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”医師の働き方改革” の功罪

 来年度から実施される ”医師の働き方改革” についての議論がリアルでもネットでも盛んに交わされています。

すり潰されてきたお医者さんたち

 従来、特に大学病院などの大きな病院に勤める若い勤務医を中心として、膨大な時間外労働やタダ同然のオンコール勤務といった非常識な勤務体制がまかり通ってきました。
 臨床研修制度が整備されたことなどで近年はだいぶ改善されてきましたが、「勉強中の身でありながら報酬を要求することは烏滸がましい」「患者さんの幸福のために働いているのだから、金銭を受け取ることは不純である」といった空気感のもと、いわゆる “やりがい搾取” が横行しているのです。
 連日の泊まり込みや夜間休日の呼び出しの結果、体を壊したり、精神を病むなどして、ドロップアウトしたり、進路変更を迫られる者も少なからずいます。昨年(2022年)の5月に極限まで追い詰められて、自ら命を経ってしまった専攻医(専門科研修医)のニュースはまだ記憶に新しいはずです。

 こうした現状を是正すべく、厚生労働省主導で ”医師の働き方改革” が進められ、2024年度より実施されることになっています。主要な柱のひとつとして「勤務時間の削減」が掲げられています。来年度以降は、研修病院の医師であっても残業や呼び出しを含めて年間1,860時間以上の労働が認められなくなります。
 そうは言っても、多くの病院では削減できる医師の勤務時間なんて逆さに振っても出て来るはずがありません。そこでやむを得ず「自己研鑽」や「宿直認定」などという怪しい概念を持ち出して、帳尻合わせをしようとしているのです。

「うまい」「やすい」「はやい」の皺寄せ

 ところで、かねてより医療政策におけるトリレンマなるものが議論されてきました。これは患者さんが医療機関を受診するにあたり、「良質な診療(高クオリティ)」と「安価な料金(低コスト)」、「受診のしやすさ(好アクセス)」をすべて同時に満たすことは原理的に不可能である、といった概念です。端的に言うと、「うまい」「やすい」「はやい」は同時に成り立たない、ということになります。

 このトリレンマは従来、特に若い世代の医師が前述のような無茶な働き方をすることで、力技で押さえ込まれてきました。”働き方改革” はこの皺寄せを正そうというのですから、結局のところ皺が別の所に寄ることになります。
 すなわち、“働き方改革”を実施することで顕在化する「医療の質の低下」「受診費用の高額化」「いざと言うときも医療機関が遠くなること」について、医師を含む国民が納得の上 容認する覚悟があるかどうか、問われているのです。

勤務時間は削減すべきでない!?

 「鉄は熱いうちに打て」とはよく言ったもので、特に外科系の手術スキルなどは
・なるべく若いうちに
・短期間で
・出来る限り数多くの症例に暴露される
ことで飛躍的に向上します。現在第一線で活躍している医師は程度の差こそあれ、そうした時期を乗り越えてきたはずです。
 制度の圧力をもって単に「勤務時間を削らせる」ことは、やる気のある若い修練医からこうした機会を奪うことになる、という弊害があるのです。

 「やらされる」のではなく、志を持って取り組んでいる仕事は、労働時間が長いこと自体は苦になりません。人によるのかも知れませんが、それそのものが適性のひとつであるとも言えます。
 これはただし、自己重要感を感じられ、スキルアップしていることが実感できる環境にある、ということが大前提です。旧態依然とした体制の中、手術のスタメン出場をエサに延々と雑用を押し付けられたり、不毛な残業ばかりさせられたりするような環境では問題外です。

 働き方改革を進めるにあたって、「効率的な研修プログラムの整備」や「医師でなくても行える作業のタスクシフト」といった取り組みが重要なことは言うまでもありません。
 同時に、帳面上の労働時間の削減に始終するのではなく、良い指導者によって高いモチベーションで取り組める環境作りこそ必須な “本当の働き方改革” なのです。


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