はじめてのビブリオバトル

きっかけ

2月の終わりに1通のメッセージが届いた。
「突然の話で恐縮ですが、仁尾さんはビブリオバトルに興味はおありでしょうか」

猫のいる/猫本だらけの/猫と人を幸せにする本屋「Cat's Meow Books」の店主安村さんからだった。

「ビブリオバトル」。
名前は聞いたことがあるし、本を紹介しあう何かであることくらいまでは知っていた。もちろんやったことはない。

メッセージには今度、有隣堂ルミネ横浜店で開催されるイベントの一環として「猫本ビブリオバトル」があるので出てみないか、という内容が続いていた。

「なるほど、それはアウェーだな……」と思った。同時に「この歳で初めてのことをするのはおもしろいんだよな……」とも思った。割とすぐ「出よう」と決めた。

ビブリオバトル公式ルール
1.発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる
2.順番に一人5分間で本を紹介する
3.それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを2~3分行う
4.全ての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員で行い、最多票を集めたものを『チャンプ本』とする(公式サイトより)

マイルールの設定

初めてのことをするときには、いつも「これだけはしよう」「これだけはしないでおこう」「ここを目指そう」みたいな、自分だけの決めごとを設定してから動くことが多い。何からやればいいのか、よくわからないからだ。

今回、最初に決めたのは、「本気で勝ちに行く」こと。「バトル」なのだから勝ちに行かないと失礼だ。聞くと、僕以外の3名はチャンプ本輩出の常連らしく、言ってみれば「猛者」である。その猛者を相手に「いやー、初めてなんでお手柔らかに」みたいなスタンスもなくはないけれど、今回は「強敵に初出場で勝つためにはどうすべきか」を考えたほうがスムーズに動けた。

勝ちに行くことを決めたのと同時に「ビブリオバトル自体や自分が推薦する本については調べないこと」を決めた。そういう付け焼き刃で得るものでは、どうせ敵わないからだ。もっともっと自分に寄せないと勝ち目がない。

紹介する本と戦略の検討

紹介する本は、出場すると決めた時点で決まっていた。「猫本」というくくりの中で、「紹介する本自体をひねる」という方法もあるけれど、それも「勝ちに行く」という方針の中では即却下だった。意外な本を選ぼうとする時点で、読書量や素地の勝負となってしまう。それは上級者の戦い方だ。そこでは勝負にならない。「本当に大好きな本を、自分にならできる方法で紹介すること」が唯一の勝機に思えた。

さて、紹介する本は決まった。あとは、どうその魅力を伝えるか、だ。まず「自分が『ああ、この本読んでみたい!』と感じるのは、どういうときだろう」というところから考えてみる。僕がそういう心の動きになるのは、SNS上で「見知らぬ人が、たぶん見返りがあるわけでもないのに、何かとても熱を帯びて、作品への愛をその人なりの表現で語られているとき」な気がする。「見返り」はともかく、「熱を帯びていること」と「その人なりの表現であること」が僕には届くのだ。その線で考えよう。内容の説明で「読みたい」と思わせるのではなく、むしろ内容の説明は一切しないで、誰にも知られていない「僕」が、なんだかとても「揺さぶられたらしい」ことを、「僕だから言える視点や目線」で話せば、読みたくなるのではないか。

そもそも「書評」や「感想」を書くのが、極端に苦手なのだ。登場人物の名前やあらすじ、セリフなどはすぐに抜け落ちてしまって「細かい内容は覚えていないけど、すごくよかった」みたいなところに落ち着くのだ。「読後感がすべて」みたいな読者なのだ。そんなやつでも戦える方法を模索しなければ。

とりあえず、割ときっちりとした原稿がいる。プレゼンや発表に慣れている人であれば、また違うのだろうけれど、こちとら人前で話すことなど皆無で、家からほとんど出ない猫歌人である。5分でどのくらい話せるのか、も皆目見当がつかない。これはもう、以前ポッドキャスト「僕たちだけがおもしろい」でやった(やらされた)落語みたいに5分の原稿をまるっと頭に入れて、挑むしかないな……と、やや気が遠くなった。

原稿作成

そうと決まれば、次は原稿である。

原稿を書くのは、実はすごく楽しかったのだ。原稿だけで終われば、こんなに楽しい作業はないのに。でも「俺、これを人前で、しかも暗記して話すんだよな……」と考えては、不安になった。もうなんのための原稿なのかよくわからなくなっている。

大枠を決めて、一通り書く。書いては、5分のタイマーをセットしながら読む。読んでは、長すぎるところ、わかりにくいところ、つまるところを直す、直しては読む……をくり返し、だんだん覚えていった。

そうやって、当日まで何度も何度も練習して、まあ、これ以上は何度やってもあまり変わらない、というところまで覚えた。割と早口で話して、ギリギリ5分に収まる感じだったので、時間切れが心配だった。そこは気をつけよう。

あとは、もう出たとこ勝負。
観客の数も、会場の広さも、自分の状態も、何もかもわからないのだから。

そして当日

会場は、ルミネ横浜4F 特設会場。
ルミネ――家から出ない50歳猫歌人からは、もっとも遠い場所だった。なにもかもが眩しいし、なんだかいい匂い。アウェー感がすごい。有隣堂内での開催ではなく、少し奥まった会議スペースのような場所だった……とは言え、6Fには紹介した本がすぐに購入できる有隣堂がある。「これは……あれだ、実演販売だ!」と思った。その時点で「チャンプ本に選ばれなくてもいいから、紹介した本が1冊でも売れるとめちゃくちゃうれしいだろうな……」と考えるようになっていた。

