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エッセイ

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五行歌集『ストライプ』(市井社)のあとがき

五行歌集『ストライプ』(市井社)のあとがき

自費出版みたいな、共同出版みたいな曖昧な形で出した五行歌集『ストライプ』(市井社 2004 共著 絶版)のあとがきを、ここに残しておこうと思う。
これを書いた16年後に、初めての商業出版本となる『猫のいる家に帰りたい』(辰巳出版)を出すことになったのだけれど、気持ちとしては、このあとがきの気持ちに近いから、残したいと思ったのだ。

多分、缶けりの「缶」を作ったのだと思う
 缶けりが好きだった。

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長い余生

 部屋を片付けていて、ポケットアルバムを発見したら、眺めはじめてしまうのが人というものだろう。その中に汗だくのユニフォーム姿で写っている集合写真を見つけた。
 高校3年生のとき、バスケットボールの最後の大会で負けた直後の写真だ。負けた後とは思えないほどさっぱりした顔の僕がそこにいる。

 高校の頃まで、かなりまじめにバスケットボールをしていたことは、何度か書いた。
 僕の高校のバスケット部は、「バ

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最後の晩餐

弱ってきた猫は、食べられなくなる。原因はさまざまだけど、だいたい食べられなくなってしまう。それが、とてもつらい。

ペットフードメーカーは、栄養価も身体への悪影響も無視して、すべての力を猫の「おいしい」のみに注いだ渾身のフードを作ってくれまいか。
もう、栄養はなくていい。少しくらい身体に悪くてもいい。分量もほんの少しでいい。ただ猫が食べてくれさえすればそれでいい。
最後の晩餐にふさわしいフードがあ

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チカイチバ、トオイチバ

 突然、その市場のことを思い出したのは、今が夏だからかも知れない。思い出す場面は夏に限らないけれど、夏は子供のころを思い出すことが多い。

 中学2年まで住んでいた町には、「市場」があった。
 市場といっても、錦市場や黒門市場のような規模ではもちろんなく、卸売市場の類のものでもなかった。長さにすると、100~200mくらいだろうか。八百屋から駄菓子屋、おもちゃ屋や金魚屋まで、こじんまりしたお店が

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南極の氷

南極の氷

 今から20年くらい前だろうか。当時、勤めていた大阪の会社に、クール宅急便が届いた。
 開けてみると、それはただのでかい氷の塊だった。
 差出人は高校のとき、バスケット部の副部長だったYだ。(ちなみに、僕は部長だった)
 風の便りでその年、Yが大工として南極に行っていたことは知っていた。
 つまり、氷はお土産だった。南極の氷。
 その氷が届いてからしばらくして、ひょっこりYが大阪にやって来た。何年

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自己評価

まったくできそうもないことなら、割と最初から断る自信があるヘナチョコなのだけれど、できそうかできそうでないかの見極めがとても甘い。つまり意外となんでもできそうだと思ってしまい、追い込まれがちだ。

姉は趣味以上の熱意でフルマラソンを走り、趣味以上の戦績を残している。以前、その姉と実家(千葉)で会ったときに「ここから東京なら余裕で走れるよ」と、当たり前なのだけれど当たり前の顔をして言った。僕はその

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喪主の挨拶

喪主の挨拶

先日、父が亡くなった。
一昨年の12月に母が亡くなって以来着ていなかった喪服を引っ張り出してきた。

喪服の胸ポケットになにか入っている。「なんだ?」と思って取り出してみると、その年(2017年)後半の「ほぼ日手帳」だった。

パラパラめくると、ほぼ何も書いていなかったのだけれど、メモのページに母の葬儀で喪主としてした挨拶の原稿が書かれていた。

ここに残しておこうと思う。

※母の意向で無宗教の

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死のないところに立たない煙

死のないところに立たない煙

※2010年の年末に書いた文章です。

よく皿が割れた年だった。

年の前半からバタバタと忙しかった。
家を離れて、単身で大阪や広島に長期出張していた時期も多かった。

8月のお盆辺りだっただろうか。
妻に「今年は仕事しかしてない年だな……。年末に今年の10大ニュースを振り返ったら、『僕おも※』の公開収録が間違いなく1位だよ」と話すと、妻は「いいじゃん、公開収録は大ニュースだよ!」と笑いながら答え

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通りすがりの街はオレンジだった

 坂出駅に着いたのは夕方だった。旅行で通りかかっただけの僕達は、その街の空気から少し浮いていた。
 小1時間くらいだろうか。みやげ物屋や、商店街を見てまわり、また駅前に戻ってきた。
 平日の夕方の駅前には、高校生の姿がやけに目につく。多分僕とは全然違った風景の中で、高校生活を送っているんだろうと考えていた。
 ふと見上げた高架の駅が、夕日でオレンジ色に染まっている。なんだか眠たくなるような空間だっ

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夏合宿

 夏が好きだ。理由は分からない。でも夏の終わりには、いつも(ああ、夏が終わるな)と考える。名残り惜しいということは「好きだ」ということだと思う。
 中学校ではバスケット部に入っていた。厳しくて有名だった。顧問には、いつも誰かが殴られていた。(こう書くと、体育会系の爽やかな(?)体罰のように聞こえるかも知れないが、決してそうではない。いたぶられるという表現が適切な気がする)
 顧問は殴りながら、「こ

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記憶

記憶は、生春巻のようだ。

一度だけ、母親に手を上げたことがある、気がする。
たぶん反抗期のころだったと思う。よく覚えていないのだ。

ついでに言うと、一度だけ食事が並んでいるダイニングテーブルを星一徹のようにひっくり返したことがある、気がする。
本当によく覚えていないのだ。
自分がやったことのようでもあるし、テレビドラマのワンシーンと自分の記憶がすり替わっているようでもある。

記憶は、ライスペ

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父のこと

2013年の父の日に書いたエッセイです。父も母も他界してしまった。

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父が脳梗塞で倒れたのは、ちょうど二年前のことだ。

実は、当時のことはあまりうまく思い出せない。母から連絡があったのか、実家の近くに住む姉だったか、妹だったか。当日に連絡があったのか、それとも後日だったのか。記憶が不鮮明だ。
いずれにせよ危険な容態だった。妻と搬送先の病院へ駆けつけた。父の意識はなく、枕元にはドラマ

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里親を探すつもりの猫の名は「1」 愛着がわかないように

※5年前に書いたエッセイです。

冬になると、甘ったるいものが食べたくなる。

思い返してみると、一昨年の冬はキャラメルばかり食べていたし、去年の冬は黒糖の飴ばかり食べていた。そして、今年は「しょうがミルクのど飴」を3日に一袋の割合で食べている。すごくおいしい、というわけではないのだけれど、止まらない。

9年前の冬、一匹の猫が我が家に来たきっかけも、甘いものだった。

その猫は、元々妻が勤務して

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シャドーピッチング

人よりも左右の概念を理解するのが遅かった、と思う。

箸を持つほうが右、茶碗を持つほうが左、という一般的な覚え方がいつまでも理解できなかった。

仕方がないので、子供なりに考えて「野球のボールを投げる動作をして、スムーズなほうが右」と覚えていた。

左右が分からなくなると、周りにばれないようにシャドーピッチングをして「おお、こっちが右か」と確かめていた。

そんな左右に無頓着な子供だったので、物心

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