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おたねさんちの童話集「タヌキの水くみ」

タヌキの水くみ
 
「ポンタ!山へ行ってわき水をくんできておくれ」
お父さんに言われて、ポンタは、すぐに出発しました。
でも……。
ポンタはすぐに引き返してきました。
「パパ、わき水ってどこにあるの?」
「おいおい。ちょっとまちなさい」
「ねえねえ、わき水ってどこにあるの?」
「まあまあ、ちょっと待ちなさい。今、地図を描いているところだよ」
どうやら、ポンタは少しあわてん坊みたいです。
「いいかい。ポンタ、次の満月の夜に、神様に供える、大事な大事な水だから、絶対に、ちゃんと汲んで帰ってくるんだよ」
「お父さん、行ってきます!」
「ちゃんと、桶も持って行くんだよ」
ポンタは慌てて物置小屋へ引き返します。
「やれやれ、こんな調子で大丈夫かな?」
「だったら、お父さんが行けばいいじゃないの?」
ポンタのお母さんが、キツネみたいに眉をつり上げて言いました。
「そんなことは、出来ないよ。男の子はみんな、七歳の誕生日がくると、絶対にポンポコ山のわき水を汲んできて、山の神様にお供えをするようにと、昔から決まっているんだから」
「そんなの、迷信でしょ!」
「そんなことないよ。もし、忘れてたり、途中で投げ出したりしたら、日照りが続いて、井戸の水が涸れてしまうのだそうだよ」
「パパも子供の頃に行ったの?」
「もちろん、行ったさ。何度も、泣きそうになったり、あきらめそうになったりしたもんだから、今でもしっかりと覚えているよ」
「でも、ちゃんと、神様にお供えできたんでしょ」
「まあ、なんとかな」
ポンタのお父さんは、低い声で、そう答えました。
「おい、ポンタ!そんなもの持って、どこへ行くのさ?」
声をかけてきたのは、キツネのコンタでした。
「七歳の誕生日を迎えたから、ポンポコ山のわき水を汲んでくるのさ」
コンタはアッと叫びそうになりました。実はコンタ、一週間も前に、七歳の誕生日を迎えたくせに、ずっと面倒くさがって、水くみに行っていないのでした。
「しめしめ……。ポンタが持ってきた水を奪い取ってやろう」
コンタは心の中で舌を出しました。
「やあ、ポンタ!どこへ行くんだい?一緒に遊びに行こうよ!」
次ぎに声をかけてきたのは、ポンタの親友のポンキチです。ポンキチは、三ヶ月くらい前に、水くみへ行ってきたところです。
「七歳の誕生日を迎えたから、ポンポコ山のわき水を汲んでくるのさ」
ポンタは、ポンキチに向かってそう言いました。
「そうか……。頑張ってな」
「ポンキチは一緒には行ってくれないのかい?」
「嫌だよ!あんなのもう十分だよ!」
ポンキチは、思いっきり首を何度も振りました。
「ねえねえ、ポンタ!一緒に遊ぼうよ!」
次ぎに声をかけてきたのは、ウサギの子供たちでした。
「ねえねえ、ポンタ!一緒に鬼ごっこをしよう!!」
ウサギの子供たちは何度も、ポンタを誘います。
「それじゃあ、ちょっとだけ……」とポンタが言おうとしたとき、「ダメダメダメ!」間に割って入ったのは、キツネのコンタです。
「ポンタは大事な用があるんだから、ジャマしちゃいけないよ!」
キツネのコンタは一生懸命にウサギたちを説得しました。
ポンタがポンポコ山の麓まできたころには、もう夕方になっていました。
「どうしよう……。このまま真っ暗になってしまったら……。」
ポンタは今まで、おうちでしか夜に眠ったことがなかったのでした。しかも、それどころか、いつもお父さんタヌキやお母さんタヌキにくっついて眠っていましたから、一匹で眠ったこともないくらだったのです。
まだ、日が沈むまでには、もう少し時間がありましたが、ポンタは木の枝に、木の葉を載せて、今夜の寝床をつくりはじめました。
「もし、枝から落ちたら、どうしよう?きっと痛いんだろうな……」
そんなことを良いながら、ポンタは木の枝に上って横になりました。
「ぐう~」
そう言えば、今日は朝ご飯を食べて出発してから、何も食べていません。ポンタがお腹を押さえると、なぜか涙が出てきました。
「みんな、どうしているかな?」
ポンタは小さな声で、「おやすみなさい」とつぶやいたのでした。
「あれ!なんだろう、これ?」
眠ろうと寝返りをしたとき、ポンタは、お腹にへんな感触を覚えたのでした。
