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あのときあなたは何を言いたかったの?

高校3年間は帰宅部だった。

中学3年間では朝な夕なにひたすらテニスに明け暮れた毎日だったので、高校に入ったら一気にその熱が冷め、というか、その他に楽しいことがいっぱいありすぎて、ファッションや音楽やバイトや恋愛など、自由時間を謳歌することに懸命だった。

遊びまくった高校3年間はあっという間に終わりに近づき、いよいよ卒業式がやって来た。

私の通っていた高校は、男女共学で制服があり、女子は白シャツにジャンバースカートにテーラードジャケットというアンサンブルだった。男子は白シャツにジャケットにパンツ。男女共にジャケットにはボタンが3つ付いていた。

卒業式と言えば、好きな人の制服のボタンをくださいというお決まりの告白タイムがつきものですね。でもそれは男子の詰め襟の制服が対象。あれには沢山のボタンが付いているから、人気のある男子の制服は、終わる頃には1個もボタンが無かったりして、それを冷やかしながら帰るというのもまた卒業式ノスタルジーのいいところ。

詰め襟のような沢山のボタンがあればいいけれど、ジャケットには3つしかない。それはそれで早いもん勝ちの争奪戦になるのもまた楽しい。下級生の可愛い女のこたちが、人気のある男子の前で奪い合いのジャンケン大会をしていて大いに盛り上がっていた。

それを冷めた目で遠目に見ていたのは私たちヤンキーグループ。(ヤンキーといっても別にパンチパーマをかけたりはしていません。オマセなグループだったのは否めないが。)

さて、卒業式も無事に終わったし。そろそろ帰ろうかね。明日からは本当に自由の身だ🎵何をやっても誰にも怒られなくてすむぞ!なんてヘラヘラしていた。

するとそこへ、一学年下の、イケメンで有名な男の子がツカツカとやって来て、私の目の前で立ち止まった。

そして一言。「ジャケットください!」

え?・・・なんですと?

一瞬、何を言っているのか訳がわからず、ぼけ~っと無言で見つめていると、再び彼は意を決したように言い放った。

「あの、○○さんのジャケットを僕にください!」

私はそれでも意味が分からず、トンチンカンなことを彼に言った。

「え?何に使うの?これ、女もんだよ。君、着れないと思うよ。」

「・・・はい。」

「・・・欲しいの?これ」

「はい!お願いします!」

あ、そう。欲しいならまあ、あげようか。明日からは必要のないもんだし。え?なんで欲しいのかな?これ脱いだら何を着て帰るんだ私は。寒いがな。

頭のなかは何がなんだか分からず、でも欲しいと言うのなら拒否する道理もなく、素直にその場で脱いであげた。

「あ、ありがとうございます!」そう言ってイケメンくんは私のジャケットを掴んで頭を下げて走り去っていった。

・・・寒い。やっぱりあげなきゃよかった。

周りの仲間たちは目を丸くしながらそのやり取りを眺めていたが、あとで散々冷やかされた。私は自分がモテるとかの自覚が全くなく、いつもこんなふうに突然の告白や宣言を受けるばかりで、でもそれはとても他人事のようで、私の知らないところで事が起こっているような、部外者のような、なんとも当事者感のない出来事ばかりだった。

「好きです」とか、ある日突然言われても、それっきりなんもアプローチもなければなんも進展しない。言われた方はポカーーーンとするばかりで、「だからなんなのよ。どうするのよ。なんとかしろよ。」と言いたくなることばかり。ちっとも面白くも楽しくもなかった。

でも、卒業式の日にジャケットを追い剥ぎのように私から奪い取った一つ下のイケメンくんは、そのあとちゃんとアプローチしてきた。

後日、家に電話がかかってきた。(その頃もちろんケータイなんてありませんからね。)

そして、デートのお誘いだ。

おっ!なかなかやるじゃんか。年下くん。私はその時彼氏もいなくて暇だったので、というか、彼のことを知りたい好奇心で(ジャケットを奪われたあとに友達から聞いた話だと、一つ下といっても彼は留年して高校に入ったらしく、生まれ年は同じだということ。髪の毛が軽いウェーブがかった栗色で、目の色が薄い茶色のようなグレーのような色をしていて、彫りの深いハーフのような端正な顔立ちでなんとも興味をそそった。)なんか、色んな事を質問したくなったのだ。

待ち合わせたのは自宅から二駅向こうのターミナルビルの喫茶店。カフェなんてないからね。でも、コジャレた喫茶店だったな。そして何を話したかはよく覚えていないけれど、卒業式が終わってすぐにかけた、私のソバージュパーマ(懐かしい!)のロングヘアーを見て、

「またそんな事して…」

となじるような言い方で、やけに大人びたグレーの瞳で見つめられてドキッとしたのを覚えている。

そしてジャケットのお礼にと、私にティファニーのビーンズライターをプレゼントしてくれた。(時効なのでね。まあ、そんな時代でした。)

ファッションやお洒落が大好きで、アパレル会社に就職が決まっていた私に、彼は自分の洋服を選んで欲しいと言って、そのまま買い物に出掛けた。

メンズのブティックを数件冷やかし、シャツが欲しいという彼のために選んだのは、綺麗なベビーピンクのボタンダウンシャツだった。確か素材はオックスフォード。彼の端正な顔立ちと柔らかな髪の毛と瞳の色にぴったりな、品の良いシャツにピンときた。

サイズを確かめ、彼の体に添わせてみる。うん、間違いない。私の見立ては確かだな。と、悦に入って彼に勧めると、鏡も見ずに「じゃあこれにする。」と彼は即決した。

気に入ってくれたことがとても嬉しくて、人に洋服をコーディネートすることがこんなにも楽しいんだと、これから始まる自分の仕事に対する期待とワクワクで一気にテンションが上がった。

それから彼と何を話してどうしたのか、全く記憶にないのだが、帰りの電車で意外なことが起きた。

降りる駅が私より一つ手前だった彼は、その駅に着いて「じゃあ、またね。」と別れ際にさっき買ったピンクのシャツを、「これ、持ってて。次会うときまで。」と言って私に押し付けたのだ。

えっ?・・・えええっ?なんで!

次の瞬間、彼はもう扉の向こう側にいた。

ポカーーーンとする私に、優しくて少し悲しそうな笑みを浮かべて。


結局、それっきり、彼からの連絡はなかった。手元には彼のために選んだ、彼のサイズのピンクのシャツが残った。私には大きすぎて着ることはできない。というか、彼のために選んだものなのに、彼以外の人が着ることなんて私には許せないような気がした。そしてそのシャツはそのまま何年も、私のクローゼットの片隅に居座り続けた。まるで「僕の事を忘れないで。」といわんばかりに。

あのとき、彼は何を言いたかったんだろう。

なぜ、あのあと何も始まらなかったんだろう。

いくら考えても、その理由はわからないままだ。

初デートは、楽しくて切なくて、ちょっと謎な後味を残した。忘れられない思い出。





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