記憶

記憶は、生春巻のようだ。

一度だけ、母親に手を上げたことがある、気がする。
たぶん反抗期のころだったと思う。よく覚えていないのだ。

ついでに言うと、一度だけ食事が並んでいるダイニングテーブルを星一徹のようにひっくり返したことがある、気がする。
本当によく覚えていないのだ。
自分がやったことのようでもあるし、テレビドラマのワンシーンと自分の記憶がすり替わっているようでもある。

記憶は、ライスペーパーにくるまれた色とりどりの野菜で、なんとなく透けて見えるけれど、なにが入っているかははっきりとわからない。
はっきりとわからないから無邪気に食べ進めるけれど、ある瞬間、苦くて、青臭い記憶をうっかり口にすることになる。

忘れたいことは、生春巻の中のパクチーのようだ。

そんなそんな。