ポンタは驚いて立ち上がると、お腹あたりのポケットに手をあてました。
「なんだろう、これ?」
それは、ポンタのお母さんが書いてくれた手紙でした。
「ポンタへ!今は、どのあたりまできましたか?疲れましたか?お腹はすいていませんか?泣いたりべそをかいたりしていませんか?お母さんは、ポンタが生まれた時のことを、今でもしっかりと覚えています。あんなに、小さかったのに、いつの間にか、ポンポコ山へ水くみができいるくらいに大きくなったんですね。苦しい事もあると思いますが、神様に喜んで貰えるように、最後までしっかりと頑張ってね!応援しています。母より」
手紙には、少しばかりのお菓子が添えられていました。
ポンタは、少ししょっぱくなったお菓子を口に入れると、お母さんからの手紙を大事そうにポケットにしまったのでした。
 次の朝、目を覚ましたポンタは、もくもくと山を登っていきました。昨日は、平坦な道のりでしたが、今日はずっと上り坂なので、すぐに息が切れました。そのままずんずんと進んでいくと、だんだんと道が細くなっていき、どれが本当の道か解らないほどです。ポンタは何度も地図を見変えてはコンパスと太陽の位置を確認しました。ロープを使わないと上れないような断崖絶壁もあります。ポンタは自分の歩いて居る道が、本当に正しい道なのか、心配になってきました。でも、お父さんタヌキが書いてくれた、地図ですから、これを信じないわけにはいきません。ポンタは何度も心が折れそうになりましたが、それでも、一人黙々と頂上を目指して歩いたのでした。
 沢が見えてきました。喉が渇いているポンタは、そこへおりました。沢の水を口に含ませると、そこに小魚やカニが見つけました。昨日からほとんど何も食べていなかったので、ポンタは夢中になってそれらを捕まえて食べました。そうして、お腹もいっぱいになったので、一休みしようとしたとき、ポンタに良からぬ考えが浮かんだのでした。
「この沢の水を持って帰ったって、誰も解らないんじゃないか……」
ポンタは、水桶に沢の水を入れました。そして、とことこと歩き出したのでした。
「どうしようかな?」
「どうしようかな?」
何度も何度も迷いました。でも……。
「えいやっ!」
ポンタは、その水桶をひっくりかえして、また頂上を目指します。
「これでいいんだよね。お母さん。ポンタはお母さんがくれた手紙を握りしめました。
けっきょく、わき水のでる場所に着いたのは、その次の日の夕暮れ時でした。
 水を汲み終えたポンタは、なぜか、どこにいるか解らない神様に向かって手を合わせていました。その夜は、その辺りに寝床を造って休み、次の日の朝、帰路につきました。来るときは、あれほど、辛い思いをしたのに、帰りはなぜか足取りも軽やかです。
「こういう時ほど、ケガをしないように気をつけなさいって、お父さんが言っていたっけ」
 ポンタは口笛を吹きながら山を下りていったのでした。
「大変だ!大変だ!大変だ!」
もうすぐお家へつこうかという時になって、キツネのコンタが、走ってやってきました。
「火事だ!火事だ!」
キツネのコンタは、大声でそう叫ぶと、「ちょっと、これ、借りるね!」とポンタが、懸命に汲んできた水をどこかへもっていってしまったのでした。
 ポンタは、呆然としながら、おうちへ帰りました。
「ポンタ。水は汲んできたのかい?」
お父さんがポンタに尋ねました。
「さっき、火事だと言って、キツネのコンタが持っていっちゃったの!」
「火事だって!そんなの村のどこにも起きていない!」
ポンタが、騙されたと気づくまでに時間は必要ありませんでした。
「どうする、ポンタ!コンタの所へいって取り返してくるのかい?」
「でも……。」
ポンタは沢での出来事を思い出しました。
「もし、コンタに返してもらっても、その水が本当に、ポンポコ山のわき水かどうか、なんて、もう解らないし……・
「お父さん!ぼく、もう一回水を汲んでくるよ!せっかく、ここまで頑張ったんだから、最後まで、ちゃんとしたものを、神様にお供えしたいから」
 ポンタが、お父さんやお母さんと一緒に、森の神様の所へ、ポンポコ山のわき水をお供えできたのは、それから五日後のことでした。おわり。

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