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Twitterで他人の言葉を使い続けることによる、3つの危険性

ツイッターでよく見られるRT(リツイート)と引用RT。
珍しい光景ではない。私もたまに利用している。

有益な情報を拡散したいとか、自分の知っている情報と合わせて発信したいというのは素敵な使い方だと思う。

私は他人の言葉を使い続けることには、3つの危険性が存在すると考えている。

1.「自分の考え」を持てなくなる。
2.自制心を失う。
3.自己憐憫に陥るおそれがある。

今日はこの3点について書こう。

1.「自分の考え」を持てなくなる。

批判的な意見ばかりにRTを利用するのは危険ではないだろうか。
それは何かに対する批判的な意見を、他者の言葉を使いあたかも自分の言葉でない様に見せているだけだ。

私は批判的な意見と誰かにとられるとしても、「私はこう思う」「こういう考えもある」と発信することは賛成だ。

画一的な意見しか認められないのであれば、発信する意義など存在しない。

RTばかりしているというのは、自分の考えを持たないことと同じだ。
他者の考えに乗っかることばかりしていると、自分の考えを持てなくなるだろう。

2.謙虚さを失うかもしれない。

自分の意見を発信することは賛成とは言ったが、トンデモ意見・デマを拡散することには嫌悪している。

我々は日々謙虚に勉強せねばならない。

有名人や著名人、非常に賢い(ように見える人)の言葉を盲目的に信じ、自分もRTや引用RTで同じ言葉を繰り返すことで、自分が何者かになったように感じてしまう。
インフルエンサー()にそそのかされて「脱社畜!」「これからはフリーランスだ!」と、自分の足元が見えなくなる危険性がある。

以前どこかにも書いたが、歴史は繰り返す。
2018年のフリーランスブームは、2011年頃のノマドブームと同じだ。

かく言う私も、勘違いして一度ノマドセミナーに行ったことがある。
代官山のオシャレな会場で、1万円以上払った記憶がある。
若かったのだ。今思い出しても赤面してしまう。

気を大きくしてドヤらないこと。

3.自己憐憫に陥るおそれがある。

他者の言葉を借りて自分を消していると、いずれ自己憐憫に陥ってしまう危険性があると考えている。それではあまりにもつまらないではないか。

実名顔出しであったり、実名に近いアカウントだと、全く誰にも何にも気兼ねなく自由に発信することは難しい。人間関係に気を遣わないわけにはいかないからだ。
これは良い面もあると思う。自制心をもたせてくれる。

自己憐憫に陥らないためにも、他者の言葉を使うのは程々に。

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今日はここまで。

要は、他者の言葉を利用せずに、好きなことつぶやきましょうってことだ。
ただし、悪意ある批判は絶対にしないこと。
人間関係が気になるなら、匿名ネタアカウントを別で作ればいい。

けしたん☆(ケシミニャン)、下ネタも多いが最高に面白い。

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ありがとうございます!
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ゾラ

服にまつわる仕事です。 文章中心、時々写真も。
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