ひと駅あるく、は贅沢だったんだなぁ
昔は、タクシーで移動するのを贅沢だと思っていた。
でも、今は。
ひと駅あるくって贅沢だなぁ、と思う。
◇
誰が言ったのだったろう。
テレビで松坂慶子さんを観ながら、「今どき、ゆっくり話すというだけで上品に感じるのねぇ」と言っていたのを思い出す。
とことことこと、歩きながら。
東京のひと駅は近いから、家族で移動中にひと駅くらい歩いてしまうことはある。
でも今日は、1人で、別に用もなく、電車を使えばいいのに、ただ歩くためにひと駅あるいた。
そう、ただ歩くためだけに。
これは2年ぶりくらいのことだ。
おかげで早めに花開いてる桜の木に出会った。
それから、その下で小学生くらいの女の子がタブレットで写真を撮り、調べ物をしている時代の流れの速さにも。
◇
子どもが産まれてから役割が増えたので、日々なかなかに忙しい。
保育園のお迎えまで、駅のホームで休んだり、コンビニに寄るくらいの余裕はあるが、ひと駅歩くほどの時間はない。
今日は特別に夫に頼んで、ひとりの時間をつくってもらった。
だから歩けた。
私は食事の準備をしながら洗濯し、床を掃除することもできる。
案件Aを進めながら、案件Bの進捗を確認し、案件Cをちょっとやっとくこともできる。
締め切りや優先度に合わせて、自分の動きを速くも、ゆったりにも自在に調整することができる。
アイデアも器具も溢れているので、効率化や同時進行は結構色々できるけれど、完全に余白の時間は、えいやっ!としないとつくれない。
ひと駅歩くより、タクシーに乗る方が今の私にはたぶん簡単だ。
後でどこか切り詰めなきゃならなくなるとは思うけど。
これは別に「余白の時間をもとう」とか「無駄が大事」とか「日本人忙しすぎ」とか大仰なことを言いたいわけではない。
詰め詰めで忙しい日々も、重要というか、致し方ない、大変で、それなりに愛おしい我々の日常だ。
ただ、そういうことを今日感じることができてよかったなぁ、と思った。
それだけのこと。
久しぶりに歩いたらなんだかまるごとスッキリした。
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