シアター・オリンピックス①

富山県の山奥、人口わずか400人の限界集落、利賀村。毎年夏になると、世界中からたくさんの人たちが演劇を見に訪れる。

ここ利賀村で、今年2019年の8月から9月にかけて、第9回シアターオリンピックスという演劇の祭典が開かれた。人口530万人の巨大都市、サンクトペテルブルクとの共同開催である。

9月21日から9月23日にかけて、6演目を観劇してきた。個々の感想は後の記事に譲るとして、この利賀村および、ここで演劇活動を続けているSCOTという劇団について簡単に書いておこうと思う。

早稲田小劇場という劇団を指揮していた演出家、鈴木忠志が、1976年にその拠点を利賀村(当時人口1500人)に移したのがそもそもの始まりである。すでに東京で確固たる地位を築いていた鈴木忠志のこの行為は、人々の目には奇行に映り、数々の批判があったという。

そんな批判にもめげず、40年以上にわたり活動を続けてきたのが、SCOT(Suzuki Company Of Toga)という劇団である。今では世界20か国以上の人々、18000人を動員する演劇の祭典を催し、利賀村は演劇の聖地と呼ばれるまでになった。SCOTの詳細については公式サイトに譲る。興味がある方はぜひご覧いただきたい。

筆者は利賀村とSCOTを世界に対し、日本で最も誇れるものだと思っている。その理由は大きく分けると以下の3つだ。
・練度の高い芝居を上演し続け、世界30か国以上での公演実績があること。
・日本の山奥の田舎に、観劇に最適な劇場群を保有していること。
・SUZUKIトレーニングメソッドを作り、演劇の向上に力を注いでいること。

そもそも、芸術の役割とは、「人々の精神を長きにわたって充実させる」ことだと筆者は思っている。これを達成するには
・感情に訴えかけるものであること
・受け手に問題意識を投げかけていること
・将来にわたって何らかの形で残されていくこと
が必要だろうと思う。前段で書いた三つの理由により、SCOTはこのすべてを非常に高い精度で満たしている。前提からして本当か?という議論もあるだろうが、ここでは脇に置く。

実際に観るのが一番手っ取り早いので、一度見てほしいと思う。今年は年末に吉祥寺で講演があるので、首都圏にお住まいの方も見に行きやすいことと思う。いわゆる「芸術」であるので、受け手にストレスを与えることは覚悟して欲しい、ということを言い添えておく。

山奥の田舎というのは、時間、場所的な制約が非常に少ない。劇場を建てようと思えば土地は余っているし、稽古場で何時間稽古や議論をしていようと咎める人はいない。演劇を作り上げるには絶好の環境である。東京ではこうはいかない。
娯楽も少ない。そんな中劇団員は協力しあって共同生活を営んでいる。良い芝居をするために。こういったことが鈴木忠志のカリスマ性をもとに積み上がり、利賀村は存在している。

個人的には、鈴木忠志という人は、その振る舞いで奇跡を起こせる人だと思っている。各舞台の完成度の高さ、隙の無さ、緊張感に、観劇後はえも言われぬ感情がこみあげてくる。世の中にはこんなことが起こるのかと思わせてくれる。それは、偶然の産物などではなく、40年以上もかけて鈴木忠志とSCOTが一つ一つ積み上げてきた結果なのだと思っている。

鈴木忠志ももう80歳、元気そうに見えるが、いつどうなってもおかしくない年齢である。鈴木忠志が積み上げてきた利賀村という奇跡をどのように存続させるか、考えるのが残される我々の義務であろうと思う。

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