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「枠」は次の世界へと繋いでくれる、トンネルのようなもの

「枠」にハマるのは嫌いだ。毎日この時間にこれをする、的なルーティンもできないし、「枠」に収められるのが本当に苦手で、壊したくなってしまう。

だけど、そうやって「枠」を壊したくなってしまうのは、「枠」があるからだと気付いたのは尊敬する落合陽一さんの個展に行った時のこと。

他のお客さんが口を揃えて「すごいね!」「すごいね!」と言っていて、この人たちは何について「すごい」と思ってこの言葉を発しているんだろう…なんてひねくれている私はそんなことを考えながらただただ写真を眺めていた。

そんな中飛び込んできたのは窓が切り取られた9枚の写真だった。

質量への憧憬:窓
メディアへの研究や作品を追いかけるうちに、様々なフレームで切り出される世界への憧憬を窓ガラスの縁に求めるようになってしまった.

普段移動する時、飛行機・新幹線の小さな窓についつい釘付けになってしまう癖がある。今日は本を読もう、なんて思っていてもどうしても外の景色が気になって仕方がない。

小さな窓から見える、非日常に釘付けになってしまう。そして、そこに暮らしている人の生活を考えてしまう。

この前「二拠点生活のメリットは何?」と聞かれた時、うーんと悩んでしまったけれど、私にとって二拠点生活は「東京」と「鹿児島」なのではなく、この移動時間やあと○日で東京に行けるぞ!なんていう時間を楽しんでいるんだなと思った。

「枠」があるからこそ、そこから見える情報からさらなる情報を想像してワクワクして、またいろんな発想に繋がっていることを思うと、案外「枠」は悪者ではないかもしれない。「枠」にとらわれるのは好きじゃない。けれど、「枠」は次の世界へと繋いでくれる、トンネルのようなものなのかもしれない。

そんなことを個展が終わってしばらく経った今、ふと思い出した。インプットしたことは自分が意図しないタイミングでふわっと蘇ってくる。いつどんな時も瞬間瞬間の景色を焼き付けておきたいと思った雨上がりの火曜日。


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わーい!今日はカステラでほっこりしてね!
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せせなおこ(和菓子女子)

毎日のことと和菓子のことと。

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