当日の様子やバトルの結果は、こちらおよびこちらに任せるとする。

思っていた(聞いていた)よりもずっと多くのお客さんが来られていて、ちょっと圧倒されたけれど、和やかで楽しくて、なんだろう……あの日のあの時間のルミネ横浜で、最も幸せな空間だったのではないだろうか。

ビブリオバトルは、「ライブ」だ。
本当は、自分の発表を録音しておいて、あとで個人的に音源を公開しよう、と思っていたのだけれど、舞い上がりすぎて録音するのを忘れていた。痛恨。(練習のときも、「だんだん上手になる様子と、本番で緊張してグダグダになる様子とを後で併せて公開するとおもしろいコンテンツになるのでは?」と、途中から毎回録音しておいたのに!)

不思議なのは、練習のときは結構な早口でようやく5分に収まっていたのに、本番では30秒ほど時間が余ったことだ。絶対どこかがすっぽり抜け落ちている気がするのだけど、それも舞い上がっていて覚えていないし、音源もないから確認もできない。

確認するのも野暮というものだろう。ライブなのだから。

実際の原稿

そうそう、野暮は承知なんだけど、そのときの原稿を下記に残しておきます。

==ここから原稿です==

先に言っておきますが、たぶん途中で「この人、なんの話をしてるんだ?」と心配になってくると思いますが、その心配は杞憂に終わるはずなので大丈夫です。

はじめます。

仁尾智といいます。
普段は8匹の猫と暮らしながら、「猫歌人」を名乗って、猫の短歌やエッセイを書いたりしています。とはいえ、まあ、だいたい猫の飼育係みたいな暮らしです。

ちなみに自作で一番知られている短歌は「自転車で君を家まで送ってた どこでもドアがなくてよかった」というドラえもんの短歌です。猫歌人なのに、猫の短歌じゃない……。まあ、ドラえもんは一応猫型ロボットなので、ぎりぎり猫短歌としてカウントしてもいいのではないかと思っています。

……と、そんな感じなので、猫の本を読むときには、3つの視点で気になります。

ひとつは純粋な読者として、2つ目に猫と暮らす飼い主として、そして3つめは、猫のことを書く書き手としてです。

で、今回、出場するに当たって、オススメしたい本の好きなところを挙げていこう、と思ったのですが、不思議なもので、好きな理由って意外とない、というか言語化できない。逆に苦手な理由は案外簡単に言えたりします。
なので、さきほどの3つの視点から自分の「こんな猫本は苦手だ」を挙げてみます。

まず、読者としては「猫が話す」あるいは「猫目線」の話がちょっと苦手です。
猫、案外話さないので。昔、加藤清史郎くん(こども店長)がCMで「純金積立コツコツ♪」と歌うのがあって。「いやいや、こども店長、子供なんだから純金積立しないでしょ!」っていうのと同じ気持ちになる。つまり、作り手が「言わせている」ことが透けて見える感じが少し苦手なのだと思います。猫目線が苦手、が1つめ。

2つめは猫の飼い主として。これは、「猫が死ぬ」話は読めません。もう何匹も看取ってきていて、これからも少なくとも8回は看取ることになるので、本の中でまでしんどい思いはしたくない。猫が死ぬ話が苦手、が2つめ。

3つめは書き手として、これは苦手というか気をつけていることでもあるのですが、「入れ込みすぎる」「パーソナルすぎる」話は、自分で書くときも気をつけています。
猫の話、特に飼い猫のことを書くときには猫との「距離感」がすべてだと思っていて、書き手の「かわいい」や「愛おしい」があまりに前面に出すぎると、読むほうが白けてしまう。パーソナルすぎるのが苦手、が3つめ。

猫目線が苦手。
猫が死ぬのが苦手。
パーソナルすぎるのが苦手。

以上、3つが僕の苦手な猫の本なのですが、これを踏まえた上で、文字通り、本題です。

僕の推したい本は坂本千明さんの『退屈をあげる』です。
この本は、詩画集になるのかな。作者が最初に保護した猫のお話しです。そのお話しに紙版画という独特な画法で描かれた味のあるイラストが添えてあります。

すごいのは、この本、いま挙げた僕の苦手な点すべてにあてはまる。
あてはまるのに、本当に力のある本は、僕の苦手なんて軽々越えてくる。
僕は、この本を読んで「一冊がまるごと『祈り』みたいな本だな」と思いました。
先ほどパーソナルすぎることを悪いことのように言いましたが、対象へのパーソナルな思いを突き詰めると、実はすごく普遍的で誰にでも届く、力のある作品になる、ということの好例だと思います。

書き手としては、ちょっと嫉妬に近い気持ちですが、すごくおすすめです。

==ここまで原稿です==

……で、下記が有隣堂さんに預かったPOPに書いた短歌です。

退屈はぶっきらぼうな愛でした まるごと「祈り」のような本です


ここから先は

0字

この記事は現在販売されていません

そんなそんな。