10回:心凍らせて

 『心凍らせて』という歌がある。小学生の頃、ガソリンスタンドの有線から流れてきただけの曲が雪かきをし始めると耳の奥で再生される。『ロマンスの神様』でも『Winter, again』でも『DEPARTURES』でもない。ココらへんは雪かきが佳境に入ってから流れ出す。
 雪かきは孤独な作業だ。どこまでも限りなく降りつもる雪とたった一人で闘う。さっきかいた場所が数十分後にはまた雪に埋もれている。いつ終るとも知れない。これを一日に数度繰り返す。無償、というか生きるために。まさに不条理劇の世界。私はいつこの季節から解放されるのだろうか。私はいつ許されるのだろうか。ママさんダンプを押しながら問い掛ける。眼の前を過ぎゆく雪は応えるはずもない。かじかむ手にグッと力を込めて雪の塊を空き地に投げ飛ばす。農地にもならないような枯れた土地が、この季節だけは2メートルを超える雪の丘に変わる。この集落にはソリ遊びをするような子どもたちはもういない。自分を含めた若い世代はみな出てしまった。自分がイレギュラーな正月休みで帰省しなければ、この雪どもと誰が闘ったのだろうか。たまにすれ違う年寄りたちは黙って俯きながら満載のソリを引く。「ご苦労さん」とか「帰ってきたのかい」という会話すらない。そう遠くない将来、この集落は埋め尽くされてしまうだろう。その予感が若い者の足を遠ざけている。私を含めて。
 日が暮れるとどうしようもなくなる。寒さは一層厳しくなり、身体も精神も芯から凍え始める。私は簡単に雪に屈する。ジャンパーや手袋についた雪をほろって、ママさんダンプとシャベルを玄関の前に立て掛けて、喫煙者なら一服するのだろう。私は吸わないのでお湯を沸かしながら音楽を掛ける。とりあえずBjörkのHomogenicを再生する。中学校の頃、ゲオの480円ワゴンの中から見つけたアルバムで寒い時に掛けたくなる。沖縄や台湾の寒さではなにも感じない。コーヒーを淹れるとちょうどJogaが流れ出す。

Emotional landscapes, they puzzle me, then the riddle gets solved
感情が織りなす景色は私を惑わすし、謎は前触れもなく解けて
And you push me up to this state of emergency
あなたは私をこの”危機的状況”に追い立てるの
How beautiful to be, state of emergency is where I want to be
この"危機的状況”こそ私の待ち望んだ場所、なんて美しいのかしら!

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