怖くもあり、可笑しくもあった。ブライアントのTシャツには「うみんちゅ」というロゴが入っていた。映画を見終わると室内の頭数が減っていた。しかし誰もそこには触れなかった。

 そのグループで集まることはすぐになくなった。エミリーとは高校からの連れだから今でもよく会う。なんならエミリーの元カレと寝たこともあったり、ちょっとしたことで崩れそうな友情バランスだが今のところうまくいっている。友情パワーと言うやつだ、さしづめ私が二階堂マリでエミリーは翔野ナツコだ。ああ、けどなんでエミリーの元カレ、その時はアメリカーじゃなくて飲み屋のボーイと寝てしまったんだっけ。記憶の襞をめくる。
 その夜、私たちは部屋で飲んでいて早々に寝入ってしまった。気付くと朝で私とそのボーイだけが呑気に部屋で寝ていた。エミリーはたぶんバイトか何かで先に出てしまっていたはず。ちょうど梅雨が明けたぐらいで外は異様に蒸し暑かった。私は下着で、ボーイも下着だった。というか私の下着は微妙にずれ下がっていて、若干露わになっていた。まぁ、しゃあない、酔いも抜けていなかったし、偶然触れ合った足が合図だった。そのまま足は付け根の方で絡まって、ひねられて、上半身まで引っ付きあった。ドバドバ汗が出た。「ソファ、天日にしないとな」こんな生活地味たピロートーク?だったのも覚えている。「しに暑い。なんでクーラーないば」私もぼうっとした頭でそんなことを言った気がする。そう言えばいいだけ絡まった割にキスだけはなかった、やっぱ暑すぎて口の中ベタついてたからかね。

夢ひろがる 人つながる ともに生きる ニライの都市
国道58号線沿いのローソンから標語が見える。人とつながり過ぎた後はいつも一人でアイスを食べたかった。横にブルーシールがあるが手持ちがなかった。食べ終わって落ち着いてからエミリーにLINEした。「今日夜お茶しようね」「いいよ」
北谷町宮城ファッキン一番地。私は自分のお家に帰った。向かいはアメリカーが住んでるけど表札は外間。全く歌の文句にある通り。向かいの黒人が窓開けっぱでヤッてて喘ぎ声とかヤバかったことも何度かある。まぁ、鍛えているからね。しっちー浜沿いランニングしてるし。私も今朝方ヤッた訳だが向かいの黒人たちのそれと同じ行為とは思えない。何か文化圏によって違うよね、セックスって。そんなこと考えながらシャワーを浴びる。曇った鏡を拭くと、エラの張ったむくんだ女が突っ立ている。いつだって鏡に映るのは手前の面である。生まれてこの方、逃げようったって土台無理な話。中には刃物や薬で変えてしまう人もいるが、上っ面だけ変えたぐらいで逃げ切れるもんですか。例えばエミリーは整った顔である。クォーターとかそういう要素抜きにしても当人の努力みたいのもあると思う。高校の頃とかからメイク用品もそれなりのものを男に買わせていた。要領いいな、と私は感心しきりだった。だからお茶やスタバなんかをエミリーにたかってバランスを保っていた。二十歳過ぎてからは流石に止めたが。24歳になった今も、エミリーは適度に貢がせていた。たまにそういうのを度外視した関係が発生するらしい。この度はそれだった模様。普段は男と別れたぐらいじゃ泣きやしない。そのたくましさ見習いたい。

 別れるとか付き合うとかご苦労なこった。この方そこまで異性と深入りしたことない身としては、そう思う。たいしたもんだと思う。だって好きになっても泣くし、嫌いになっても泣くのだよ。しょっぱいのは海水だけで十分だと、iPhoneを冷ましながら砂辺の海を眺めて思う。

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